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【第2話】史上最悪の拾い物


 手を引かれて走らせる澪は、息切れをしていた。そんな中、「おまえ体力は!?」と叫びながら問われる


「任せてください万年ビリです」


「おっそ!!もおっ……」


 堂々と答える澪の返答に呆れながら、相手は文句を言う。心なしか舌打ちが聞こえた気がした。


 次の瞬間、澪の体は浮く。荷物のように抱えられていた。


「わぁーー!はっやい!すごい!まるで私、風のようですね!」


「風どころか……重りなんだよおまえはッ!!」


 走りながら容赦なく放たれる罵声。相手の腕に抱えられ、澪の視界には迫り来る追手が綺麗に見えている。恐怖心が勝るはずの場面。それなのに、スノはこの状況に興奮していた。


「え、私って……風じゃなかったんです?それにしても、見てください。あの走ってくる方々。こんな映画のアクションシーンみたいな逃走劇、経験したことありませんよ!ドラマチックー!」


「しゃべんな気が散る!!」


 相手の顔は怒りで引きつっているが、その目は鋭く前方を見据えている。いくつもの角を曲がり、物陰に隠れ、敵の足音を遠ざけながら移動をした。


 そして、ふいに狭い通路の奥、シャッターの隙間へと滑り込む。




「……ふぅ。ったく、厄介なもん拾っちまった……」


 壁に背を預け、肩で息をする相手は澪を下ろす。


「いやー、ありがとうございます。……私、飛べましたね……ふわっと。ふわふわっと。魔法でしたねぇ」


「おまえな……」


 さすがに呆れたように頭を抱える相手。だがその手は、ほんの少しだけ澪の頭に触れた。


「……次やったら、置いてくからな。マジで」


「イエッサー。でも、その時は……また拾ってくださいね?」


 にこっと、無邪気に笑う澪の顔を見て、相手は眉をひそめた。


「……ありえねぇ。もう今すぐにでもおまえを俺の記憶からデリートしたいわ」


 相手の声は低く、不機嫌そのもの。だけどその目は、一瞬だけ、優しさを孕んだ。


 しかし澪は、そんなことより今はこの波瀾万丈展開をどうするのか、それがワクワクしていた。最初に怖い人に手を掴まれた時は、本物のヤ◯ザ?と思っていたが、こんなにも怒涛の展開を前にして、この現状がファンタジー的な感覚に陥る。


