ある日、五代目王妃サリィとお茶会をしていた時にあまりにも暇だったので、何か遊びたいねと話していた。
先に謝っておくけれど、本当に遊び半分だったのよ。それが、まさかこんなすごいことになるとは思わなかった。
「小さい王様たちを皆呼びます!」
「え、それなんていうショタパラダイスなの?あぁ、じゃなくて……!小さい王様だけだと不安になると思うから、一緒に王妃様も呼べたりできる?」
「そうですね、じゃあ王妃様も一緒に呼びます!」
そう宣言したサリィは、私の手を引いて誰もいない謁見の間へと足を運んだ。
そこでサリィは詠唱なしで、杖を取り出した。コンコン、と杖を床に下す。すると、いきなり巨大な扉が現れて小さい男の子たちが飛び出してきた。
全部で四人のようだけど、その内一人はとても見覚えがあった。小さい頃のアダムだから。
「か、可愛い……!え、えっと、どの子かどうなのかわからないけれど……」
「きゃあああ!ルドちゃんが可愛いぃいい!」
ルドちゃん、と呼ばれた少年は突然抱き着いてきた女性に戸惑いながらもそのままにされている。
あの強烈な人は前の王妃様のエレノアさん、だと思う。金髪に緑の目だというのは聞いていたから、たぶんそう。
「ま、ママ……ママぁあああ!」
「んぇええあああ……サリーどこぉおお!」
手前側にいたアダムと同時に、別の子も誰か呼んでいる。
サリーと言ったから、サリィのことかと思ったが違うみたい。
私のことを呼んでいたアダムのところに駆け寄って、抱きしめて宥めている。
そうだわ、確かにサリィもママよね。パパはアダムだけど。
「ど、どういうことなの?どうして、エディが小さくなっているのよ?そしてここはどこなのよ?あぁ、もう泣かないでエディー!」
パタパタと駆け寄った別の女性も、王妃のようだけどサリーご本人だったらしくて、抱きしめられて泣き叫んでいるのが落ち着いている。
良かった。ふと、あと一人の男の子はどうなのかと思ったら、何も言わずにじっと私を見つめている。
金髪に緑の目ということは、間違いなく私の旦那様であるガウリイルだと思う。
「えっと……ガウリイルくん、なの?」
「……うん、そうだよ。おねーさんはどなたですか?」
「あぁ……礼儀正しいところは小さい頃からなのね……信じられないと思うけど、未来のあなたのお嫁さんなの」
本当のことをそのまま教えると、しばらく考え込んでやっぱり首を傾げちゃった。
苦笑している辺りを見ると、理解できなくてごめんね、と言っているように思える。
本当に、ガウリイルくんってそのままなのよね。可愛い。
「ユリア、色んな声が聞こえてきたんだけど、どうし……えぇ……?どうしてここに亡くなった母様がいるの?小さい父様もいるし、二代目国王陛下もいらっしゃって……どうしてみんな……小さいの?」
「ガウリイルくん、ごめんね……サリィとお話していたら小さい王様たちを呼ぼうという話になったんだけど、そうしたらこんなことになっちゃって……」
それでようやく状況を理解してくれたらしくて、それぞれの王妃様と一緒に小さい子たちを抱っこさせていた。
「申し訳ございません、二代目王妃サリティア様。こちらの不手際で、召喚してしまったようで……」
「いえ、大丈夫ですよ。えぇっと……もしかしてここは未来ということ?」
「はい、この世界は四代目が統率している時代になります」
「それであなたは、四代目国王ということ、で大丈夫かしら?」
「はい、その通りです。ちなみに私の小さい頃は今、ユリアが抱っこしている子になります」
小さいガウリイルくんが、大人ガウリイルくんと顔を合わせる。
パーツ的なものはそのままだけど、可愛いからイケメンに成長するってこういうことなんだと感じた。
「ごめんね、しばらくユリアと一緒に居てくれるか?」
「だいじょうぶだよ、大人のぼく」
「え、小さい頃からガウリイルくんってこんなに冷静なの?ちゃんと甘えたりしたの?大丈夫?」
あまりにもいい子ちゃん過ぎて大人の本人を質問攻めしたけど、これは元々らしい。
思わず頬擦りをしちゃったけど、嫌ではなさそう。キューって鳴いているもの。
それぞれの王妃が小さい王様たちを甘やかしていると、扉の方から聞き慣れない男性の声が聞こえた。
