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第4話

 次の日も、いつも通りオッサンのもとへ向かう。

 雑用を終えて、「よし」と気合を入れ、両頬を叩いた。


 すると、オッサンが俺の顔を覗き込んできた。


「ま、いい顔になったんじゃね―か?」


 そう言いながら、鉄の棒をひょいと渡してくる。


「これやるよ。昨日のス―プも、まあ悪くはなかった」


 その棒は、歪みなく真っ直ぐで、先端が鋭く尖っている。

 俺の手で、何かを描くのに、ピッタリなサイズだ。


「俺、魔術具に出会ってなかったら、オッサンの後継になってたわ」


「はっ! バカ言え」


「バカ言えってなんだよ」


「魔術具に出会わなきゃ、お前はうちなんかに出入りしてねーよ」


 オッサンは炉に炭をくべながら続ける。


「それと、後継は適当な伝手で“鍛治師”になりたいやつを連れてくる」


 鍛冶屋を舐めるな。


 そう言い捨てるオッサンに、舐めてねーよと心の中で反論した。

 世界で二番目に、魅力的な仕事だと思うぜ?




 今までの失敗作と、師匠に与えられた魔術具を見比べる。


 材料が違う。

 描いた人間が違う。

 描かれた時期も、環境も違う。


 師匠は言った。

「同じものが作れれば光る」と。


 でも、「同じものなど作れない」。


 ならば、俺なりに。

 ここで、俺ができること全てで“光灯魔具”を作る。


 残された時間は、一年弱。


 もう一度、術陣の文字と構造、描くべき円のサイズ、なぜこの材料だったのか、素材の特性。

 向き合って、向き合って、向き合い続ける。


 この街で手に入る金属を並べた。

 それぞれの特性を知るために、詳しい話を聞くことにした。


 ――鍛冶屋にある金属をすべて机に並べて、オッサンに一つずつ説明してもらうことにし


「お前なぁ……」


 オッサンが呆れ顔になる。


「頼むよ。将来すごい魔術具師になっても、オッサンの依頼だけは絶対断んねえから」


「ったく……『タダで作ってやる』くらい言えないもんかね。仕方ねえなぁ」


 ぶつくさ言いながらも、オッサンは俺の質問に全部答えてくれた。


 俺が欲しいのは、オッサンがくれた鉄のペンよりも低い温度で柔らかくなる金属。

 あるいは、熱を加えなくても削れる金属。

 そして、ホーンラビットみたいな小さな魔石の魔力を伝導できる金属だ。


 一つひとつ説明してもらい、質問をして、全部に答えてもらった。


 俺の持ち物。

 俺が知っている言葉と、街で探せる言葉。

 ホーンラビットの魔石。

 オッサンがくれた、鉄の棒。


 それらをもとに。

 ここで、俺に作れるものを作るんだ。




「――光った」


 十二歳の誕生日を迎える直前から、俺はオッサンの家に泊まり込んでいた。

 もうすぐ、約束の“七年”が経つ。


 自分の夢だけじゃなく、ここまでオッサンにしてもらったという気持ちが、俺の心を奮い立たせていた。


「光ったよ、オッサン!」


 酒を飲んで寝ていたオッサンを叩き起こし、俺の初めての魔術具を見せる。


 興奮してまくし立てる俺に、酒臭いオッサンはうざったそうな顔をした。


「……そんなことで起こすな。明日にしろ」


「『そんなこと』じゃないだろ! 成功したんだぞ!」


「『そんなこと』だろ」


 オッサンは枕を引き寄せて、ぼそりと呟く。


「バカみてぇに七年も一個のことやってたんだ。できるに決まってらぁ」


 その言葉に、固まる。


「んじゃあ、また明日見せろ」


 それだけ言って、オッサンはいびきをかきはじめた。


 俺は、魔術具が完成したことと、その言葉。

 どっちが嬉しいのか、わかんなかった。



 ――運命の日。


 いつものように行商人がやってきた。

 その隣には、師匠がいた。


「できました」


 俺は、“光灯魔具”を見せる。


 周囲が静かになった気がした。

 そんな中、家族が息を呑むのが聞こえる。


 オッサン以外には、まだ誰にも見せていなかった。


 手が震えそうになるのを抑え、魔具を渡す。


「これは……確かに」


「この子が、魔術具師様のと同じものを!?」


 父さんが、信じられないという顔で訊く。


 師匠は、静かに首を振った。


「違います」


「では……?」


「私が渡したものは、この街では生み出せません」


 師匠の視線が、俺の差し出した魔術具に落ちる。


「渡した魔術具は、私が先日まで滞在していた街でしか取れない金属を使っている。けれどこの子は、この街で手に入る材料だけで、ここまで仕上げてきた」


 師匠は、わずかに口元を緩めた。


「……これは約束通り、魔術具師として面倒を見なきゃいけないな」


 向けられたその言葉に、俺は、深く頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 七年前と同じ言葉を。

 七年前以上の熱量を込めて。


 ――俺はこの日、魔術具師の弟子になった。




 その夜、オッサンの家に荷物取りに行くと、いつものように雑に置かれた酒瓶と、乾いたチーズが並んでいた。


「……ようやく魔術具師の弟子か」


「うん」


「ま、鍛冶屋のス―プ番よかそっちのが向いてんだろ」


 オッサンはぼそりと言って、酒をあおる。


「ありが――」


 言いかけて、俺は口をつぐんだ。


 オッサンは、俺を見もしないまま、鼻で笑う。


「……水栓魔具の件、忘れんじゃねーぞ」


 俺は、小さく笑って、深くうなずいた。

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