そのとき。私の目に映ったのは――ゾクリとするほどに妖しく愉しげなアッシュ・ウェスタンスの貌だった。
そして、暗器が思い切り上に弾かれる。
驚いた私はすぐさまもう片方に持った暗器をふるったが、それも弾かれ、すぐに距離を離した。
――コイツ。ただ者じゃない。
この身のこなし、エリアにいたとしてもぬるい一般市民に出来るものじゃなかった。
それに……私が殺そうとしたことに対してまったく驚いた様子もないどころか、意外とすら思ってない表情のアッシュ・ウェスタンスを不審に思い、つい尋ねてしまった。
「驚かないんですか? アッシュ・ウェスタンス教官」
「最初から正体は知れてたよ。君が本物のシャム・シェパードではない――というか、そんな人間は存在しないってことも、俺を狙った暗殺者だってこともね。うまく誤魔化してたと自惚れていたのなら悪いことをしたかな」
カチンときて、私の声が低くなる。
「なぜわかった?」
「俺たちの諜報をナメるなよ。――ま、実際、諜報とは違うか。でも、情報戦にかけてはお前はまだまだ二流だ。俺たちのいた部隊を知らないで挑んできたワケじゃないだろう? 勝算があると思ったのか?」
アッシュ・ウェスタンスが返した言葉に引っかかりを感じる。
……俺たちのいた部隊? どういうことだ?
知らされていないことがあるのか。いや、依頼主も知らなかったエリアでの話か。
下調べが甘かったのか……。確かに、セントラルのお坊ちゃんが傭兵部隊にいて、無事に戻ってくるなんて普通は考えられない。……けれど、それを可能にしたという実力を考慮しておかねばならなかったか。
私は暗殺者として訓練された。だから傭兵部隊には詳しくない。たまに一緒に行動することもあるが、簡単に味方が敵に回る世界では表面以外で仲良くなんかやれない。傭兵部隊で知っているのは有名な…………まさか!?
私の顔色が変わったのがわかったのだろう。アッシュ・ウェスタンスは私に微笑みかける。
「もしかして、ご存じない? ――わりと有名だった気がするんだけど、それこそ自惚れていたかな」
そう言ってアッシュ・ウェスタンスは笑った。
「伝説の隊長【ナンバー99】の率いる【部隊ナンバー99】。そこで副隊長を勤めていたのが俺、【ナンバー54】ことアッシュ・ウェスタンス。いや、知られてないってことはないよな。ということは、暗殺部隊のほうのやつか。ま、普通に考えればそうだけど、そっちにだって俺たちの部隊は有名だったと思うんだよなぁ。俺、けっこう暗殺部隊の連中を潰したし」
私は深呼吸をして気を落ち着けると、アッシュ・ウェスタンスのたわ言を笑い飛ばした。
「有名じゃないね。雑魚の暗殺部隊を何個潰そうがそいつらが弱いだけだし」
「君の部隊だって雑魚じゃない。セントラルにいる負け犬の私怨を晴らすために傭兵部隊にいた名家当主暗殺を受けるなんて、割に合わなさすぎるだろ。いくら積まれたか知らないけど、負け犬の払える金額なんてたかが知れてるし、そんな依頼、雑魚部隊じゃなかったらぜったいに受けないね」
逆に軽く笑い飛ばされた。
私は暗器をふるう。同時に変化の魔術も解除し、身体能力向上と防御の魔術を展開した途端。
――間一髪で、アッシュ・ウェスタンスの氷結魔術を防いだ。
「おや、変化を解いたらけっこう顔つきが変わるんだね」
…………コイツ。確かに実力はあるようだ。
今の魔術だけでも、私の防御魔術を破壊してきた。今まで破壊されたことなんてなかったのに。
悔しいが魔術に関してだけはコイツの方が上だ。
だが、他は負けていない。
そう思いたかったが……急所を狙っても、完全に防がれる。
しかも、反撃と同時に魔術を使われるので防御魔術を連続してかけなくてはならない。
私は徐々に焦燥感に駆られてきた。はじめての感情。なんだろう、これは。なぜ勝てない? というより、さきほどからコイツの気を引くような情報操作をしているのに、乗ってこないのはなぜだ?
足音や、物音、ナンバー99小隊メンバーの驚く声、助けを求める声、いろいろ流しているのにまるで動じない。
とうとう、防御魔術を突破されて吹っ飛んだ。
なんとか受け身をとり、すぐさま跳ね上がって構える。
追撃もせず、涼しい顔で見下ろすアッシュ・ウェスタンス。
「君は確かに暗殺者としてはそれなりなんだろうが、トップの傭兵には通じないんだよ。仲間を見捨てて踏み台にしても目的を完遂するのがプロだ。――もう一つ、情報操作に関しては二流なんだって言っただろう? 君が俺の気をそらそうと必死になっても無理なんだ。その情報操作は、一流に上書きされる」
どうやら私は額を切ったらしい。温かいものが顔を流れ伝わる。そして口の中は鉄の味。
ベッと唾を吐き、身体能力向上魔術を最大限までかけ、廊下に飛び出した。