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第37話 逡巡する夜


 私から妙な圧を感じ取った殿下は、一つ咳払いをして話始める。



 「……ゴホンッ…………そうだな、オリビアの言う通りだ。教会は聖職者の集まりだが、上にいけばいくほど権力にしがみつき、金の亡者と化す者も増える。下の者は純粋に神に仕えているだけの者がほとんどだとは思うが…………ここの司祭も最初は敬虔な聖職者だったと思うけどね。おおかた出世の話をされてヴェットーリ司教に買収されてしまったんだろう……権力に飛びつく者の典型だと言うべきか……」


 「………………」



 王太子としての立場上、そういった人たちを沢山見てきたのだろうなと思うと、ちょっぴり殿下の横顔が寂しくも見える。権力を前にして己の信念を貫ける人がどれだけいるか……立場が弱い者は従わざるを得ない場合も多い。


 だからこそ貴族や王族は正しい道を選んでいかなければ、そのあおりを受けるのは下の者なんだわ。



 「……そうですわね。その権力のあおりを受ける弱き者が住みやすい世界にしなければ。もし無事にこの件が解決したら、貧しい子供たちを修道院で面倒を見る事は出来ないかと考えていますの……」


 「修道院で?」

 「……はい。子供たちが人身売買で連れて行かれる心配がなくとも、彼らには住む場所はなく不衛生で、満足に食べ物も食べられない状況は変わりません。公衆浴場は入れるようになりますが、私は根本的な解決をしたいと思っていて…………」



 自分の考えている事を伝えるという事は勇気がいるものだと思いながら、思い切って話してみる事にした。



 「修道院に孤児院としての役割を持たせたいのです。教会や修道院には運営に困らない支援をこちらがしながら、子供たちを保護してもらえたらなと……人手が必要になりますから、働きたい人が貧民街にも領地にも沢山いるでしょうし、労働力不足の解消にもなるんじゃないかと」


 「………………………………」



 ヴィルは少し考え始めた。少女の浅知恵だと思われたかしら……実際に公爵家はお金が有り余るくらい持っていたのを確認していたので、支援を増やしたり、人件費を出す事は朝飯前だと思う。



 「…………いずれ貧民街の解消にも繋がっていくかもしれない……か………………その為には公爵の了承が必要だな」


 「はい。お父様にはこの件が解決したら話をしてみようと思っています」



 何をしたいと言っても私にはそれをする権限がない。結局はお父様次第…………でもきっと説得してみせるし、大きく反対はしないと思うのだけど。本当は貧民街が解消されたら、あそこに教育機関か医療機関も作りたいと思っていたりして…………さすがにこの話は時期尚早よね。


 まずは目先の問題よ。



 「では、彼らの罪を暴く為の作戦を考えましょう」


 「……そうだな。それについては1つ考えがあるのだが、聞いてくれるか?」



 殿下には何か考えがあるのね。ひとまず殿下のお話に耳を傾ける事にした。




 ∞∞∞∞




 その日の夜、今日の話した内容が濃かったものだから、私の頭はその事でいっぱいで全然眠れない状態だった…………ソフィアは隣でぐっすりと眠っているわ。


 殿下が話してくれた考えは確かに良い考えだと思う……けど危険が伴うから気が張って寝付けない。



 この世界に転生して思うのは、前世とは死生観が全然違うという事。前世では命の危険があるのは病気だったり事故だったり……強盗とか殺人とかもあるけど、誰かから害される危険度はこちらの世界の方が比べ物にならないくらい高い。


 だからか、皆、今日生きる事に一生懸命で、小さな子供ですら危険な事でもやろうとする。それだけ生き残るには厳しい世界なんだなと痛感してしまった……そんな世界でのほほんと生きようと思っていた自分が少し恥ずかしくなって、反省しきりだわ。


 殿下が示してくれた考えではソフィアにも役目があって、彼女は進んでやろうとした。


 当然私は反対したけど、ソフィアは引かなくて…………あんな小さな子供でも生きる為に頑張ろうとするのね。



 一向に眠れそうにない私は、ソフィアを起こさないように少し庭園を散歩をしようとベッドから下りる。季節は春になってきているとは言え少し冷えるわ…………温かいショールを羽織っていきましょう。


 そう言えば、あまり夕食も食べられなかったんだ……あの後緊張してそれどころではなかったものね。そりゃ寝られないはずよ。でも今から何か食べるのも面倒だし、やっぱり庭園で気分転換しましょう。



 音を立てないように気を付けて、そっと部屋を後にした。



 今日は晴れていたから、夜空には銀色に輝く月が煌々と光っていて、明かりがなくとも辺りがよく見えるわ。とても美しい月に見惚れていると、庭園に人影が見える。


 まさか曲者…………と思ったのは一瞬で、すぐにその人影が高貴な人物である事が分かった。



 「…………ヴィル………………あなたも眠れなかったのですか?」



 「……オリビア…………そうだな、今日は色々あったから気分を落ちるかせる為に来ていたのだが……君に会えたなら来て良かった」



 そう言って笑う殿下は月明りに照らされて、普段の何割増しかの神々しさだった。小説の王子様って凄いわね…………自分が殿下の放つ光によって、砂となってしまったような気分。


 眩しさで無になっていた私の元へスッと歩いてきて、手を取り、庭園のベンチに誘う……なんてスマートな。現実の世界にいるとは思えない。



 二人でベンチに座り、私たちは明日の事などを話し始めた。




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