今夜の演目は、甘くて幸せなラブソング。軽快なリズムに合わせて、ダンスフロアの男女たちが抱き合いながら踊っている。曲に合わせて、天井から花びらがひらひらと舞い落ちてきた。
恋――本当に素敵なものだな。
バーカウンターはステージの正面にあり、成宮嵐はグラスを磨きながら、ステージで輝く陽葵の姿を見上げていた。
「えええええ!」
視界に割り込んできたのは、陽葵ではなく、花澤啓の顔だった。
花澤は不満げに言った。
「俺のダークナイトが!」
「ダークナイト」は、花澤のために特別に作られたカクテルで、彼自身が名付けた。
真っ赤なカクテルは、彼のイメージそのものだ。
だが、成宮嵐が作ったものは、なぜか緑色になっていた。
「さっきから、あの子ばっかり見てたよな。まさか気になってるのか?」
成宮は無表情に失敗作のカクテルを捨てると、無造作に新しい一杯を作って差し出した。
花澤は無言でグラスを受け取った。
やっぱり“親友”なんて、全部嘘っぱちだ!
ステージでは、陽葵がサビに差し掛かり、手を高く掲げて観客と一緒に揺れていた。
フロアの熱気は最高潮に達し、アンコールの声が音楽をかき消すほどだ。
不二子は腕を組んで、舞台袖で様子を見ていた。
昨日はヘヴィメタルを歌いこなした陽葵が、今日は純粋な乙女のようなラブソングを披露している。
この子は、たった二日でこれだけの人気を獲得した。
陽葵のポテンシャルの高さは明らかだ。
このままここで歌手を続けるのは、少しもったいないかもしれない――。
松下春木は顔にいくつも絆創膏を貼って、やや滑稽にも見えた。
灰崎蒼空も顔に傷を残したまま、二人はソファの両端に座って、お互いに険悪な空気を漂わせている。
昨日、一番激しくやりあったのがこの二人で、他のみんなも巻き添えを食った。
それでも、今は仲裁役に回らざるを得ない。何しろ、この二人には誰も逆らえないのだから。
「なあ、春木。お見合いで来たんじゃなかったのか?肝心の相手は?」
その言葉に、蒼空がちらりと春木を見た。
誰がクラブでお見合いなんかするかよ。
「姉貴が言うには、最初にステージで歌った子らしい。」
「は?姉さんが歌手を紹介したのか?」
仲間たちが驚きの声を上げる。
「俺は松下家の次男だぞ?それなのに、歌手なんて……」
春木はやけ酒をあおった。
その時、笑い声が聞こえた。見ると、蒼空がニヤニヤしている。
「何笑ってるんだよ?」
蒼空はグラスを揺らしながら答えた。
「お前が一番バカにしてた歌手と見合いすることになるなんてな。」
くそ、昨日自分が陽葵をけなしたことを、蒼空はしっかり覚えてやがる!
春木は怒りに任せてテーブルを叩いた。
「蒼空、お前まさか陽葵の肩を持つ気か?離婚して、彼女の良さに気づいたってか。お前、情けないぞ!」
蒼空も声を荒げる。
「誰があんな女の肩なんか持つか!笑ってるだけだ!」
そのまま一触即発の雰囲気になるが、仲間たちが必死で止めに入った。
ちょうどその時、音楽が鳴り響く。
「春木、お前のお見合い相手、来たぞ!」
みんながステージを見上げると、初恋のように純粋な雰囲気の陽葵が舞台へと歩み出てきた。
「……!」
一斉にあっけにとられた顔になる。
「お前のお見合い相手って……」
「まさか……」
「陽葵、なのか?」
春木は呆然と舞台を見つめる。
昨日は派手なメイクだったが、今日はより一層きれいに見える。まるで純白の花のようだ。
しかも、男子の理想を詰め込んだ初恋の象徴――。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
問題は、どうして姉貴が陽葵を紹介してきたのか、ということだ。
陽葵は、離婚歴がある。
蒼空と陽葵が離婚したことは、すでにこの界隈の噂になっている。
しかも、離婚の時はかなり揉めたらしい。
陽葵がそのせいで子どもまで失ったという話もある。
春木は頭を抱えた。
姉貴はどうしてこんな“訳あり”を紹介してきたんだ。
俺は本当に弟なのか?
だが、そんなことはつゆ知らず、陽葵は舞台で熱唱していた。
彼女は歌の世界に没頭し、それこそが彼女の生きがいだった。
曲が終わると、陽葵は投げキッスをして舞台を降りていく。
歌手は一晩に最低二曲は歌うことになっている。リクエストがあれば、さらに増える。
成宮嵐は指先を触れながら、手のひらをそっと差し出した。
まるでそのキスが、自分の手のひらに落ちてきたかのように。
花澤啓はその様子に呆れ顔だ。
ふいに、成宮嵐はバーカウンターから離れて、外に向かって歩き出す。
「え、どこ行くんだよ?」
その頃、ステージ下では酔っ払った男たちが陽葵を取り囲んでいた。
「桔梗さん、あなたの歌に惚れました。俺たちと一杯どうですか?」
何人もの男に囲まれ、陽葵は身動きが取れない。
「すみません、これから出番があるので……」
「そんなのいいじゃないですか。一緒に飲みましょうよ、桔梗さん!」
男たちは陽葵の腕をつかみ、無理やり席に連れて行こうとする。
陽葵は必死で抵抗する。
その時、成宮嵐が男たちの前に立ちふさがった。
黒いシャツが、薄暗い照明に浮かび上がる。彼一人だけで、場の空気が一変した。
「彼女から手を離せ。」
銀色のスーツを着た男が成宮を指差す。
「お前、何様のつもりだ?どけよ!」
成宮の目が鋭く光り、男を一蹴りで吹き飛ばす。
倒れた男は腹を押さえて転げ回り、仲間たちも唖然とした。
「てめえ、よくもやりやがったな!みんなでやっちまえ!」
四、五人の男が一斉に成宮に襲いかかる。
まわりの客たちはむしろ面白がって、騒ぎを見物し始めた。
陽葵は慌てて叫ぶ。
「成宮さん、気をつけて!」
花澤啓もグラスを持ったまま人混みに飛び込むと、成宮が揉めているのを見て目を見開き、グラスを床に叩きつけ椅子を持ち上げて叫んだ。
「俺も参戦だ!」
花澤が加わったことで、乱闘はすぐに決着した。成宮の圧勝だった。
不二子がボディガードを連れて現れ
「こいつらを連れていきなさい。いつもの通りにして、店から叩き出して。二度と入れないように!」
「了解です!」
ガードたちが男たちを引きずっていく。
陽葵は慌てて嵐のもとに駆け寄り、思わずその手を握った。
「成宮さん、大丈夫ですか?怪我は?」
花澤啓はその様子を見て驚いた。陽葵が嵐の手を握っている――しかも、嵐が笑っているなんて……信じられない!