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第6話 ケツには火がついている事をお忘れなく

「ちくしょう! どうしてこうなった!」


 グエンは部屋に戻るなり悪態を付き、一番近くにあった空き缶を力の限り蹴飛ばした。


「サギリア・ローガン? ちくしょう! 俺が一ヶ月前に殺した相手じゃないか! ゾラック! ダグラスに連絡」


「つながりません」


 ちくしょう。

 グエンは新たな獲物を求めて足元を見回した。忌々しいことに几帳面なグエンの性格と、ゾラックの完璧な家事能力が発揮されいてたため、蹴飛ばせるものが何一つとして落ちていない。

 ちくしょう。サギリアが生きているだって? 

 それはない。

 グエンは息をはき、笑みを浮かべた。俺が殺したはずだ。それはもう完璧に。

 あの事件は新聞でも報道されたし、彼女の葬儀には何百人もの人間が参列した。

 最も確実な証拠は依頼人から報酬が振り込まれたことだ。

 殺人成功報酬。どこの馬鹿が標的を殺していない殺し屋相手に金を払う? 世の中では色々なことが起こるが、これだけは確信が持てる。サギリア・ローガンは死んだ。


「ダグラスに連絡」


「連絡が付きません。グエン、サギリア・ローガンが生きていると思いますか?」


 冗談じゃない。グエンは鼻を鳴らした。


「俺の腕前を信頼してくれているなら、そんな質問はしないはずだ」


「でも、彼女は生きているらしいですよ」


「あの変態野郎の思い違いさ」


 おい、グエンドリン。あの少女がサギリア・ローガンだと気付いているんだろう?

 グエンは知性の囁きを無視した。


「今日は満月ですからね」


 ゾラックはその一言で全てが解決したようにうんうん、と頷くと服を脱ぎ始めた。のろのろとドレスを脱ぎ捨て、ブラに詰込んだタオルを取るのに必死になっている。グエンはイライラしながらその様子を眺めた。


「ダグラスに連絡」


「連絡付きません」


「連絡は続けろ。十月四日の新聞を表示」


 部屋の中央にモニタが出現し、サギリアの命日である十月四日新聞が大写しにされた。見出しは三十ポイントの文字で「グレッグ・ローガン唯一の血縁者。サギリア嬢殺される」とあった。

 あの少女が差し出したものより、もっと綺麗に写っているサギリアの写真も載っている。『世紀の天才少女』が大学を卒業したときの、アカデミックドレスを着た有名な写真だった。


「中央病院へ搬送されたのち、死亡が確認されました。葬儀二日後の六日。遺言の執行は顧問弁護士が行っています。おかしな点はありませんね。彼女は死亡しています」


「ふむ」


 グエンはサギリアの死亡報告書を呼び出して、もう一度見返した。生物学的にも法的にも社会的にも、彼女は完璧に死亡していた。

 『サイボーグが死亡した』ということは、肉体的な死亡とは、一つ二つ違った。

 まず、彼女のチタン製の頭蓋骨の奥にある脳漿が完璧に再生不可能になったこと。データベースに保存されている彼女の記憶データベースが法に則り、綺麗に削除されたこと。

 記憶データベースの方は、弁護士と技師が削除を確認した書類を提出している。

 グエンはサギリアを狙撃するのに、対サイボーグ用ライフル弾を使用した。彼女の骨格は見事に砕かれたはずだ。


「うん。彼女は死んでいる。死んだ。やったー! 僕は間違っていなかったんだ」


「だったらなぜ彼女が生きていると言い出す人間がいるのでしょう?」


「なぜなら、この満月の夜に現れた我らが依頼人のお嬢さんの中身がくそったれ変態野郎だからだ」


 ゾラックが眉をしかめて咳払いした。

 くそっ、人造人間に標準的会話マナーを入れた人間もくそくらえ。機械と二人きりの時に罰当たりな言葉を吐かずにいつ吐くんだ?


「彼女の依頼を引き受けますか?」


「考え中」


「では、我々のケツには火がついている事をお忘れなく。これは比喩です。金銭的な危機に陥っているということ」


 グエンはゾラックが嫌な顔をするを無視して三カ国語で悪態をつくと、今日の出来事を思い返した。

 満月の夜にはぴったりの喜劇だった。

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