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第12話.ここの慣例


 授業の準備が終わらない。


 そもそもやっつけ作業で授業を作っていいのか。けれど生徒がなぜ、この境界型魔法を選択したのかもわからない。


 彼らがどこにも分類できない落ちこぼれ――そんなふうに思いたくはない。

 少なくともキーファは、休み中でも図書館に来るぐらい努力しているし、ウィルも魔力はかなり高い。


 会議でも問いかけたが、教授は学生のことは無関心だった。

 しかもオリエンテーションの欠席者を伝えても、サラリと流されてしまった。


 准教授は休みだし、この領域、いったいどうなるのだろう。






「ウィル・ダーリングはね、二年生の時に簡易魔力計測器で計測針が振り切れたの。で測定不能」

「測定不能って」


 相当高いということ? 特殊だってこと? それって、特級魔法師グランマスタークラスじゃないのか。


 サイーダが、お昼のサンドイッチを食べながらMPを操作し、片手間にリディアに教えてくれる。


「魔法が暴走したの。制御不能で演習室全焼。以降、彼は魔法禁止」

「ええ! 嘘でしょう」

「報道されていないでしょ。修理費請求しなかったかわりに、報告せず本人にも口止め」


 ひどい。それって、彼は納得したのだろうか。圧力をかけた気がするけれど。


「教師も誰も止められないんだもの。被害が部屋だけで済んでよかったわよ。このまま卒業しても、どうするのかはわからないけど。キーファみたいに、頭がよければ公務員試験でも受けられたのに」


 キーファ・コリンズは、図書館で会った生徒だ。始業前なのに、図書館で勉強するほど勤勉な生徒だ。


「コリンズは公務員になるの?」

「それか、研究者じゃないかしら」


 大学は職業斡旋所ではない。就職を強制もしないし、卒業後は本人の自由意志に任せる。だから教員も淡泊だ。在籍中に問題は起こしてくれるな、ということだろう。


 能力を伸ばす、どころの話じゃない。


 でもリディア自身も、まず何もわからないから、何をしていいのか。



「ハーネスト先生、電話よ」

「ありがとうございます」



 フィービーに礼を言って、受話器を受け取ると、ここ最近毎日やり取りしている業者だった。


 魔法師団にいた時の魔法具を扱う業者を紹介してもらって、その伝で品質がよくて安いロッドが買えないか交渉していたのだ。


 相手からの返事を聞いて、リディアは弾んだ声で礼を言って電話を切る。


「どうしたの?」

「ええと、檜のロッドを、四千エンで購入させてもらうように交渉したんです」


 檜は、ロッドにはメジャーな素材ではないが軽くて魔力伝導も悪くない。


 北地方の小さな製造業者で、販売業者を通さずに直接購入させてもらえるという。

 業者側も、大学と付き合いができるというから、安くしてくれたのじゃないかな。


 ……一応、魔法師団の伝だと、サイーダたちの前では、その名前を出さないように気をつける。

 サイーダたちも、この業者したらどうだろうか、とは思ったけれど、各担当それぞれで付き合いのある業者もあるし、余計な口出しだろうか。


 サイーダは「ふーん」という相槌だけだった。


 とにかく、粗悪品を買わせずに済むとリディアも安心した。






 ところが、今度は別のところに障害が発生した。


「どういうことですか?」

『ですから、うちの大学と付き合いのある業者じゃないと入れません。その業者はうちの大学とは付き合いがないので』

「ですけれど、最初に私がロッドの業者を探していると言ったら、自分で探せとおっしゃったじゃないですか」


 問題は、うちの大学の会計だ。


 学生による物品の購入は大学の購買を通さなきゃいけないが、新規の業者はだめだという。でも、この話を進める前に、業者を紹介をして欲しいと頼んだら、会計係はリディアのほうで探せと言ったのだ。


『ですから、うちの付き合いのある仲介業者を通せば購買から販売できます。そちらを通してでもいいですか?』


「仲介を通すと、いくらになりますか?」

『一本二万エンになります』


 意味が分からない!!


 製造元から安く買えるのに、わざわざ仲介の販売業者を通す、四千エンのものが、二万エンになってしまった。


 勿論、よくない。頼めるわけがない。 


 溜息をついて、リディアはうなだれた。

 このやり取りで、ここ数日かなりの時間がとられている。





『そうなんですか。うちも直接販売ならばお安くできるのですが、仲介を通すと、こちらも手数料を取られてしまうから、その価格では売れないんですよ』

「そうなんですね、せっかく融通をきいてくださったのに」

『仕方ないですね、大学さんのほうも、ご都合があるでしょうし』


「――また、方法を考えます」


 リディアはここまで話をまとめていた製造業者に電話を切って、ため息をついた。




 一番最初の、三千エンの廃材ロッドに戻るのだろうか。



「ねえその話。学科長に話したら、興味もってたけど。学科全体で、その業者を取り引き相手にしたらどうかって」


 リディアが振り返ると、サイーダは一拍置いて呟く。


「というか、うちも、そこのを欲しいんだけど」

「あ、ええと」

「だめ?」


 リディアは首を横に振る。

 サイーダに勧めてみようかと思った、けれど余計なお世話かもしれないと思った。

 ――彼女は、興味を持っていたのに。


(言えばよかった)


 ただ勧めてみればよかっただけ。どうするかは、相手が決めることなのに。


(私は、言う手間を省いたんだ。余計なことかも、って思って)


「すみませんでした、お勧めしなくて」


 付き合いのある業者もあるでしょうから、それは言い訳だ。


「檜で四千円なら安いし。学生の負担も減るし、安くて良い品質ならそちらに変えたほうがいいもの」

「学科長からならば、会計も動くんじゃないかしら」


 フィービーも話を添える。


「私、学科長のところに行ってきます」


 リディアは立ち上がりドアまで向かう。


 自分は、サイーダに声をかけなかった。


 けれど、そのやり取りを聞いていたサイーダは、学生の利益になると判断して、学科長を巻き込むという方法を実行して、リディアに解決方法を示したのだ。


 彼女も益を得たいということもあるだろうけど、提案だけではなく道を開いてくれた。


「ブライアン先生、アボット先生」


 呼びかけると二人が顔をこちらに向ける。


「言葉が足りなかったり、余計なことを言ってしまったり、すみませんでした」


 自分の下手な言動の反省を述べるのも言い訳がましい気がする。だけどこの一言では何が言いたいのかも伝わってないかもしれない。


 そして、少し迷って口を開く。



「それから、ありがとうございました。これからも色々、教えてくださると嬉しいです」


 サイーダは、肩を竦めて「別に、大したことしてないけど」と呟く。


 そして思い出したようにポツリと続けた。


「そろそろサイーダって呼んでくれない?」

「私もフィービーと呼んでほしいわ」


 フィービーは穏やかな笑みを浮かべていたが、サイーダは笑みはなかった。


「――私も、リディアって呼ぶから」


 そう続けてサイーダは背を向けた。

 フィービーがちらりとリディアを見て、笑った。



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