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第14話

啓は嵐の額に手を当てて、熱がないか確かめたくて仕方がなかった。

だが、目の前の二人はお互いしか見えていない。

自分なんてまるで空気みたいだ。だったら、さっさと戻って酒でも飲もう!

花沢啓はくるりと背を向け、その場を離れた。


「私は平気です。一条さんは大丈夫ですか?」


嵐の問いかけに、陽葵はにっこり微笑んだ。


「私も大丈夫です。本当に、今日はありがとうございました」

「一条さんって、よく僕にお礼を言いますよね」


二人の距離はとても近い。

嵐が少し身をかがめると、その整った顔立ちが陽葵の視界いっぱいに広がった。

こんなに綺麗な人がいるなんて——

思わず見とれて手を引くのも忘れたまま、心の中の言葉がそのまま口からこぼれる。

「成宮さんって、本当にキレイですね……」


成宮嵐はゆっくりと体を起こし、鋭い視線で陽葵を見つめた。


「一条さんは、誰にでもそんなふうに言うんですか?」


陽葵の顔が一気に赤くなる。

彼女は美しいものが好きだ。

美しい花、美しい景色、美しいアクセサリー、そして美しい人——

でも、成宮さんとは知り合ってまだ一日なのに、こんな失礼なことを言ってしまうなんて。


成宮さんにはなぜか不思議な引力があって、彼の前だと自分らしくいられない。

彼に出会ってから、まるで自分が少しおかしくなったみたいで、言葉も行動も考える前に出てしまう。


「ごめんなさい、失礼でした」


うつむいたまま、慌てて付け加える。


「こんなことを言ったのは、成宮さんだけです」


陽葵は俯いて、落ち込んだ表情を浮かべた。

頭の中で何度も、どうして成宮さんの前だとこうも失態をさらしてしまうのか考えてしまう。道端の可愛い花を見ても、ただちょっと微笑むだけなのに。

昔、蒼空と一緒にいたときだって、どんなにカッコよくても、こんなふうにはならなかった。

最近の穏やかな日々で、逆に気が抜けてしまっているのだろうか?


嵐は唇をきゅっと結び、視線を少し外した。

その立ち姿だけで、周囲の視線を集めてしまうほどの存在感だ。


「一条さんが気に入ってくれるなら、いくらでも見ていていいですよ」


そう言って、また陽葵の方を見る。


彼女の瞳には信じられないという気持ちが浮かび、やがて夢中になったように彼だけを映していた。もはや、距離感はどこかへ消えていた。


成宮さんを見ていると、なぜか心が晴れやかになる。


ひとまず、ここでの用事は済み。

陽葵は控室へ戻る準備をし、成宮嵐は再びバーカウンターへ戻った。


花沢啓が茶化すように声をかける。


「ちょっと離れただけで、綺麗なお姉さんたちみんな、君を待ち焦がれてたよ!」


カウンターにはほとんど女性ばかりが並んでいる。

彼女たちは啓の言葉に頷き、嵐を寂しそうに見つめる。


嵐目当てで来ている彼女たちにとって、彼に会えるのはまさに幸運そのもの。

せっかくの機会だから、王子様のような彼とできるだけ長く一緒にいたい。


嵐はそんな彼女たちには目もくれず、片手をポケットに入れたまま言った。


「ごめん、今日はもうカクテルは作らないよ」


「えーっ!」

花沢啓は笑って言う。


「みんな、今日は残念だね!」


手にしたグラスを一気に飲み干し、自信満々に言った。


「嵐、俺にはもう一杯頼むよ!」


成宮嵐は静かに啓を見つめる。

なんと、美女たちだけでなく、自分にも作ってくれないのか?

まさか、ちょっと相手してくれるぐらいはいいだろうに!


成宮嵐は表情を変えず、ポケットから手を出すこともなかった。


陽葵が控室に戻り、ちょうど恵美から電話がかかってきた。


「もしもし、会えた?」


あ、忘れてた。恵美が紹介してくれたお見合い相手に、今日会う約束だった。


「ううん、まだ会ってないの」

「そうなの?あの子、来てないのかな?」

恵美がぶつぶつ言っている。


「ちょっと待ってて、今どこにいる? 彼をそっちに行かせるから」

「控室だけど、恵美、私……」


言い終わる前に電話が切れた。


その頃、松下春木は姉からの鬼電に捕まっていた。

電話に出ると、恵美の大声が響く。


「あんた、私をなめてるの!?」


春木は眉をひそめる。


「姉さん、まさかお見合い相手が一条陽葵だなんて聞いてないよ」

「それが何?」

「彼女、結婚歴もあるし、そんな人をどうして……」


一瞬、恵美は黙った。

「で? 結婚歴があって、流産も経験した女性に何か問題があるの? 私も同じよ? まさか、私のことも見下す気?」

「違うよ、姉さん、そんなつもりじゃ……」

「いいから! 今すぐ控室に行きなさい。陽葵が待ってるわよ」

「分かったよ、すぐ行くから」

「今すぐよ!電話は切らないで、ちゃんと話してるところ聞かせて!」


逃げようがなく、春木は仕方なく控室へ向かうしかなかった。

姉の言うことを聞かなければ、明日にはきっと怒鳴り込まれて殴られるだろう。

昔からずっとそうだった。

姉は気が強くて、すぐに手が出る。子供の頃も何度痛い目を見たことか。

ああ、姉を持つ弟の苦労なんて誰にも分からない!


春木がその場を離れると、蒼空はもう酒を飲む気になれなかった。


「ちょっとトイレに行ってくる」とだけ言い、奥へと向かった。


控室——

一条陽葵はすでに着替えていた。次に歌うのはアップテンポな曲なので、体にフィットしたドレス姿だ。

松下春木が入ってきた時、彼女は髪をまとめていた。

また文句を言いに来たのかと思ったが、春木は黙ってスマホを陽葵に手渡した。

何が起きているのか分からない。


「もしもし?」


聞き慣れた声が聞こえる。

陽葵は目を大きく見開いた。

この人が……?

春木は頷きながら言った。


「そう、君のお見合い相手は俺だよ」

「えっ……?」

信じられない——


まさか松下恵美の「松下」が有名な自動車メーカーの松下一族だとは思いもしなかった。


「もしもし、陽葵?」


陽葵は我に返り、電話を耳に当て直す。


「うん、恵美、ちゃんと聞いてるよ」


陽葵が恵美のことを「恵美」と呼ぶのを聞き、春木は少し驚いた顔をする。


「目の前にいるのが私の弟。身長182センチ、体重72キロ、25歳。見た目はチャラそうだけど、中身はちゃんとしてるし、女性関係もクリーン。どう、気に入った?」


自分の情報を全部バラされた春木は、呆然としていた。

これじゃまるで、姉じゃなくて陽葵の姉みたいじゃないか——

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