それは、シャム・シェパードが転入する前の出来事だ。
いつものように小隊室に全員が屯っていると、
「どうやら、動きがあるようだぞ」
と、クロウが言いだした。
全員がクロウを見ると、クロウは盗聴した音声を流す。
……当主の座から追い落とされ放逐されたアッシュの兄が、わざわざエリアに足を運び暗殺ギルドに頼んでアッシュの暗殺を依頼したことを、得意げに一人で喋っていた。
ジェシカ、キース、リバーがアッシュを見ると、アッシュは肩をすくめる。
「そんな金があったんだな」
キースがあごに手を当てる。
「ないはずだが、どうにかしたのか。なかなかやるな」
キースのつぶやきを聞いたアッシュが笑った。
「……え、笑うところ?」
ジェシカがいぶかしむ。
「キースがバカ正直に感心したから、つい。もともと犯罪者だから、犯罪を重ねれば依頼するくらいの金は手に入るだろ。腐っても長年当主を務めてたんだし、コネもそれなりにあるだろうからな」
「なるほど」」
キースが合点したとばかりにうなずく。
クロウがアッシュを見た。
「アッシュはどうする? 今潰しておけば、依頼はなかったことになるだろう」
アッシュはちょっと考え、答えた。
「……いや、そのまま様子見しよう。エリアのギルドに頼んだということは、既に支払い済みかもしれない。そうなると、潰しても依頼は残る」
四人は黙り込んだ。
つまり、暗殺者を迎え討つのはアッシュの中では決定事項なのだとわかったからだ。
「……わかった。情報だけ集めよう」
クロウがうなずいた。
アッシュの兄は、どうやら偽の戸籍を買ったとわかった。さすがに自分で買うほどのバカではなかったため、どのような戸籍を買ったのかわからない。
オーダーだけはわかった。『学生』だ。
「……と、いうことは、交流会とかがヤバいのか?」
キースが考え込みながら言うと、ジェシカが返した。
「部活の大会って手もあるけど。暗殺者なら、それこそ目的を達成するなら侵入できればいいって考えるだろうし」
「さすがに退路は考えるだろ。暗殺者ならそこまでバカでもねーだろうし、命知らずでもねーと思うぜ?」
ジェシカの推論にリバーが反論した。
「……どちらにしろ、他校の生徒がこの学園に来たときがチャンスと考えるだろう。暗殺者部隊は、ひどいところだと使い捨てだからな。もしかしたら自爆覚悟の奴が乗り込んでくるかもしれない。……もしも暗殺部隊の連中が私たちを知っているなら、手練れを送るだろうが」
クロウの最後の推論を聞いたアッシュは首を横に振る。
「それは無理だろ。お前が痕跡を消したんだ。追い切れるのは元ナンバー99の連中だけで、アイツらがどんなに追い詰められようとも俺たちを狙うのはあり得ない」
「そりゃそーだ。拾った命を勝てない勝負で捨てるわきゃねーよな」
アッシュの言葉にリバーが同意した。
「ふむ。では、交流会が一番可能性が高いか。……だが当分ないな」
クロウが心なしか残念なような肩透かしを喰らったような声でつぶやいたので、アッシュはクスリと笑う。
「その間に、牙を研いでおこう」
「「「「ラジャー」」」」
四人が敬礼した。
そして、シャム・シェパードが転校してきた当日。
アッシュはすでに登校して教室にいる四人に無線で告げた。
『急展開だ。……転校生が来る』
教室で話していた四人は、無線を聞いて絶句した。
『教官たちに嫌われていたのが仇になったな。前々から決まっていたらしい。……まさか転校当日に知らされるとは思わなかった。ご丁寧に、うちの小隊に入れろ、とさ』
アッシュの話を聞いたキースが、眉根を寄せてつぶやいた。
「……まさか、教官たちも暗殺依頼者とぐるなのか?」
リバーとジェシカはキースを見た。
アッシュはキースのつぶやきを拾い、苦笑した。
『さすがに違うだろう。それに、転校生が暗殺者とは限らない。この学園の生徒になったら交流会で来た他校の生徒より逃亡がしにくいからね、たまたま時期が重なっただけかもしれないしね。それに……いきなり殺しにかかってくるかはわからないが、隙を見せなきゃそうは殺られないよ』
クロウは考え込んでいたが、顔を上げた。
「シャム・シェパードの過去歴を洗った。表面上は不審な点が見つからないので情報は本物か、もしくは長期滞在を予定しているか、だ。今日の今日、いきなりアッシュを襲うことはないと推測する」
三人がクロウを見た。
アッシュはクロウの推測を聞いて、出方を決めた。
『そうか。じゃ、最初は様子見でいっとく。わざと隙も見せてみて、食いつくか判断してみるよ』
ジェシカがアッシュの無線を聞いて、不安そうな顔をする。
どうも、いつになくアッシュが好戦的に思えたからだ。
「おい副隊長、舐めプしすぎるなよ?」
と、リバーがジェシカの気持ちを代弁した。
アッシュは笑うと、
『元、ってつけてね。今は教官だから。じゃ、油断せずに舐めプしてくるよ』
そう言ってシャム・シェパードを迎えに行った。