「あの、これはどこのドラマの撮影です?極道もののドラマ?映画ですか?」


 澪は、全てフィクションだと思っていた。


「……あ?」


 ピタリと沈黙が落ちる。澪は本気で言っている。どこをどう見たらこれがドラマの撮影に見えるのか。そんな表情を見せる相手は数秒の間を置いて、唱えた。


「……おまえ、頭打ったか?」


 呆れと本気の心配が入り混じった声。相手は澪の額に手を当て、熱を確認するような仕草をする。


「……ちょっと熱ある?」


「えっ、それってトキメキ熱じゃないですか?ほら、窮地の中のメロドラマ的なあれ。そんな乙女ゲーヒロインみたいなドキドキがここに?」


「いやバカだろ」


 ズバァッと言い切る。相手の顔には「こいつやばい」という文字が浮かんでいた。


「でも、本当にすごいクオリティ……役者さんもリアルで……特にあなた、演技力高いですもんねぇ?」


「……演技? 本気だっつってんだろ」


「え?パードゥン?」


「だから、撮影じゃねぇ。これが現実だ。おまえ今、命が何個あっても足りねぇ場所にいるんだよ」


 イラつきつつも、澪の呑気さが逆に相手の緊張を和らげていた。しかし、気や緩めすぎてはならない。だからこその、このやり取りである。


「無事におまえが、家に帰れるかどうか。俺の手にかかってんだよ。今からそれ、ちゃんと頭に刻んどけ」


 じっと澪を見つめる。その眼差しは真剣で、まるで戦場に生きる人間の、それだった。


「おまえ、今日ここで死んでてもおかしくなかったんだ。……わかってんのか?」


 そこには演技でも冗談でもない、ただの“現実”があった。


「俺に拾われたこと、運が良かったと思っとけよ」


 低い声音、それでいて伸びてくる手は澪の額へと近づく。そして、突如額に走る鈍い痛み。


「っ……痛いです」


「あいつらに捕まったら痛いじゃすまねぇよ、ばぁーか」


 口角を上げて、笑う相手。その表情が今までとは違い、幼く見えて澪は胸がキュンとなる。


「そーいや、おまえ名前は?」


「……澪」


「澪ね、俺は真次郎しんじろう


「しんじろう……しんじろう……」


 澪は真次郎の名前を復唱する。そして唐突に閃いたとばかりに顔をあげた。


「わかりました。あなたは、ジロですね!ありがとうございます、ジロ!」


 ニコニコと能天気なまま、澪は真次郎に尋ねる。


「で?この後はどんでん返しですか?ジロ。バズーカがセオリーですかね?どこでアイテムゲットします?」



「……“ジロ”?」


 目を細めて、じっと澪を見る。明らかに名前を聞き間違えたか、いや、意図的につけたあだ名か。どっちにしろ、妙な空気が流れる。


「おまえ、俺の名前、もう忘れたの?」


 無表情でそう言いながらも、真次郎のこめかみがピクリと動いた。


「えっ?忘れてませんよ?真次郎、で“ジロ”!完璧な変換です!愛着湧くし、呼びやすいし。キャッチー!ほら、芸名っぽくて素敵ですって」


「……勝手にあだ名つけんな」


 低くぼやいたが、澪の真っ直ぐな笑顔を前に言葉を飲み込む。そして、今後こいつに何を言っても多分こうだと、真次郎はうっすら察する。


「……それで、バズーカってなんだよ。アイテム? ここはゲームじゃねぇ。魔王もラスボスもいねぇ。いるのは──“人間”だけだ」


 真次郎の声がわずかに低くなる。そこにいるのは、命のやりとりを当たり前のようにこなしてきた男の顔だった。


「いいか、澪。今から“どんでん返し”があるとすりゃ、それは──俺が死ぬか、敵が死ぬかだ」


 静かに、しかし確かな言葉。澪が夢見てきた“非日常”は、現実の底を覗かせ始める。


「その能天気な顔、ずっとしてられると思うなよ。俺の世界に足突っ込んだ以上、おまえも──選ばされる」


 真次郎の言葉には優しさは一欠けらもなかった。でも、その瞳には“置いていかない”という決意だけが宿っていた。


「……覚悟、しとけ。“ジロ”って呼んだの、後悔すんなよ」


 なんだか、妙な展開に澪はようやく目をパチクリさせてうーんと唸る。


「シリアス……シリアスシーンは男女の恋仲がぐっと縮まるって法則が……でも、ジロと私は出会ったばかりですし。いや、それが逆に燃え上がる??」


 またしても澪は呑気なまま、けれど敵はまってはくれない。足音は聞こえてくる。


「ジロ、後悔はしませんが……一つだけ」


 澪の目は、真剣。


「ジロって、とっても……叫びやすいですよね?」


「……は?」


 敵の足音が近づいてきているというのに、澪の口から出てくるのはまさかの“叫びやすさ”評価。真次郎は思わず振り向きざまに澪を睨みつけた。


「なに基準で名付けてんだよおまえ……!」


 そう言いながらも、肩越しに敵の影がちらつき始め、真次郎の表情は一瞬で切り替わる。ピリついた空気の中、手にした銃をカチリと構える。


「いいか、ジロだかなんだか知らねぇけど……今から絶対、声出すな。俺の後ろから、ぜってぇ離れるな。いいな?」


 凄む声、鋭い目。それでも──澪は、変わらない。


「……え、でもジロー!って叫んだら、すぐ駆けつけてくれそうで、なんか安心感ありますよね?」


「バカかおまえは!!!」


 抑えた声量で最大級のツッコミが炸裂。だがその直後に──


 パンッ!パンッ!!


 銃声。ついに交戦の火蓋が切って落とされた。真次郎は澪を背中に隠しつつ、走り出す。


「……いいか、澪。今の発言、俺の命と引き換えにチャラになったと思え!」


「え、いやです。そんな大事にしないでください。むしろプラスに!レッツゴーポジティブ!」


 叫びながらも走る澪。今にも撃ち落とされそうな状況でも、二人はなぜか妙に息が合っていた。


 こうして、「ジロ」と「澪」の出会いは、血煙と銃弾の中から始まった──。



 ────



 ──手を伸ばせば、

 現実が遠ざかっていく気がした。


 でも、手を引いてくれる誰かがいるなら、

 どんな夢でも、走っていける気がした。



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