そして、とうとうミザリー・アレグラが動いた。
ルージュ・サラブレットとシャム・シェパードを同時に呼び出したのだ。
教官としての命令なので、従順な生徒を演じるシャム・シェパードはもちろん、ルージュ・サラブレットでも逆らえない。
シャム・シェパードはとぼけた演技を続けていた。
メッセージを読んだ後、一緒にいたキースに、
「んー? なんかよくわからないけど、呼び出されたみたいです。ちょっと行ってきます」
と、席を外した。
そして、空き室が並ぶ棟に行き、あちこち覗いている。
クロウは感嘆した。
「……もしかして、仕掛けたのはミザリー・アレグラではなくシャム・シェパードか?」
監視カメラがハッキングされ、モニターはあちこちブラックアウトしては復旧している。
だが、復旧後に映っているのは復旧前の静止画像だ。
監視カメラはブラックアウト中。
シャム・シェパードは空き室に滑り込み、そこから窓伝いに別の空き室に移る。
それからしばらくすると、ミザリー・アレグラがやってきた。
空き室に入ると辺りを見回し、舌打ちする。
「まだ来てないの? トロい暗殺者ね……。実際、あの風体じゃたいした腕前でもなさそうだし」
盛大に独り言を言うと、腕を組んで待つ。
恐らく、仕込み武器を手に持って隠しているのだろう。
クロウは内心で首をかしげた。
ミザリー・アレグラは、いっさい監視カメラを気にしていないが、いいのだろうか?
シャム・シェパードがごまかしてなければ間違いなく警備員が飛んでくる案件だが。
クロウは気になるあまり、現場に向かうことにした。
ジェシカの監視の目をかいくぐり、空き室に向かう。
その間にルージュ・サラブレットが空き室に入った。
「いったい何の用? 私はアンタが反省してこの学園から消えるかアッシュ教官の目の届くところにいっさい近寄らない、って言葉しか聞きたくないんだけど」
ルージュ・サラブレットが言い放つ。
ミザリー・アレグラは彼女の発言を表面的には気にせず、笑顔で彼女に告げた。
「貴方、ナンバー99小隊に入りたいんでしょう? シャム・シェパードと交換してあげるわ」
ミザリー・アレグラの発言に、ルージュ・サラブレットは固まった。
ミザリー・アレグラはルージュ・サラブレットが固まったことに気を良くしたらしく、さらに笑顔を深めて続けた。
「彼に同意書を書かせるわ。これがその同意書。貴方もこれに書いて。そしてもう、二度と私にまとわりつかないでね。私の仕事を邪魔しないでちょうだい」
そう言い切り、同意書を机に置いた。
ルージュ・サラブレットは同意書に目を落とした後、キッとミザリー・アレグラを睨んだ。
「アンタって、ホンット、何もかもダメよね!」
ミザリー・アレグラは笑顔を強張らせる。
「そういう問題じゃないのよ。私は、アンタが『役不足』っつってんの。あのとぼけた男は一応は実力はあるけど、アンタは何もかもが足りてない。だから、アンタが消えろ、って私は言ってんのよ。分かる?」
――ルージュ・サラブレットが言ったセリフは、『ナンバー99小隊においての教官としてのミザリー・アレグラと、隊員としてのシャム・シェパード』のことだった。だが、ミザリー・アレグラにとっては、暗殺者として比べられたと勘違いしてもおかしくないセリフだった。
ミザリー・アレグラに殺気がこもる。
ルージュ・サラブレットは驚いたが、だてに防衛特科の生徒ではない。すぐに臨戦態勢となった。
そして、目を細めてミザリー・アレグラの豹変振りを観察する。
「……ここにきて、化けの皮が剥がれたってワケね。うちの学園の教官ってアッシュ教官以外マトモなのがいないけど、それでもアンタは極めつけだわ」
ルージュ・サラブレットの言葉をミザリー・アレグラが笑い飛ばす。
「貴方も気の毒ね。おとなしくしていれば長生きできたのに。愛しいアッシュに行方を捜してもらいなさい、そしてあの世で一緒になりなさい」
「――――!!」
ルージュ・サラブレットがミザリー・アレグラの言葉に驚いた途端。
視界が真っ暗になった。
いきなり暗室に飛び込んだような暗闇にルージュ・サラブレッドは驚いたが、恐らくミザリー・アレグラの魔術なのだろうと考えた。
ミザリー・アレグラもまったく同じことを考えていたが。
油断せず互いに構えていたとき。
シャム・シェパードは現れた。
巧みに二人を誘導し争わせる。
うまい具合にもみ合いになったのを頃合いに、ミザリー・アレグラの持っている武器で喉を切り裂き、ルージュ・サラブレッドに返り血を浴びせるという神業をやってのけた。
さらに、なんらかの魔術をルージュ・サラブレッドにかけ、すぐさま撤退する。
再び窓伝いに引き返した後、そこでいったんモニターをブラックアウトし、監視装置の動作を復旧させる。
ルージュ・サラブレッドは硬直しているので、麻痺か気絶か錯乱かの状態異常をかけたのがわかった。
シャム・シェパードは近くの教室から出てくる。
そこには先ほど人を殺してきたような雰囲気は微塵も感じさせない、いつものオドオドしつつものほほんとした雰囲気の彼がいた。
クロウは感心する。
シャム・シェパードはクロウに気がついていない。なのにもかかわらず、誰もいない廊下でもとぼけた少年の演技を続けているのだ。本人の努力のみなのか、それともブレインを使った仮人格形成の所行なのか、いつか調べてみたいものだ、とクロウは考えた。
クロウが不意打ちで声をかけると飛び上がって驚く。
人を殺して来たばかりだというのに、不意に驚かせても一切殺気を出さない。
クロウがシャム・シェパードの演技力に感心しつつ会話をしていると、ジェシカが来てしまった。