──知らなかった、
この現実が、誰かの非現実になるなんて。
光と影が交わる場所で、
私は初めて、“物語の中”を歩き始めた。
────
目の前の現実は、夢じゃない。物語の中の話ではない。
「父さん、再婚するから」
そう突然言い出した父親に
「一人暮らし、楽しみ!」
そう、絞り出した本音は、半分本当で半分嘘。今まで育ててくれた父親の幸せを壊さないように。でも、まだ……1人になりたくなかった寂しさもあるから。
それでも、笑顔で澪は育った家を出て行った。
さあ、これから始まるマイライフ。おひとり様生活のお供には、やはり好きなスマホ小説。読むのが好きだから、手放せない。
黒緑のショートヘアがトレードマークの女子高生の
なんか、景気付けに新しい話を読みたいな……澪はそんなことを考えて夜道を歩く。コンビニでお目当てのチョコを買い、そのまま新しい自分の家へ。荷物は少ない。スクール鞄とスマホ、着ている制服のみ。増えたら捨てて、物を溜めないようにしている。
いつでも、身軽に生きれるように。
ふと、通りかかる廃れた倉庫で埋め尽くされる敷地。こんな暗がりに見ると、ホラーな雰囲気がするそこ。そういえば、ここら辺を仕切ってる怖い人たちの抗争現場がこことかどうとか…….澪は少し興味が湧き、足を踏み入れた。
話のネタになるかもしれない。危険ならすぐに逃げればいい。そんな軽い気持ちで澪はコソコソと倉庫の間を通る。
──バァンっ!
耳をつんざく音。澪は音の大きさに思わず耳を押さえる。なんだ?と思っているともう一発。さすがに驚いてしゃがみ込み、動揺してしまった。
──え、いまの……?
暗がりの中、足がすくむ。
もしや、危険?澪がどうしようと考えていると複数人の足音が、近づいてきた。
スーツを着た男達が目の前に現れる。2人の顔は厳つい。
「あ?なんだ、こいつ」
「
龍臣?澪が不思議そうにすると男2人はニヤついた顔で近寄る。これはまずい……そう思いながらも、足は動かない。
「こんなとこに、きて不運だな」
「高校生とかいいねぇ!先に遊んでいい?」
手首を掴まれ澪は、これは本物?それとも撮影かなにか?そんな気持ちのまま、不安が募る。もうダメかもとなんでここにきたのかと後悔してしまう。
──その時、目の前の男達が横に吹っ飛び、消えた。
「へ?」
バタンッと敵が崩れ落ちる音が響いた倉庫。
澪は恐る恐る顔を上げる。そこに立っていたのは、返り血一つない闇夜に映える赤いスーツを見に纏う……御面の人。赤く燃える朱雀の形。
御面のその目と合うと、相手は呆れたような表情でため息を吐き、面を外す。額にかかる茶色の前髪をかきあげると、そこから覗いた緋色の瞳が、この世のものとは思えないほどの美しさを放った。
──澪の心臓が、静かに、しかし確かに跳ねる。覗く緋色の瞳が、この世のものではない美しさを醸し出し、澪の心臓が脈打つ。
「何してんのおまえ」
「え?」
「いや、ふつうにこんなとこノコノコくんなよな」
「はぁ……それは、すみません?」
相手の男の子は眉間にしわを寄せ、じろりと澪を見下ろす。その瞳は険しい。
「なに女子高生がこんなとこ来てんだよ。脳ミソ、煮えてんのか?」
静かにそう呟きながら、ポケットからハンカチを出して手を拭く。まるで今の出来事が、ただのゴミ掃除だったかのように。
「ありがとうございます……?えぇと?あなたも悪い人です??」
澪の礼に、相手は目を細める。
「礼は要らねぇ。てか、そもそも助ける気なんか……なかった。目障りだっただけだ」
しかしその声音には、ほんの僅かに「安心した」とも取れる色が混じっていた。
「俺が悪いかどうかなんて、おまえの尺度で決めろよ。ただし──」
澪のすぐ目の前まで歩み寄る。背はそう変わらないのに、威圧感だけで圧倒するような気配。
「次、こんなとこ来たら、ぶっ潰す。誰に何されても文句言えない。……わかったか? 」
澪の肩にポンと手を置くと、くるりと背を向けて去っていく。赤いスーツの背中が、薄暗い倉庫の出口へと消えていくその姿を、澪はきっと忘れられなくなる。
ぼんやり眺めていると、ズン、ズンと近づく複数の足音。鉄パイプを手にした男たちの影が、倉庫の入り口に揺れる。
