ギシ、ギシ。
「ン……」
ギシ、ギシ。
「ウッ……」
むやみな足音と、きしむマットの音だけだった。
「……で、なんでこんなことに」
俺は腕を組み、ため息をつく。
目の前には、最新式のVRデバイスと、怪しげな透明ボトルの山。
しかも、一本だけ、明らかに異彩を放つボトルがあった。
「これが……文明の頂点だ!!」
満面の笑みでボトルを掲げる吉田。
それは、ローションだった。
しかも、ただのローションではない。
高機能自己修復型防御サポート液体——コードネーム【スライディングアーマー】という、バカみたいに格好つけた説明書きが付いている。
「バカだろお前」
「君がもってこいっていったんだろう! これは生徒会公式承認アイテムだぞ!? 特に僕が作ったこの《ヌル|テ○ガ《ピー》改》は……」
「名前がアウトだ!!」
吉田はすでに、上半身裸になっていた。
ぬるぬると光るローションを手に取り、ゆっくり、丁寧に、自分の胸板を撫でるように塗り始める。
「うおっ……すべっ……な、なんだこの感触ッ……!!」
「ねっとり絡みつくのに、スルリと指を逃がしていく、この……」
「ンッ……ッッ、うぉぉぉおおお!!」
——誰得だよ。
「これで西園寺も集中できなくなるねぇ!」
「ああ、勝つためには手段は選ばない……おっ」
滑る俺。
「さすが、トップランカー。清々しいほどのクズさだよ……あっ」
微妙に喘ぐな。やめろ。
「……何してんのよ、変態共が」
ドアが開き、冷ややかな声が降ってきた。
生徒会会計、桜井南だ。
ツンツン頭に、腕組み、完璧なツンデレスタイル。
「監視に来たら……これよ。見なきゃよかった」
「まあまあ南ちゃん、せっかくだから一緒にバトろうぜ!」
吉田がにじり寄るたび、ヌルヌル音がしてマジで無理。
「さぁ、練習試合といこうか!」
『オープン・ザ・ワールド』
——開始直後、吉田はローションまみれで滑りながら、敵味方構わず襲い掛かる。
「ふっはあああぁ!! ローション・ダイブ!!」
ビチャア!!
南にタックルしかけ、ギリギリで南はよけた。
代わりに俺に直撃。
「ヌッ……!?」
吉田のヌメる胸板が、俺の顔にめり込んだ。
鼻をつく奇妙な香りと、ねっとりとした感触。
「ン゛ッ……やめろ、変な声出さすな!!」
ジタバタする俺を、ローションのヌルヌルが拘束してくる。
「イイぞこれ……!」
吉田は妙に気持ちよさそうに言った。
「○ね!!」
顔面にカードを叩きつけ、吉田を床に沈めた。
そこへ——
「……何やってんの、あんたら」
またもドアが開く。
掃除道具を抱えた陽乃が、呆れ顔で立っていた。
「ああ、陽乃……変態に……」
ズルッ!
足を取られた南が、バランスを崩した。
「わっ——!」
とっさに隣の陽乃につかまり、二人の体がもつれる。
「ちょ、ちょっと南、やめ——!」
ローションまみれの床で踏ん張りが利かず、そのまま二人は絡み合いながら俺の方へと滑ってきた。
「うわあああああ!!」
止まらない。むしろ加速してくる。
ローションの海に身を任せた二人の巨体が、一直線に俺へと迫ってくる。
「ちょ、来るな! こっちくんなって!!」
ドシャァッ!!
俺の叫びも空しく、二人は正面から俺に突っ込んできた。
背中から床に倒れ込む俺。その上に、陽乃と南の重量がどさりと重なる。
しかも、南のローションまみれの制服が顔にべったり。
「ぐ、ぐるじ……っ!」
崩れ落ちた陽乃と南が、俺に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
「いたた……」
「ちょ、南ぃ……」
「もぅ、最悪……」
……俺は今、何かを、両手でしっかりと掴んでいた。
柔らかくて、あったかくて、絶対に掴んじゃいけない何かを。
「キャァァァ!!」
陽乃と南の悲鳴が重なって響く。
視界の隅に、なぜかモザイク処理担当みたいな謎のシルエットが現れて、肩をすくめていた気がした。
……なんだっけ、あのキャラの名前……?
思い出すより先に、俺はぶん殴られた。