【三尾のキツネ:私も聞きたい、私の主人どこにいるの!】
この配信者、名前は陽葵に似せているけど、アイコンは違う。見た目はちょっとヤンキーっぽい女の子。でも、写真は加工しすぎて、もう本当の顔は分からない!
このコメントにはたくさんの返信がついていて、彼女をからかう人もいれば、ちょっと興味を持っている人もいる。
何にせよ、彼女はしっかり話題をさらって注目を浴びているようだ。
【しっぽを出したキツネ:歌は?花なんてどうでもいい、私は歌が聞きたいの!】
【社長そのもの:俺の財布がウズウズしてるから、早く配信してくれ!】
【百万チャクラ:で、こんなに長い間どこ行ってたの?もしかして、こっそり子供でも産んでたの?】
ネット民の突飛な発想には、時々本当に感心するしかない。
陽葵はコメント欄をスクロールしていると、新しいコメントが現れた。
【君の後ろに:私も寂しい。ご主人様に会いたい。】
配信でよくギフトを投げている「君の後ろに」と同じ人だ。
配信中は何も喋らずに、ただギフトを投げてくる。でもネットでは、彼女にたくさんコメントを残している。
なんだか、不思議な人。陽葵は少し、その相手に興味を持ち始めた。
彼女は返信する。
【ご主人様はどこに行ったの?もう君のこと、いらなくなっちゃったの?】
___
指先で、何度もスマートフォンの画面を叩く。
「俺のご主人様になりたい?」
——削除。
「ご主人様は俺のことを忘れた……」
——削除。
成宮嵐は眉をひそめた。
「お呼びでしょうか、ご当主様。」
ヨーロッパ風の執事服を身にまとった中年の男性が、きちんとオールバックに整えた髪で、丁寧に腰を低くして声をひそめる。
その声が少しでも大きくなれば、当主への無礼に当たるかのようだ。
「ご要望の品、すべてご用意できました。」
成宮嵐はスマートフォンをポケットにしまい、静かに呼びかける。
「アオイ、こっちにおいで。」
「ニャー!」
真っ黒な長毛の子猫が素早く成宮嵐の肩に飛び乗り、頬にすり寄る。
成宮嵐はその頭を優しく撫でながら言う。
「これからママに会いに行くぞ、いいか?」
「ニャーニャー!」
アオイは首をぐっと伸ばし、ふさふさの尻尾を高く掲げて、つぶらな黒い瞳でドアをじっと見つめる。まるで「早く行こうよ!」と言わんばかりだ。
「でも、ママにベタベタするのは禁止だぞ。」
ふん、この男は自分にママに会わせてくれるくせに、甘えるのはダメなんて、猫様のプライドを分かってない!自分は高貴な猫なんだから、命令される筋合いなんてないのに!
「……分かった?」
まあ、鋭い視線にはちょっと逆らえない……
大きな尻尾をしょんぼり下げて、おとなしくなった。
アオイという猫は、成宮の猫。
物心ついたときには、もう野良猫だった。毎日ゴミ箱をあさって生きていた。
ある日、やっとの思いで期限切れのパンを見つけて食べようとしたら、他の大きな猫たちに囲まれて、奪われそうになった。
そのとき、全身黒い服を着た男が現れた。
彼は高いところからアオイを見下ろしていて、後ろには執事が傘を差して立っていた。
アオイは一目で、その気品と優雅さに惹かれ、高価そうなズボンにしがみついて肩に登り、この人を自分の「下僕」にすることに決めた。
男はアオイを大きな家に連れて帰り、「これからはアオイ、成宮アオイだ」と言った。
でもアオイはその名前が気に入らなかった。自分は勇ましいオス猫なのに、アオイなんてまるでメス猫みたいだし、全然迫力がない。主人も最初はそう思っていたはず。
しかも、主人はアオイを水に入れたりして「虐待」した。猫は水が大嫌いなのに!(お風呂なので)
後で反省して美味しいご飯をいっぱいくれたけど、アオイは一日中そっぽを向いて、ようやく許してあげた。
それからはいつも抱っこされて、きれいな音楽を聴かせてくれた。さらに、綺麗なお姉さんの写真を見せて、「この人がママだよ」と教えてくれた。
何年も経ち、ついにそのママに会える日が来た。ママにもぜひ、トイレ掃除をしてほしい!
「もしママにトイレ掃除なんてさせたら、殴るぞ。」
……猫は無言。
__
車は住宅街の少し手前で止まった。
執事が車を降り、白い手袋が夜の闇に際立つ。
後部座席のドアを開けると、成宮嵐が降りてきた。
執事は頭を下げて、両手で鍵を差し出す。
「すべて準備が整っております。こちらが鍵です。」
成宮嵐は静かに頷き、猫のリードを引いた。
「行くぞ。」
アオイは胸を張って、近くの団地へと歩き出す。
ここは古い団地で、棟数も少なく、住人もあまりいない。
だが、防犯カメラは今もちゃんと作動している。
団地の警備員は二人だけ。
嵐が入ってきたとき、一人の警備員が立ち上がって挨拶しようとしたが、嵐が一瞥すると、警備員はすぐ口をつぐんだ。
危うく余計なことを言いそうになってしまった。
嵐は警備室の監視モニターに目をやる。
画面には彼が門の前に立っている姿が映っているが、次の瞬間、モニターが一瞬揺れて、彼の姿は消えてしまう——
嵐は口元に微笑を浮かべ、六階へと向かった。
六階まで上がると、アオイはもうヘトヘト。
ドアが開くなり、真っ先に部屋の中へ飛び込み、新しい縄張りをチェックし始める。
うーん、部屋が狭い。
寝室も小さい。
バスルームも小さい。
どこもかしこも、小さい、小さい、小さい!
こんなに小さな部屋に、パパの大きな体は入るのかな?
パパがこの狭い部屋にいるのを、ちょっと見てみたい気がする。
ふと振り返ると、パパがいない。
まさか、パパは自分を騙して連れ出し、捨てるつもりなのか!
「ニャー!」と叫んで部屋を飛び出すと、夜風が吹き抜けて、アオイの毛は逆立つ。
真っ暗な廊下、光もなくて、怖い……
その時、隣の家のドアが開いていて、そこからかすかな明かりが漏れていた。
アオイは何も考えずに、その家へ飛び込んだ。
中もやっぱり狭い。
寝室の前までふらふらと歩いて行くと、そこで思わず固まった。
えっ、今、何を見たの?
パパが、女の人にキスしてる!
ビシッ!
視線が飛んできた。
アオイはびっくりして、床にぺたりと伏せて動かなくなった。
604号室に戻ると、アオイは尻尾をぎゅっと抱えた。
さっきパパに隣の部屋から引き戻されて、そのままじっと見つめられている。
ちょっと怖い。
パパは自分の腕も足も、頭もバラバラにするんじゃないかと、心配で仕方ない。
しばらくして、嵐が動いた。
アオイは警戒して後ろに下がるが、その前に、美味しそうなキャットフードが差し出される。
ああ、怖かった、でも……いや、待って、このキャットフード、毒でも入ってるんじゃ?
成宮嵐は冷たく笑う。
「毒で殺してやる。」
やっぱり、パパは自分を毒殺する気なんだ!
嵐は寝室へと入り、暗闇の中で窓辺に立ち尽くす。舌先でそっと唇をなぞり、しばらくして手の甲で目を覆った。
その口元には、徐々に広がる笑み——
夜は、まだ続いている。
その同時、もうひとつの夢の世界では、すべてが赤い色で染まっていた——