目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第9話.自己紹介


「はい?」

「だから、今日の領域オリエンテーションは、あなたが説明しておいて頂戴」


 教授からの突然の内線電話だった。


 今日? 今、それを言いますか?


「え? ですが……私、うちの授業も、一年間のカリキュラムも、まだよくわからないのですけど」


(――あなたからも、何も説明がないのですが!)


「そんなのシラバス読ませればいいの。今日は魔法省に行かなきゃいけないの、よろしく」

「え、ちょっと待ってください!」


 私、下っ端ですけど。昨日きたばかりで、私こそ、オリエンテーション受けたいのに、それをしろって?





 境界型魔法領域選択生は、魔法学科四年生の八十名のうちの八名。

 うち一人辞退で七名。学生の領域は、生徒の希望と教員の推薦で決められる。ちなみに外部からの編入生もいた。


 普通の大学は、選択科目が多いから、同じ学年でも同じ授業を取らない場合も多い。

 けれど、魔法学科は積み重ね。一年生は一般教養の選択科目が多いが、二年生からはその学年でしかとれない必修科目の単位を取り、無事に取得した四年生は、領域の授業をこなす。


(――学生は下から揃って上がってきているから、説明が殆どいらないのでよかった)


 リディアがするのは領域の授業の説明だけでいいみたい。

 シラバスを読ませればいいようだけど、リディアは結局、何もわからないまま教壇で説明をしていた。


 自分で自分が情けない。


「授業内容、進行、必要な教科書は、シラバスを読んでください。えーと、それから――」


(気まずい、たどたどしさ満載)  


 シラバスは、前任の先生が書いたものらしい。教授も説明ができないから逃げたのだろう。

 ていうか、初日に生徒の前に顔を出さない事自体が驚きだ。



 しかしリディアは、教室の生徒を見渡して首を傾げる。


 最初に部屋に入って、昨日図書館で会ったキーファが目を見張っているのを見た時は、気まずかった。

 その後無表情になった彼を見て、シャットアウトされたと思った。


「五名しかいないけど、誰か二人の欠席理由を知っている?」


 全員男子。でも、ここには五名しかいない。


 一番前には、瞳を輝かせている美少年。金髪で、薔薇色の頬、女の子に可愛がられそうな容姿だ。でも彼は特に発言無し。


 黒髪の子は、うつ伏せでずっと寝ている。

 小柄な少年は肩をすくめ、橙色の髪の学生は、面倒そうに窓の外を見ている。

 みんな無反応だ。


 キーファが丁寧に手をあげる。促すと、彼は生真面目な顔で指摘した。


「今年度の学生証の更新はどうなりますか?」

「え……学務でしょ?」


 リディアが困惑を見せると、生徒たちも困惑を返す。


「教室のカードキーも兼ねているので、セキリュティ上、毎年更新されたものをオリエンテーションでもらっていたのですが」

「――ちょっと待ってくれる? 後で――聞いてみるから」


 学生証なんて、教員が準備するものなの?


「あと、他の領域の生徒たちはロッドの購入案内をされたそうですが」

「ロッド!?」


 リディアが驚いて反復すると、やっぱりなーという反応や怪訝そうな顔や、しかめるものや様々。


「申し訳ありませんが、あとで連絡します」


 ロッドは、魔法師が持つ杖のこと。その購入なんて聞いていないけれど、そもそも何も聞いていない。他にも抜けていることがありそうだ。


「先生、質問」


 金髪というよりも明るい橙色の髪の彼が乱雑に手を上げる。


 確か、ウィル・ダーリングだ。気分やで、授業態度は不真面目と聞いていた。


(……魔力はすごく高いらしいけど)


 今も、彼の放つ魔力が大気中に漏れていて、正直驚く。制御できていないからかもしれないが、このぐらい高ければ魔法師団に引き抜かれていてもおかしくない。


「先生、年幾つ?」


 リディアは無表情になり、黙る。そして、その後にっこり笑った。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。教授と准教授はいらっしゃらないので、私だけですが――」


 そこまで言って、区切る。


 リディアは、小柄で、蜂蜜色の髪、新緑色の瞳という容姿だ。

 魔法師団でも、結構舐められた。それでもなんとか立場は確保してきた。


 そしてここは大学、リディアの馴染みのない世界。

 生徒は男。この外見は嫌いではないが――男性社会では、舐められるのだ。


 今日は紺色のジャケットにタイトスカート、七センチのハイヒール。

 可愛らしさはない、隙のない格好だ。


 「助教のリディア・ハーネストです。境界型魔法領域担当になります。教員は初めてですが、グレイスランド王国魔法師団にいました。私の研究対象は――呪詛です。特に十五世紀から十六世紀の、呪詛板を研究しています。呪詛の研究対象になりたい方は、――失礼しました。興味のある方は、私の研究室に訪ねて来て下さいね」


(あれ、これって脅し? アカハラ委員会にひっかかる?)


「――どうぞよろしく」


 調子者のウィルは、顔を引きつらせて腰をおろす。

 静まり返った教室に、寝ていた男子が顔を上げて首をきょろきょろまわし、キーファも眼鏡の奥の目を見開いて驚いているのがよくわかる。


 (――呪いが専門なんて聞けば、絶対に引くよね)


 男子生徒だ、最初が肝心。舐められるわけには、いかない。


 リディアは両方の口角をあげて笑みの形を作り、笑わない眼差しを全員に向けた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?