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第45話 ターゲット


 私はヴィルの言葉を聞いて、すっかり失念していた事を思い出した…………ヴィルのお母様、王妃殿下の存在を。王妃殿下は私とヴィルの婚約を快く思っていない。



 そして王妃殿下は小説では、ほぼモブキャラと言っていい立ち位置だった。それくらいあまり出て来なかった人物のはずなのだけど……



 「……王妃殿下はすっかり聖ジェノヴァ教会に心酔しきっていますからね。陛下も手を焼いておられる……教会に掛け合う度に王妃殿下が介入してきて、本当に困ったお方だ……領地に行く機会すら与えてくれない。あまりにも介入してくるものだから、一度陛下にお頼みして釘をさしていただいた事もあるのですが…………今度はオリビアの方をターゲットにし始める。ここまで領地に行かせまいとしてくると、さすがに領地で何かあると思う方が自然です。王妃殿下と懇意にしている大司教の息がかかった司祭を公爵領に派遣するだなんて、私が了承したいわけがない」


 「…………母上は相変わらずだな……やはり教会が力を増した背景に母上の影響なしには語れない、か」


 「お父様、私をターゲットにってどういう事ですか?ターゲットにされた記憶はないのですが…………」



 お父様の話で王妃が私をターゲットにという意味が、私にはよく分からなかった…………確かに王妃殿下にはよくお茶会に誘われて、というのは小説で読んでいたけど。そう言えばオリビアは王妃殿下が苦手だったのよね……私の前世の言葉を借りると王妃殿下はいわゆる”毒親”だ。


 会う度に自分の子供である王太子殿下を貶める事ばかり言うもんだから、オリビアは精神的な疲労が溜まっていくっていう。お茶会の度に体調を崩したりしていて、私としても最も会いたくない人間…………加えてモブキャラだったし、無意識に記憶から消していたのかも。



 「オリビアが6日間寝込んだ時の事を覚えているね?その前も王妃殿下に呼ばれたお茶会の後は、必ず体調を崩しがちになっていた。私はストレスがかかっているのかなと心配していたんだ。でもだんだんと精神的にも不安定になってきたりで、ただのストレスとは思えなくなってきて……私は君にお茶会に出る事を止めるように言ったんだ。でも君は殿下の為に行かなければと言って、頑として聞き入れず、私の事も避けるようになってしまった。そんな日々が1年以上続いたところで、6日間高熱で意識を失ってしまって…………君が高熱で意識を失っている間に君の体に何が起こっているのかを検査しなければと、血を検査していたんだ……」


 「……まさか、それでは…………」


 「うん、少しだけど特殊な毒の反応があった。何の毒かはまだ分かっていないけどね…………必ず突き止めるよ。その時の私の気持ちが分かるかい?」




 お父様からとてつもない殺気を感じるのは気のせい……ではないようで、ヴィルが汗を流している…………



 「まぁ、私の考えが間違っていなかった事が証明されたわけだ。でもそれだけでは王妃殿下を追及は出来ない……君が領地に療養に行くと言った時、私はいい機会だと思ったよ。領地に行けば王妃殿下のお茶会に行かなくてもいいし、体調も戻ってくるだろうと思って……実際に体調が良くなったんじゃないかい?」



 そうなのだ……領地に来てからすこぶる体調がいい。多少微熱は出たけど、気持ちも前向きだし、ストレスから解放されたからだと思っていた…………



 「殿下がオリビアを冷遇していたのも今となっては良かったのかもしれません。認めたくはありませんがね……もし二人が相思相愛な様子だったら、オリビアはもっと早めに消されていたかもしれない……殿下がオリビアに冷たかったので、王妃殿下は油断していました。あなたがオリビアを追って領地に行くとは全く予想していなかったから、今回の件も王妃殿下からすれば青天の霹靂だったわけです。二人が協力して教会や自分が不利になるような事をするとは、夢にも思わなかったでしょうね」



 「……………………………………」



 ヴィルは複雑な表情をしているわ……確かに喜んでいいのか分からないわよね。それにしてもお父様はこんな事を一人で抱えていたなんて……




 「殿下、私があなたのお母上のしている事をなぜあなたに伝えてこなかったか、なぜ伝える事が出来なかったのか、分かりますか?もっともあなたの事だから勘付いているだろうとは思いますが…………」


 「………………………………母上が私の命も狙っているから、だろう?」



 え………………実の息子の命を狙っているの?だって陛下はヴィルの事を大切にしているし……お父様の言っている事が信じられず、二人を交互に見てしまう。



 「ええ、王妃殿下はオリビアをターゲットにしましたが、あの方のターゲットにはあなたと陛下も入っています。ゼフは王妃殿下から身を守る為に付けているところもあるのでは?」


 「…………そうだ、いつからか命を狙われる事が多くなってね。私は王太子だから多方面から命を狙われる危険があるのは仕方ないと思っていた……しかしある日、我が国の雇われ暗殺者が来た事がある。その者が吐いた…………依頼主は母上だと。母上もバレてもいいと思っているのだろう。次の日、笑って挨拶をしながら、身辺に気を付けろと言ってきた時は吐き気がしたがな……」



 私もお父様やヴィルの話を聞いて吐き気がしてきた…………こんな母親がいるなんて。ヴィルもお父様も苦しそうな表情で話を続けている。



 「王妃殿下の話をする時に殿下への行為も話さなければならない……私は非常に迷っていました。陛下もこの話をあなたにするべきか悩んでいた……ゼフを付けているのを知り、もう知っているのだなと察しましたが」


 「…………………………」


 「あなたの弟君が生まれてから、王妃殿下はさらに動きが活発になってきましたからね…………陛下はあなた以外を王位継承者とする事はないと仰られています。その為に命を懸ける覚悟を持っていると…………でも今陛下を失うわけにはいかないのです。まだ国の基盤が緩く、不安定な状態では……私は陛下を守る為に王都を離れる事は出来ない」


 「父上……」



 王妃殿下って本当に狡猾な人…………人の弱みにつけ入って痛いところを効果的に攻撃してくる。お父様の弱点は私だという事を分かって、私をターゲットにしたのね。陛下の弱点はヴィルだし…………愛情って最高の力になるものだけど、最大の弱点にもなり得る。




 でも人の愛情を逆手に取って踏みにじる行為は許せない。この国の国母たる人がこんな人間だから貴族も教会も腐って……国が腐敗していくんじゃない。いつまで経っても子供たちが安心して暮らせる国になりはしない。



 王妃殿下に対する怒りが、私の中で沸々と湧いてきていた。





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