彼は女を殺すのが嫌いだった。特に少女だったらなおさらだ。
どうせ殺すなら男がいい。
これは、彼が性差別主義者だからというわけではなく、戦地で彼に向けて銃をぶっ放していた相手はたいてい男だったからだ。
それに惨めな子供時代に暖かいスープをくれたのはたいてい女だった。
だが、人生にはやらなければならない事がある。
彼はぐっと息を飲んでスコープを覗き込んだ。視線の先に、少女の住む屋敷がある。この街で珍しいレンガ造りの豪邸に、彼女は使用人と共に住んでいた。霧雨の中、ぼんやりと少女の私室の窓だけが光を放っている。
男は左手の爪に埋め込んだネイルウォッチを一瞥して息を吐き出した。
そろそろ少女がガウンを羽織って、ベランダにでる時間だ。
彼は少女を五週間追い続け、今では彼女の全ての知っていた。
夜二十一時以降にベランダに出て空を見上げる、彼女のお決まりの儀式の一つだ。誤差は二十一時プラスマイナス三時間。
冷たい小糠雨が振る中、男は屋敷の向かいのビルにもぐりこみ、軍隊仕込みの辛抱強さこのときを待っていた。もう十時間も。
問題は気まぐれな少女がいつ姿を現すかだが、彼には時間も根気もたっぷりとあった。
華奢なデザインの窓ゆっくりと開き、少女がベランダに足を踏み入れた。
薄手のガウンが雨にぬれ、ぽつりぽつりと透けていくのがはっきりと見えた。
あれじゃ風邪を引いちまう。
いや、違うな。彼女はサイボーグだ。風邪なんてひきやしない。
彼の独り言が通じたように、少女はしっかりと前をかき抱き、空を見上げた。明日の天気はどうだろうとでも言うように。
「そろそろ時間だ、お譲ちゃん」
彼は子供時代に暖かいスープを与えてくれた女を忘れた。
息を止め、引き金に指をかけると一切の音が聞こえなくなった。
彼女は今空を見上げたまま、手をすり合わせている。
男は彼女の額に向けて、引き金を引いた。
それは一瞬で終わった。