澪はその場で凍りついていた。頭では逃げなきゃと思っても、身体は金縛りに遭ったように動かない。
その時だった。
「……ったく、マジで面倒くせぇな!」
出口へと向かっていた彼が苛立ったように舌打ちし、踵を返した。次の瞬間、彼の手が澪の前に差し出された。
澪は現状が読めずにいるからか、脳がすぐに反応しない。
「ほら、行くぞ」
「……え」
「あーもう……ほら!」
手を掴まれ、立たされ、澪は一気に相手と距離が近づく。吸い込まれるようなその瞳。なんだかドキッとしてしまい、でもそんな暇もなく走り出す。
「グズグズすんな!」
「えっ、えっ、ちょっ……!?」
混乱の声を上げる暇もなく、相手はしっかりと澪の手首を握っていた。その力強さが、不思議と怖くはなかった。怖いのは──この背中が離れてしまうことだった。
「後ろ見んな! ついて来い、バカ!」
手を引く力が、強い。でも怖くない。
息を切らしながら、澪はただただ、その背中だけを見て走った。
古びた非常口が、目の前に迫る。
背後で怒声と足音が迫る中──澪はようやく、かすかに笑った。
……この人、悪い人じゃないかもって、ちょっとだけ、思えた。
目の前のこの光景が、なんだか現実的ではなくて。澪は繋がれるその手をぎゅっと握り直した。
「とりあえず、ここまでくればいいだろ」
未だ倉庫が立ち並ぶその隙間で敵から身を隠し、相手が周りを警戒する傍ら、澪はどうしたもんかと悩み続けた。これはあれか?ガチなのか?それともこれだけできすぎてるから、やはり映画の撮影かなにかか?と。
そんな呑気なことを思っていると、目の前に落ちているものが視界に入る。澪はそれを拾いあげて、おおーっと感嘆の声を漏らした。
「これ、よおくできてますねぇ、本物みたい」
──ガチャ バァンっ!
次の瞬間、天井に向けて盛大な音と共に火花を散らした。
耳をつんざく銃声。倉庫の壁に反響して、辺りの空気が一瞬にして凍りついた。
「…………は?」
共にい相手は何が起きたという、理解し難い衝撃を受ける。
「……え? これ、本物……?」
澪は一瞬固まる。そんな澪に思わず目を丸くして、声を荒げる相手。
「当たり前だ、ばか!」
澪の手には拳銃が握られていた。まさか弾が出るとは思わず澪は慌てる相手を前にして、少し興奮気味に叫ぶ。
「わ、わーお……ロマンですね!?」
「ふざけんな!!」
澪の目はまるで、遊園地にでも来たかのようにキラキラと輝いていた。だがそれは、相手にとってはもはや悪夢。
「おいおまえ!いい加減にしろよ!何してんだ!!」
相手が一歩踏み出したその瞬間──背後で敵の怒声があがる。
「てめぇらぁ! ここにいやがったかッ!」
澪の音が相手に届いたのだろう。いくつもの足音と声が近づいてくるのがわかった。
もう隠れてる意味なんかない。バレた。全部、この女のせいで。そう怒りに似たものが相手は沸き上がる。
「チッ……!!」
相手は舌打ちをすると、澪へと向き直り真剣な目で問いかける。
「おまえなぁ……いいか、俺は女に手はあげない主義なんだが」
ぎゅっと澪の腕を掴んで、引き寄せる。
「その主義、今日で変わるかもな?」
「え、ええー?なんでです?まさか本物だなんて思わなかっただけでしょ?そこに拳銃があれば、バンってしたくなる……ロマンでは?」
「だからって引き金引くなアホ!!!!」
背後から足音が迫る。相手は再び澪の手を取ると、腰の拳銃を片手に抜き、目を細めた。
「──いいか、次に何か拾ったら、俺に見せてからにしろ」
「それはいいんですけど、近づいてますよ?あちらの方々」
「知ってるッ!!」
走りながら、澪は思った。
どうしてだろう、この人の背中が──すごく、安心する。
今夜のこと、ぜったいに忘れられない。
こうして、彼の「史上最悪の拾い物」──澪との逃亡劇は始まった。
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──風じゃない。嵐を、拾ってしまったんだ。
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