「恵美、私と彼は合わないわ。」
「どうして?」
松下恵美が軽く聞き返す。
「灰崎と友達だからってこと?そんなの気にしなくていいよ。正直に、うちの弟の見た目は好みじゃないの?」
松下春木は、いわゆる世間一般が言う美男子ではなかった。
顔立ちは鋭く、初対面の人にはどこか陰のある印象を与えるタイプだ。
けれど、しばらく見ていると、男らしさが滲み出ていて、不思議と安心できる雰囲気も持っている。
でも、それは陽葵には関係のないことだった。
「蒼空がどう思うかはどうでもいいの。ただ、今は……そういう気分じゃないの。」
蒼空が部屋に入ってきて、ちょうどその言葉を耳にした。
やっぱり、一条陽葵は陰で自分の悪口を言っている!
怒りにまかせて、彼は電話を奪い取った。
気持ちを抑え、できるだけ穏やかに話す。
「恵美さん、灰崎です。」
その声を聞いて、恵美は眉をひそめた。
あの日、陽葵がどんな目にあったのかを知ってから、彼女は灰崎に対して非常に良くない印象を持っていた。
「灰崎さん、何かご用ですか?」
「率直に言わせていただきますが、恵美さんのその行動は控えた方がいいと思います。」
松下恵美はクスリと笑う。
「灰崎さん、あなたはどんな立場で私にそんなことを言うの?陽葵とあなたはもう関係ないでしょ。彼女は自由なんだから、私が誰を紹介しようと勝手じゃない?」
恵美の言うことはすべて事実だった。だからこそ、蒼空の胸にはグサリと刺さる。
蒼空は、そこに座っている陽葵を見つめた。彼女は微動だにせず、蒼空の方を一切見ようともしない。
スポットライトを浴びている時の彼女は、あまりにも輝いていて、蒼空の記憶にある「自分のことばかり気にして、よく眉をひそめては何かを要求してくる」陽葵とはまるで別人だった。
もう陽葵から離れたはずなのに、彼女が自分に無関心でそっけなくなると、なぜか腹が立つ。
「俺は思うんだ。陽葵は、春木には似合わない!」
松下春木:「……(こんな時に俺の味方してくるのか!)」
陽葵は怒りを込めて蒼空を睨みつけた。
蒼空は勝ち誇ったように、さらに口を滑らせる。
「春木は素晴らしい人間だ。もっとふさわしい相手がいるべきだ。離婚歴があって、中絶もした女じゃなくて。」
松下恵美は冷たく笑う。
「灰崎さん、私は友達を悪く言う人間が大嫌いなんです。今度、カイルに御社との取引を見直すよう話してみますね。」
恵美は本気で怒っていた。
最終決定権はなくても、彼女が一言助言すれば、カイルの灰崎グループへの印象を悪くすることくらい簡単だった。
蒼空は青ざめた。さっきの発言は、陽葵に嫌な思いをさせたくてわざと言ったものだ。
どうして彼女は離婚しても幸せそうにしているんだ。どうして春木のような家柄のいい男性を紹介され、恵美とまで友達になれるんだ。
でも、言ってしまった後で少しだけ後悔もした。
けれど男としてのプライドがある。陽葵の前で情けない姿は晒せない。
蒼空が黙り込むと、恵美は冷笑を一つ残した。
「陽葵に代わって。」
陽葵は最初から会話を聞いていたので、恵美に呼ばれると自分から電話を受け取った。
その時、偶然指先が蒼空の指に触れてしまい、蒼空はまるで感電したかのようにビクッとした。思わず陽葵の動きに目がいく。
もしかして、わざと触ったのか?
きっとそうだ。付き合っていた頃も、彼女は時々わざと偶然を装って触れてきた。今、彼女が自分を見ようとしないのは、その証拠だ。
彼女はきっと後ろめたいのだ。
やはり、最近の彼女の態度は全部演技に違いない。
蒼空の中では、陽葵が自分を愛していないはずがなかった。
「恵美、本当にありがとう。でも今は、恋愛のことを考える気分じゃないの。」
恵美は大きくため息をついた。
新しい恋が古い恋を忘れる一番の方法だ。恵美は、陽葵が一人で悩んでしまわないよう、誰か気軽に話せる相手でもいればと思っていた。たとえそれが遊びでも、気分転換でもよかった。
でも、陽葵が望まないなら無理に勧めるつもりもない。
「分かった。必要な時は、いつでもうちの弟に声かけて!」
その一言に、陽葵は思わず笑ってしまった。
春木も大きなため息をつく。
蒼空は春木をちらりと見て、何を考えているのか分からない表情を浮かべた。
陽葵が二度目のステージを終えた頃には、すっかり夜も更けていた。
着替えを済ませ、エンジェルナンバー3の店を出ると、夜風も蒸し暑さを残している。
この時間にはバスも終わっているので、道端でタクシーを拾って帰宅した。
家で身支度を済ませ、一息ついた頃、朝に成宮さんに買っておいたお礼の品が目に入った。
彼はもう帰ってきているのだろうか。
隣の部屋をノックしてみたが、やはり応答はない。
朝に見かけたキキョウの花も、元気なくうなだれていて、主人を待ち続けているのがどこか寂しそうだった。
陽葵は花を活け直し、元気を取り戻してほしいと願った。
明日、成宮さんがエンジェル・ナンバー3に来るなら、その時にお礼を渡せるかもしれない。
夜、彼女はカップラーメンを食べた。
料理は得意ではない。
以前、蒼空のために作っても、あまり上手くできなかった。
もともと料理のセンスがないのか、卵焼きすら生だったり、逆に火を通しすぎたりしてしまう。
そのうち、もう自分の作るものは食べたくないと思い、すっかりやめてしまった。
鎮痛剤の最後の効き目が切れる前、ベッドに寝転びながら、なんとなくSNSを開いた。
SNSは、以前配信をしていた時に、運営から「日常や歌の動画をアップしてPRしたら?」と勧められて作ったものだった。
最初の頃は、仮面をつけて歌う動画を少し投稿し、そこそこファンもついたが、灰崎グループが軌道に乗ってからは配信もほとんどやめ、アカウントも放置していた。
久しぶりに覗いてみると、最近もまだ「新しい動画は?」とコメントしてくれている人がいた。
思い立って、元気のないキキョウの花の写真を撮り、投稿してみた。
「あなたの主人はどこへ行ったのだろう……」
しおれたキキョウの花は、うつむいて蕾も力なく、見るからに寂しげだった。
これまで投稿していたのは歌の動画ばかりで、風景写真はほとんどなかった。
しかも長い間更新がなかったせいで、急に投稿が現れたのを見て、以前のファンたちはまるで幽霊でも見たかのように驚いた。
二尾の狐は、まるで突然現れたような存在だった。ある日ネットに現れて、たった一本の歌動画でたくさんの人の心をつかんだ。
誰も彼女の素顔を知らず、素性も分からない。
みんな歌動画を追って彼女の配信ルームに集まり、歌声に魅了されてファンになり、日々配信やSNSで彼女と交流していた。
もちろん、同業者が便乗してくることもあった。