「おやおや、可愛い子どもたちがいっぱいだねぇ……今日は何かのお祭りなのかい?子孫の四代目」
「え、しょ、初代、様……!」
ガウリイルくんの切羽詰まった声初めて聴いたわ。
すぐに傅いている所を見ると、かなり凄い人を呼んでしまったらしい。サリィに目配せすると、静かに目線を逸らしている。
「あら、イクノスまで呼ばれたの?あなたは小さくないのね。少し残念だわ」
「ガイア様……主神である貴女がどうしてここに……はぁ、神出鬼没な辺りはお代わりなさそうですねぇ……」
初代様ことイクノス様は大きなため息を吐きながら、ガウリイルくんを立たせている。
ガウリイルくんの方が圧倒的に高身長だけど、両手で頬をもにもにしているのでなんだか親戚の叔父さんか何かかと錯覚してしまう。
しかも、ガイア様って呼ばれたのって三代目王妃のエレノア様だったからガウリイルくんが母譲りの神力持ち、というのは間違いなさそう。
「しゅ、しゅしんさまに、だっこは、おしょれおおぃんぅうう!」
「はいはい、ルドちゃんは大人しく抱っこされていてね。あぁ、本当に可愛い……!」
「あぁあぁ、ガイア様!お願いしますから、あんまりもみくちゃにしないであげて下さいぃ!ただでさえ、彼の妻となる相手が貴女なんですからぁ!」
「んぱぁ……んえ?つま?」
「えぇ、そうよ。私はルドちゃんのお嫁さんなの」
小さい三代目国王陛下が硬直して、すぐに気を失っちゃった。
恐れ多すぎて失神ってあるんだね。三代目が気を失うと同時に、小さい王様たちは少しずつ遅れて欠伸をしている。眠くなってきたらしい。
「あら、エディ。眠くなってきた?」
「ん……ちちうえ、ぼく、さりーとけんぁあうう……」
「ははは、何を言っているのかわけがわからないな。サリティア、息子を連れて戻りなさい。こちらの扉から戻れるようだからね」
「はい、それでは失礼致します」
眠ってしまった二代目を抱っこしたまま、ゆっくりと一礼をして扉の中へ行ってしまった。
三代目を抱っこしているガイア様も初代様に背を押されて、渋々帰って行った。
あっちはあっちで一波乱ありそう。そして私の腕の中にいるガウリイルくんも、酷く眠そうにしている。
「寝てもいいんだよ?眠いでしょう?」
「ううん……ちゃんと、大人のぼくと、やくしょく、まもう……んぁう……」
一生懸命起きていようとしているけど、もう半分寝ている。どうしようかと考えていると、初代様が小さいガウリイルくんを覗き込んできた。
「おや、この子が四代目なんだね。ふむふむ、私以上の神力持ちになるとは……さすがはガイア様のお子だねぇ」
「花嫁を娶るために、大罪を犯しましたけど……間違いなく母からの血筋で受けた恩恵だと思っています」
「えぇ……つまり君は神の贄になるってことかい?」
「えぇ、死後は世界樹の養分になることが確定しています」
初代様と大人のガウリイルくんが世間話をするかのように重要なことを話している。
大罪を犯したから、神の贄になるって初めて聞いたんだけど。しかも、世界樹の養分ってどういうことなんだろう。
「あ、あのぉ……ガウリイルくん?そんな話、初めて聞くんだけど……?」
「ええっと……神格には特殊な規律があってね。俺は、ユリアのことを誘拐と監禁と……色々としたでしょ?それが大罪のひとつなんだ」
「一方通行の想いを相手に押し付けるべからず、というのは第一条になっている神格の規律違反なんだよ。本来なら、邪神堕ちしてもおかしくないのだけど……ガイア様は恩情を下さったのだねぇ……」
大罪だとしても、神の贄であり世界樹の養分になるのが恩情ってどういうことなの。
邪神堕ちするというのは、それだけ許されない罪のはず。
その生贄だって、既に相当重い内容だと思うのに。
「神の贄、というのは死後に魂が世界樹に捧げられて、神力が尽きる時まで永遠に力を奪われ続けるんだ。これが彼の言った世界樹の養分になる、ということだよ」
「そ、そんなの、どこが恩情なんですか?死んだ後も苦しめられるって、邪神堕ちより酷いと思います……!」
反論されるとは思っていなかった、という表情の初代様と苦笑いをするガウリイルくん。
「でもさ、彼がその大罪を犯した原因は君なのだろう?これは彼が受け入れた罰なのだから、誰にも覆すことはできないよ……?」
