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第16話

【三尾のキツネ:私も聞きたい、私の主人どこにいるの!】


この配信者、名前は陽葵に似せているけど、アイコンは違う。見た目はちょっとヤンキーっぽい女の子。でも、写真は加工しすぎて、もう本当の顔は分からない!


このコメントにはたくさんの返信がついていて、彼女をからかう人もいれば、ちょっと興味を持っている人もいる。

何にせよ、彼女はしっかり話題をさらって注目を浴びているようだ。


【しっぽを出したキツネ:歌は?花なんてどうでもいい、私は歌が聞きたいの!】


【社長そのもの:俺の財布がウズウズしてるから、早く配信してくれ!】


【百万チャクラ:で、こんなに長い間どこ行ってたの?もしかして、こっそり子供でも産んでたの?】


ネット民の突飛な発想には、時々本当に感心するしかない。


陽葵はコメント欄をスクロールしていると、新しいコメントが現れた。


【君の後ろに:私も寂しい。ご主人様に会いたい。】


配信でよくギフトを投げている「君の後ろに」と同じ人だ。

配信中は何も喋らずに、ただギフトを投げてくる。でもネットでは、彼女にたくさんコメントを残している。


なんだか、不思議な人。陽葵は少し、その相手に興味を持ち始めた。


彼女は返信する。

【ご主人様はどこに行ったの?もう君のこと、いらなくなっちゃったの?】



___


指先で、何度もスマートフォンの画面を叩く。


「俺のご主人様になりたい?」

——削除。


「ご主人様は俺のことを忘れた……」

——削除。


成宮嵐は眉をひそめた。


「お呼びでしょうか、ご当主様。」

ヨーロッパ風の執事服を身にまとった中年の男性が、きちんとオールバックに整えた髪で、丁寧に腰を低くして声をひそめる。

その声が少しでも大きくなれば、当主への無礼に当たるかのようだ。


「ご要望の品、すべてご用意できました。」


成宮嵐はスマートフォンをポケットにしまい、静かに呼びかける。


「アオイ、こっちにおいで。」


「ニャー!」

真っ黒な長毛の子猫が素早く成宮嵐の肩に飛び乗り、頬にすり寄る。


成宮嵐はその頭を優しく撫でながら言う。


「これからママに会いに行くぞ、いいか?」

「ニャーニャー!」


アオイは首をぐっと伸ばし、ふさふさの尻尾を高く掲げて、つぶらな黒い瞳でドアをじっと見つめる。まるで「早く行こうよ!」と言わんばかりだ。


「でも、ママにベタベタするのは禁止だぞ。」


ふん、この男は自分にママに会わせてくれるくせに、甘えるのはダメなんて、猫様のプライドを分かってない!自分は高貴な猫なんだから、命令される筋合いなんてないのに!


「……分かった?」


まあ、鋭い視線にはちょっと逆らえない……


大きな尻尾をしょんぼり下げて、おとなしくなった。


アオイという猫は、成宮の猫。

物心ついたときには、もう野良猫だった。毎日ゴミ箱をあさって生きていた。


ある日、やっとの思いで期限切れのパンを見つけて食べようとしたら、他の大きな猫たちに囲まれて、奪われそうになった。

そのとき、全身黒い服を着た男が現れた。

彼は高いところからアオイを見下ろしていて、後ろには執事が傘を差して立っていた。


アオイは一目で、その気品と優雅さに惹かれ、高価そうなズボンにしがみついて肩に登り、この人を自分の「下僕」にすることに決めた。


男はアオイを大きな家に連れて帰り、「これからはアオイ、成宮アオイだ」と言った。


でもアオイはその名前が気に入らなかった。自分は勇ましいオス猫なのに、アオイなんてまるでメス猫みたいだし、全然迫力がない。主人も最初はそう思っていたはず。


しかも、主人はアオイを水に入れたりして「虐待」した。猫は水が大嫌いなのに!(お風呂なので)


後で反省して美味しいご飯をいっぱいくれたけど、アオイは一日中そっぽを向いて、ようやく許してあげた。


それからはいつも抱っこされて、きれいな音楽を聴かせてくれた。さらに、綺麗なお姉さんの写真を見せて、「この人がママだよ」と教えてくれた。


何年も経ち、ついにそのママに会える日が来た。ママにもぜひ、トイレ掃除をしてほしい!


「もしママにトイレ掃除なんてさせたら、殴るぞ。」


……猫は無言。



__


車は住宅街の少し手前で止まった。


執事が車を降り、白い手袋が夜の闇に際立つ。

後部座席のドアを開けると、成宮嵐が降りてきた。


執事は頭を下げて、両手で鍵を差し出す。

「すべて準備が整っております。こちらが鍵です。」


成宮嵐は静かに頷き、猫のリードを引いた。


「行くぞ。」


アオイは胸を張って、近くの団地へと歩き出す。


ここは古い団地で、棟数も少なく、住人もあまりいない。

だが、防犯カメラは今もちゃんと作動している。



団地の警備員は二人だけ。

嵐が入ってきたとき、一人の警備員が立ち上がって挨拶しようとしたが、嵐が一瞥すると、警備員はすぐ口をつぐんだ。


危うく余計なことを言いそうになってしまった。


嵐は警備室の監視モニターに目をやる。

画面には彼が門の前に立っている姿が映っているが、次の瞬間、モニターが一瞬揺れて、彼の姿は消えてしまう——


嵐は口元に微笑を浮かべ、六階へと向かった。

六階まで上がると、アオイはもうヘトヘト。


ドアが開くなり、真っ先に部屋の中へ飛び込み、新しい縄張りをチェックし始める。


うーん、部屋が狭い。

寝室も小さい。

バスルームも小さい。


どこもかしこも、小さい、小さい、小さい!


こんなに小さな部屋に、パパの大きな体は入るのかな?

パパがこの狭い部屋にいるのを、ちょっと見てみたい気がする。


ふと振り返ると、パパがいない。

まさか、パパは自分を騙して連れ出し、捨てるつもりなのか!


「ニャー!」と叫んで部屋を飛び出すと、夜風が吹き抜けて、アオイの毛は逆立つ。


真っ暗な廊下、光もなくて、怖い……


その時、隣の家のドアが開いていて、そこからかすかな明かりが漏れていた。


アオイは何も考えずに、その家へ飛び込んだ。


中もやっぱり狭い。


寝室の前までふらふらと歩いて行くと、そこで思わず固まった。


えっ、今、何を見たの?


パパが、女の人にキスしてる!


ビシッ!

視線が飛んできた。


アオイはびっくりして、床にぺたりと伏せて動かなくなった。


604号室に戻ると、アオイは尻尾をぎゅっと抱えた。


さっきパパに隣の部屋から引き戻されて、そのままじっと見つめられている。

ちょっと怖い。


パパは自分の腕も足も、頭もバラバラにするんじゃないかと、心配で仕方ない。


しばらくして、嵐が動いた。


アオイは警戒して後ろに下がるが、その前に、美味しそうなキャットフードが差し出される。


ああ、怖かった、でも……いや、待って、このキャットフード、毒でも入ってるんじゃ?


成宮嵐は冷たく笑う。


「毒で殺してやる。」


やっぱり、パパは自分を毒殺する気なんだ!


嵐は寝室へと入り、暗闇の中で窓辺に立ち尽くす。舌先でそっと唇をなぞり、しばらくして手の甲で目を覆った。


その口元には、徐々に広がる笑み——


夜は、まだ続いている。


その同時、もうひとつの夢の世界では、すべてが赤い色で染まっていた——

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