「また落ちた……」
札幌市郊外の静かな住宅街。築十年のマンションの一室、リビングでスマホの画面を見つめながら、私は深いため息をついた。
(これで五社目……)
大学四年の秋。
友人たちは順調に内定を決めて、社会人への道を歩き始めている。
なのに私は、まだスタート地点にすら立てていない。
「大丈夫です。私も落ち続けてますから」
のんびりとした声がかかる。
ソファの反対側。
ポテチの袋を抱えてのんきに座っているのは、同居人であり、高校からの親友――
同じ大学に通う同級生で、今はこのマンションでシェア暮らし中だ。
「もうさ、有名企業とか、みんなが羨む会社とか……そろそろ諦めたほうがいいのかもね」
「千歳、エントリーシートにちゃんと名前書いてる?」
「佳苗じゃないんだから。隅々までチェックしてるって」
「でもこの前、“やけに簡単だと思ったら裏面にも問題があって。三分じゃ解けるか!”って怒ってたじゃん。チェック、ガバガバなのです。ぷっぷくぷー」
ポテチをぽりぽりと食べながら、佳苗はケラケラ笑う。
焦りゼロ。どこまでもマイペース。
「……ちょっと外の空気吸ってくる。気分転換、大事」
私は立ち上がり、靴を履いてドアを開けた。
昨日の暴風雨が嘘みたいな快晴。
秋晴れの空に、少し冷たい風が心地いい。
(……まあ、私の心はまだ土砂降りだけど)
気づけば、足はいつもの公園へ向かっていた。
落ち葉が積もる遊歩道を抜け、ベンチに腰を下ろす。
ふと、すぐ横に目をやると――
(……ダンボール?)
妙に存在感のある、大きめの箱がひとつ。
蓋は閉まっているけれど、中に何か……いる?
(こんなの、さっきまであったっけ……? 私、どれだけ落ち込んでたんだろ)
近づいてみると、思ってたよりデカい。
体育座りしたら、私(160cm)でもすっぽり入りそうなサイズ。
(……って、なんでそんな想像してるの私)
そのときだった。
ガサ……ゴソ……。
(動いた!?)
頭の中で警報が鳴る。
事件か? 通報か? 逃げるべきか?
ゴロン!
段ボールが音を立てて転がった。
思わず立ち上がり、凝視する。
「しまった。つい寝過ごしてしまった……今日の食べ物を探さねば。む……出口はどこじゃ?」
声がした。女性の、しかも堂々とした声。
(喋った!? マジで喋った!?)
ガサガサッ!
中から這い出てきたのは――
白いワンピース。背中には天使の羽。
ガラスの靴に、頭上には発光する天使の輪。
まごうことなき“女神”スタイルだった。
「……寒くないの?」
あまりの異質さに、思わずツッコミが口から出た。
「寒いに決まっておろう。じゃが、我には羽織る衣がない。それより、ここはどこじゃ? 昨夜はアオモリという所で夜を過ごしたのだが……」
「……青森? ここ、札幌だけど。何百キロ離れてると思ってんの」
「我は神じゃからな。重さの概念などほぼない」
「つまり、段ボールごと風に吹かれて、海を越えてここまで?」
「うむ、これぞ神の偉業!」
「……なにそのキャラ。ドッキリ? 演出?」
「演出ではない。見よ!」
彼女は堂々と立ち上がり、ぱあっと発光した。
(うわ、眩しいっ!)
「神たる者、これくらい当然じゃ」
誇らしげに胸を張るが、その輝きは十数秒でしゅんと消えた。
「……今の我には三十秒が限界じゃがな」
「短っ!」
女神(仮)は語る。
かつて異世界を治めていた“慈愛の神”だったということ。
しかし突如発生した異次元ホールに吸い込まれ、ようやく脱出できたと思ったら、ここは見知らぬ世界だったこと。
頼れる存在もなく、通貨の概念に絶望し、今はダンボール暮らしだという。
「この世界の神に助けてもらえばよかったんじゃない?」
「それがのう。この世界を治めるのは“夜逃げの神”でのぅ。信用に足るかどうか迷っておる」
(夜逃げの神ってなに!? この世界もう終わってない!?)
「……まあ、がんばって。私、これから就活の説明会があるから」
「ふっ。神たる我に畏れをなす気持ちは理解できるが、我に衣食住を与えてもよいのじゃぞ?」
「いや、めんどくさいなって思っただけ。うちの親にも言われて育ってるし。“捨て犬・捨て猫・捨て女神には餌を与えるな”って」
「頼む! 神の加護を授けるゆえ、住まわせてくれ!」
「神の加護って……チート能力的なやつ?」
「うむ、それじゃ!」
一瞬、心がぐらついた。
(佳苗に相談せずに連れて帰ったら、たぶん怒られる。でも……チート……)
「とりあえず、うち来て。話だけ、してみるから」
本当にヤバい人だったら、警察に突き出せばいい。
……たぶんね。