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第12話

「俺が女だったら、成宮には惹かれるよ。うちの店の女の子たちだって、成宮を見たらみんな目が輝いちゃう。ここに来るマダムやセレブたちだって、みんな成宮の顔目当てでしょ!」


「でも、成宮さんはいつも店にいるわけじゃないんだよな。もし毎日出てたら、うちの店、絶対一番のクラブになれるのに!」


「でもさ、あの子、酒すごく強いんだよ。成宮と一緒にカクテル作ってても、一晩で何杯も飲んでも全然酔わないし。」


そんな話で盛り上がっているのに、誰も陽葵がいつの間にか近くに来ていたことに気づかなかった。


陽葵は話に出てきた成宮という名前に耳を傾ける。どうやらバーテンダーらしい。604号室の成宮さんと同じ苗字だな、と考える。


新しく越してきた隣人のことを思い出し、成宮という名字に彼の上品で優しい雰囲気が重なる気がして、なんとなく納得する。


そのとき、後ろからハイヒールが大理石を叩く、軽快な音が響いた。


不二子さんがやって来た。


「不二子さん!」


「不二子さん!」


不二子はみんなを一瞥して言う。

「今月の給料、いらないってこと?」


一瞬でみんな散り散りになり、それぞれの持ち場に戻っていった。


陽葵も控室へ向かう。


薄暗くて長い廊下を抜けると、前方に控室の扉が見える。


ふと足を止める。扉の前に、見慣れない女性が立っていた。


ピンクのワンピースに、ピンクの帽子、ピンクのエルメスのバッグ、ピンクのハイヒール。頭の先から足元までピンクづくし。


その女性は扉の前で拳を握りしめて自分に気合を入れていた。

「雅子、頑張れ!」


勢いよく扉を押し開け、堂々と中に入っていった。


陽葵はびっくりしてしまう。


この子、意外と力持ちなんだ……。


盗み聞きするつもりはなかったが、距離が近すぎて、扉がバンと開いたまま会話が耳に入ってくる。


「雅子」と、低く優しい男の声がする。

どこかで聞いたことのあるような声に、陽葵は思わず耳を澄ます。


「もう帰りなさい。ここにいなくていいよ。」


「嫌だ、どこに行くにも一緒がいいの!」

雅子と呼ばれたその女性はどこか幼く、我の強い声で返す。


「安室さん。」

今度は少し距離を感じる声で、彼女の苗字を呼んだ。


陽葵はその声の主の姿を想像し始める。


歌手であるせいか、陽葵は声にとても敏感だった。

特に成宮さんのような、低くて柔らかい声が好きだ。


今のこの声もきっと、成宮さんのように、優雅で紳士的な男性なのだろう。


「迎えの人を呼んだ、あの話はもうやめにしよう。」


「私、何か悪いことしたの?」

雅子は泣きそうな声になる。

「お酒が強すぎるのがいけなかった?じゃあ、もう飲まないから、成宮さん、怒らないで!」


成宮?


同僚たちが噂していた、あのカリスマバーテンダーの成宮さんが、まさにこの部屋にいるのだろう。


本当に奇遇だな、と陽葵は心の中で思う。


「もう迎えが来てるから、帰りなさい。」


きっぱりとした口調だが、決して相手を傷つけない、品のある優しさを感じる。


成宮さんはやはり、紳士なんだな。でも、どうしても隣の成宮さんと重なってしまう……。


「嫌だもん!パパとママに、成宮お兄ちゃんについて行けって言われてるんだから、絶対離れない!」


「結婚するつもりはない。ちゃんと聞いて。」


淡々とした声音で、感情は読み取れない。


「絶対帰らない。誰かに送られても、また戻ってくるから!」

成宮嵐は静かに雅子を見つめていた。


ほどなくして、二人の男性が入ってきて成宮嵐に一礼し、雅子の両脇を抱えて連れ出そうとする。


そのうちの一人は、雅子の顔をそっと手で隠す。


雅子は驚いて、廊下にいた陽葵にしがみついた。


陽葵も驚いてしまう。

ここまで必死になるとは、安室さんもなかなかだし、成宮さんの人気は本物だな。


でも、巻き込むのはやめてほしい……。


雅子は陽葵の腕にしがみつき、足まで絡めてまるでコアラのよう。連れて行かれるなら、一緒に、という勢いだ。


護衛の二人は申し訳なさそうに陽葵を見て、すばやく手刀で雅子を気絶させ、彼女を担いで連れて行った。


陽葵は自分の服を整えながら、昔から美男美女には人を惑わす力があるんだなあと、しみじみ思う。


そんなこんなで、気づけばもうすぐ出番だ。急いで準備をしようと控室へ向かおうとしたとき、ふと目の前に男性が寄りかかって、微笑んでいるのが見えた。


成宮嵐だった。


陽葵は、なぜか全然驚かなかった。


あの優しくて、上品で、気品漂う成宮さんは、やっぱり唯一無二だ。


「また会いましたね、一条さん。」


「またお会いしました、成宮さん。」


今日の成宮嵐は、黒いサテンシャツに身を包み、襟元のボタンを二つ外していて、鎖骨がちらりと見える。


シャツの片側だけジーンズに入れて、もう片方はラフに垂らしている。


普通の人ならだらしなく見える着こなしも、成宮嵐が着るとどこか優雅で余裕がある。


彼の持つ気品は、どんなものにも染まらず、自然に溢れ出る。


二人は顔を見合わせて、ふっと微笑み合った。


陽葵が着替えて席に戻り、鏡台の前でメイクをしていると、ふと手元が温かくなった。


見ると、優しい香りのホットティーが差し出されていた。


「これ、どうぞ。飲んだら少し楽になるはずです。」


カップを手にしながら、陽葵は思わずにっこりする。

「成宮さんって、本当に優しい方ですね。」


生理のことをわざわざ言わずに、そっとお茶を差し出してくれる心遣いが、女の子のプライドを守ってくれる。

そんな気遣いが、嬉しくて安心できる。


「気に入ってもらえてよかった。」

成宮嵐は穏やかに微笑んで、

「温かいうちに飲んでくださいね。僕はそろそろ行きます。また後で。」


「はい、また後で。」

陽葵は首をかしげながら、まるで恋人同士みたいだな、とふと思ってしまう。


……考えすぎだよ、陽葵!


成宮嵐が出て行くと、周りの同僚たちが陽葵の肩を突きながら寄ってきた。


「正直に言いなよ、二人ってどういう関係?ねえ?」


「私、ここで二年働いてるけど、成宮さんが誰かにあんなに優しいところ、初めて見たよ!」


みんな同世代だからか、気軽に話しかけてくれて、陽葵が新入りでもすぐに打ち解けられた。


陽葵は照れながら答える。

「みんな、考えすぎだよ。ただのご近所さんだから。」


「へえ、昼間はご近所さんで、夜は……」


「ベッドの上の仲?」


陽葵の顔は真っ赤。

「もう、やめてよ!」


「おっと、一条さん、顔真っ赤だよ~」

みんなは成宮嵐の真似をして「一条さん」と呼ぶので、陽葵はますます恥ずかしくなって、そのまま慌ててステージに向かった。

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