「ジェシカ」
二人きりのときにクロウはジェシカに話しかけた。
「どうしたの? 改まって」
ジェシカがクロウに微笑みかけると、クロウはジェシカに頼んだ。
「シャム・シェパードに興味を持った。これは【レベッカ】の判断だ。だから、できるだけ生かして捕らえ、私の制御下に置き、研究したい」
ジェシカは絶句した。
しばらく呆けた後、ジェシカがクロウに尋ねる。
「え……ええと。なんで私目がけて言った?」
「シャム・シェパードの件で反対するのはジェシカのみだからだ。アッシュはそもそもシャム・シェパードの殺処分に反対で、キースとリバー……とくにリバーはすでにシャム・シェパードに仲間意識を持っている。キースも同じ部屋で住み世話をやいているので、愛着が湧いているだろう。ジェシカのみ、今でもシャム・シェパードに一線を置き、警戒し、もしも99小隊の誰かと戦闘になったときには即殺そうとする。だから、ジェシカの許可が必要だ」
ジェシカはクロウを見つめ続け、やがて諦めたような笑顔を見せた。
「……もう、しょうがないなぁ。わかったよ。できるだけ殺さない。……でも、シャム・シェパードにとっては殺された方がいいかもしれないよ? クロウのオモチャにするんでしょ? 今のオドオド君ならそれでもいいって思うかもしれないけど、もしプライドの高い子だったら死んだ方がマシって思うかも」
「プライドは高いだろう。シャム・シェパードは〝暗殺者〟という仕事に美学を持っている。プライドが高いからこそ、別人になりきり周囲を欺き、自分の犯罪だとわからないように殺すのだろうな」
クロウの言葉にジェシカが眉根を寄せた。
「犯罪者の美学ぅ~?」
「そういうことだ。周囲にいなかったタイプだ。非常に興味深い」
ジェシカは呆れつつもクロウを撫でた。
「わかったわかった。クロウがほしいなら私が奴を生かしたままクロウのところに引きずってくるから。ブレインを制御してお人形にしちゃいなさい!」
笑顔で怖いことを言うジェシカだった。
しばらくすると、ルージュ・サラブレットという、ジェシカを目の敵にしていた女子生徒がミザリー・アレグラに絡み始めた。
アッシュは助かったといわんばかりだったが、四人にはこの後の展開が読めなかった。ルージュ・サラブレットは間違いなく、シャム・シェパードの今後の行動に影響を与えると踏んだのだ。
シャム・シェパードがいない魔術の授業の時。
四人は教官と魔術科の連中から睨まれるのをものともせず、軽々と課題をこなしながら和気藹々と会話していた。
内容は物騒だったが。
「
「どっちにだ?」
「どっちか、もしくは両方にね」
と、ジェシカとキースが会話していると、
「いーんじゃねーの。ウザいのが一人二人消えようが、俺たちにゃカンケーねぇしよ」
リバーが気のない感じで加わった。
クロウは黙って考えている。
それに気づいたジェシカたちが顔を見合わせ、ジェシカはクロウをのぞきこんだ。
「どうしたの? 何か懸念があるの?」
「いや、そうではないが……ジェシカの言うとおり、事が動くきっかけになった。彼に探りを入れた後、どう動くか観察しよう」
三人が視線を交わす。
「助けるつもりは?」
キースが尋ねると、クロウがキースを見た。
「〝誰を〟が抜けているが、それでも答えは一つだ。恐らく、ナンバー54は見捨てる。それに反対する理由は私たちにはない」
キースとリバーは「だよな」と言ったが、ジェシカは意外そうにクロウを見た。
「いいの? ……彼をオモチャにしたかったんじゃないの? もし彼が巻き込まれたら、下手をすると壊されちゃうわよ?」
ジェシカが尋ねると、クロウが答えた。
「この程度で壊されるとは思えないし、それならそれまでだ。そもそも奴は〝敵〟なのだからな」
ジェシカは納得したようにうなずく。
「それもそうね」
クロウはちょっと考えた後、こう言った。
「ナンバー54ならこう言うだろう。『お手並み拝見、といこうか』」
アッシュのモノマネに、三人は爆笑するのを必死でこらえた。
シャム・シェパードは、二人の対立を呆れたように見ていた。
もはやミザリー・アレグラに対して仕事の美学を求めようとは思わないらしい。あちこちで口論を繰り広げている彼女たちを見て「二人とも飽きないなぁ」と他人事でつぶやいているので相手にしなくなったようだった。
むしろ、ルージュ・サラブレットがミザリー・アレグラを牽制している隙に、少しずつ暗殺の事前準備を始めた。
まず、シャム・シェパードは警備室をハッキングしモニターを誤動作させ始めた。
なぜ知っているかと言えば、クロウも警備室……というか、この学園のすべてのネットワークを監視しているからだ。
それはもはやクロウの目と耳のようなものなので、シャム・シェパードがどう隠蔽しようとも何をされているかはハッキリと分かる。
他でも準備を進めているのかもしれないが、暗殺場所は学園内でほぼ確定だなとクロウは推理した。