それを言われると何も言い返せない。
あの時の私はまだ同人活動をしていたかったから、軽い気持ちで求婚を拒否した。
それが引き金になって、ガウリイルくんを凶行手段に動かすことになったのだ。
腕の中にいる眠ってしまった可愛いガウリイルくんは、そんな残酷な運命が待ち構えているなんて酷く辛い。自然と涙が零れてしまった。
「え、あ……ごめん……泣かせるつもりはなかったんだけど……どうしよう、四代目ぇ」
「初代様が泣きそうな顔をしてどうするんですか……」
私は俯いていたけど、少し離れた位置でぺち、と軽く叩く音が聞こえた。
それからそっと俯いた私の顔を包んで、そっとハンカチで涙を拭いてくれる。
「ごめんね、ユリア。どんな罰が待ち構えているかは、俺自身も分かってはいたんだ。それでも、君と結婚して添い遂げたかった。君のいない人生に、俺の存在は不要だから」
「も、もぉ……もぉ、バカぁ……!一般人にッ、平民の女に愛がっ、重すぎるのよぉ……!」
「ふふ、それは俺もそう思うよ。ごめんね、それでも離してあげられないから。愚かな俺を許して?」
ようやくその時に、私がやってしまった罪に気が付いた。愛する男性に死後も苦しみ続ける大罪をさせてしまったのだと。そんな私が泣いている場合ではないのに、涙が止まらない。もしも、解放された時に彼を置いて元の世界へ戻ったとしたら、彼は絶望して自殺をしてそのまま世界樹に捧げられたのかもしれない。
先になるか、後になるか。それでもガウリイルくんの運命は変わらない。そうなったとしても、一心に愛する気持ちがあまりにも純粋すぎる。ガウリイルくんに抱き締められながら、涙を流していると傍に居た初代様とサリィがぽつりと呟いている。
「なるほど……これが、ツインレイか……」
「ユリアさんも、四代目様も、どっちも悪くないのに。どうして、人間にも神格の規律が適応されるんだろう?」
「……神力持ちの運命ではあるよ。サリィ、君も神力持ちというより神格なんだろう?」
「はい……好きで神の力を手に入れたわけではないんですけど……」
「力ある存在は、特別な規律で制御しなければならない。本当はね、ガイア様もこんな規律を作りたくなかったんだよね。でも、ルカインが殺された時に作らないと危険だと判断して決めた唯一の神の法律なんだよ」
ルカイン、と聞いて真っ先に思いついたのは元気いっぱいのルカくんだ。あの子は過去に酷い殺され方をしたのだと何かの時に話してくれたことがある。その苦しみから解放したのが、現在の旦那様であるアレックス騎士団長だとも聞いた。きっと、ルカくんのような被害者が出ないためのルールなのだろう。でも、このルールにもきっと抜け道はあるはず。ガウリイルくんの胸の中で、密かにとある計画を立てていたのはここだけの話だ。
私の涙が落ち着いた頃に、ようやく小さいガウリイルくんと小さいアダム、それと初代様も一緒に帰って行った。
ひと騒動が終わった後に五代目国王としての公務を終えてきたアダムがサリィを回収していた。私の目が赤いことを気にしていたけど、ガウリイルくんが大丈夫だと告げて先に帰って行った。二人の背中を見守っていると、サリィがアダムにしがみついていた気がする。そんな息子夫婦が可愛くて、思わず笑みが零れる。
「……ユリア、小さい王様たちはどうだった?」
「……みんな、可愛かった。ガウリイルくんも、小さいのにしっかりしていて……本当に、昔からいい子だったのね」
「ふふ、いい子の王子だったはずなのにどうして……って父様から嘆かれたことがあったな。こんな悪い子でも、可愛いって思う?」
「もちろん、今も可愛い旦那様よ」
「嬉しいな。死ぬ時まで一緒に居てね、最愛のユリア」
どうしても愛の重い四代目国王陛下。それでも、その一途さが憎めないし、とても愛しい。いつ私たちが死ぬかなんて予想はできない。
それでも私のやることは同じだ。今度は私が死んだ後にガウリイルくんを追いかけて捕まえるつもりだ。魂となって、世界樹に縛られたガウリイルくんの傍で、番の鳥のように寄り添い合ってその世界に留まってやる。
そんな野望を心に秘めて、私たちは謁見の間を後にした。
(終)