目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第45話 入学当初 ⑥

 クロウは、焦りと緊張のあまり肩で息をするジェシカに無表情に告げた。

「ちょっと速すぎなかったか?」

「――私の本気はこんなもんじゃないからいいの!」

 ふむ、とクロウはあごに手を当てる。

「……だそうだ。ナンバー54」

 クロウが横を向くと、アッシュが来ていた。

「――確かに間に合ったからいいけどね。クロウ、ちゃんと誤魔化したんだろ?」

「時々ジャミングをかけて、ノイズを入れている。今もだ。ジェシカはともかくリバーがあり得ない速度でF1に向かっていたからな」


 リバーはF1の砦を制圧してクロウへの攻撃を阻止しようとしていたのだ。

 リバーが制圧する寸前、ジェシカとキースが残りの敵を倒したため、制圧が先にならずに済んだ。


「それにしても……コレなに? かわいー!」

 ジェシカが小型動物を抱っこした。

「召喚魔術により呼んだ私の召喚獣だ」

「いや、お前、魔術使えないだろーが。魔力ゼロなんだから」

 アッシュが呆れてツッコんだ。

「VR内では使える〝設定〟だ。実際に使えるのだから文句は言われないだろう」

 アッシュは盛大にため息をついたが、諦めた。

「…………ま、そう言って誤魔化せるか。実際使えるんだからな。ただし、派手なことするなよ? 下手なことをすると研究対象にされるからな」

 アッシュが言い含める。そして、もう一匹いた小型動物を抱き上げた。


 重さは二キロ程度。両腕にすっぽりはまる大きさで、全身に柔らかい毛が生えている。

 瞳は大きく白目が見えない。宝石のようだ。

 細く長い尻尾が生えていて、耳は上に大きくピンと尖っている。

「これって確か、ある地区で繁殖していた動物じゃない?」

 アッシュが思い出して言うと、クロウがうなずいた。

「私の記憶を元に再現した。『チャー』と『ミー』という名だ」

「ネーミングセンスがひどい」

 アッシュがズバッとツッコんだ。


          *


 アッシュはいろいろとバレる前に圧力をかけることにした。

 クロウの集めた証拠とともに、監督教官を追い詰めたのだ。

 砦の迎撃システムの封印と解除と封印のログ、一部生徒への指示のログ。不自然なマップ。

 これらを理事長と、さらには学園の出資者に提出した。

 もしも学園を挙げて握りつぶすつもりなら、学園の外に公表するという脅しをそっと添えて。

「生徒への差別がひどすぎますね。……あぁ、弁解はいりません。すでに全員が知るところになっていますから」


 監督教官は瞬間湯沸かし器というあだ名のごとく都合が悪くなるとすぐ怒鳴る性格で、「どういうつもりだ」と問い詰められたら、怒鳴りまくって誤魔化しただろう。

 だが、事はすでに尋問ではなく確定事項だ。

 監督教官は理事長の親戚で権力はあるが、由緒ある学園での明確なえこひいきはどう考えてもかばえない。

 もしもうやむやにしたらそれこそ五大名家の当主に君臨したアッシュ・ウェスタンスが、報復としてセントラル中にその話をばらまくだろう。

 由緒ある学園にふさわしくない学生である、としていた彼らを由緒ある学園の教官が不正をして負かそうとして、しかも負けたとなっては外聞が悪いどころの話ではない。


 監督教官は『急病による辞職』となった。

 実際、憤怒でひっくり返って入院したのであながち間違いでもなかった。


 このことは、学園中に広まった。

 それによって彼らを見る目も変わってきた。

 嫉妬の目で睨む生徒、見直したという目で見る生徒、すごいやつらが転入してきたんだという尊敬の眼差しを送る生徒。

 何しろ、全員がそれなりに容姿が良い。

 ワイルド不良系と真面目王子様系、巨乳とロリと各種取り揃えている。

 遠巻きに見られるのはいまだにそうだが、皆の態度はかなり緩和された。


 だが、教官たちは逆に、ますます当たりがキツくなった。

 監督教官に指示されたとしてえこひいきに加担した教官は一時的におとなしくなったが、他の教官はあからさまでなければいいバレなければいいと考え、自身の担当する生徒たちを勝たせようと裏で手を回すのが常になっていった。

 これにはアッシュだけでなく四人も呆れた。

「監督教官が粛清されたの、わからないのかな?」

 アッシュがぼやくと、キースが、

「思った以上にバカなんじゃないか?」

 と、返した。

「バカに教わるのかよ、俺らは」

 リバーが眉根を寄せると、ジェシカも眉根を寄せる。そして、

「……ねぇ。こんな学園にいる意味あるの?」

 と、言いだした。

 クロウが顎を撫でる。

「人間がかくも愚かだという例だな。だが、まぁ、これくらいのハンデがあってもいいのだろう。私たちは別に、ここで何かを教わりにきているわけではない。セントラルという一見ぬくぬくとした場所での一般市民の過ごし方、を学びにきているのだ。対等な立場で本気を出したらつまらない結果にしかならないし、目立ってしまう。ならば、ちょうどいいのではなかろうか」

 全員が呆気にとられた顔でクロウを見る。

 そして顔を見合わせて、肩をすくめ合った。

「……ま、そういうことにしておくか」

 アッシュはそうつぶやくと、皆を見渡した。

「クロウの言った通り、セントラルの一般市民に擬態する訓練の一環と思えばいい。ハンデがあったほうが手加減出来るだろ。だから、もう少し周りと馴染むように努力しろよ? 今なら見る目が変わってきているから、やりやすいだろ? この学園を無事、平穏に卒業するのを目標としてくれ」

「「「「ラジャー」」」」

 敬礼した四人に、それが既にもう普通じゃない気がするんだよな、と思うアッシュだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?