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第11話 実験

 翌日。雨宮は朝日を浴びて起きる。最近はこういう生活習慣であることに慣れてきた。

 そして食堂に向かい、朝食のパンと肉の入ったスープを貰う。そして今日やるべきことをぼんやりと考えながら食事を摂る。


(今日から本格的に実験を始めないとなぁ……。まずは円陣1個のやつから順番に、それぞれ5,6回くらい繰り返せば問題ないかな……。いや、それじゃあ少ないってツッコまれるかもしれないから、最低10回はやることにしよう。そうなると、一体どれだけ時間がかかるか……。そもそも実験が上手く行くとは限らないから、その辺も考慮しておかないと……)


 食事を終えると、一度部屋に戻って必要な荷物をまとめる。そしてヌルベーイ研究室へと向かった。


「おはようございまーす」

「ホイター君、おはよう」


 すでに研究室にはヌルベーイがいた。研究室を持つ教授は、研究室の隣に自室を構えており、いつでも研究ができるようになっているのだ。


「ヌルベーイ先生、いつ戻られたんですか?」

「ついさっきだよ。昨日は徹夜で意見を詰めていたから、本当に眠くて……。悪いんだけど、数時間くらい仮眠を取らせてくれないかい?」

「分かりました」


 そういってヌルベーイは自室に戻っていった。

 それを見送った雨宮は、すぐに実験の準備を行う。まずは魔法陣の書かれた紙を机に広げ、その上に水の入ったビーカーを置く。準備はこれだけだ。

 あとは魔法陣からの熱の出力が一定になるように、魔力の調整をしていけば問題はないだろう。


「熱の出力を一定にするのは、魔法陣側で特定温度を出力すれば問題ないはず……」


 魔法陣は特定の温度を一定に保つことができるようになっている。例えば温度を100℃と設定すれば、魔法陣から100℃の熱が放出される。この技術は、この時代だとコンロから鉄工所まで幅広く利用されているのだ。

 ここで問題にしないといけないのは、魔法陣からビーカー内の水への熱伝導である。これが一定でなければ、ゆくゆく制定するホイター定数に繋がらないだろう。これは回数をこなして数値を平均化すれば問題ないはずだ。

 そんなことを考えながら準備を終えると、タイミングよくイリナがやってくる。


「おはよう、ホイター」

「おはよう」

「これ実験の準備?」

「そう。昨日話してた内容の実験」

「じゃあ私はこっちで計算しているわ」

「分かった。あ、ヌルベーイ先生は帰ってきてるけど、仮眠取ってるから気を付けてね」

「オッケー。注意するね」


 そういって窓際にある小さな机へと向かう。

 それを見送った雨宮は、早速実験を始める。まずは円陣1個の魔法陣で実験を行う。


「出力は100℃、時間は5分だから300秒でやってみよう」


 そういって雨宮は砂時計をひっくり返し、魔法陣に魔力を込める。魔法陣が赤色に光り、熱を放ち始める。そして水の温度が上昇するのを待つ。

 ビーカーに突っ込んでいる温度計を見ている雨宮。だんだんと温度が上がっていく様子を見て、あるひらめきが脳裏をよぎる。


「これ、それぞれの温度に達した秒数を算出できれば、微分の考え方として浸透するのでは?」


 微分とは、変数xと関数yが存在する時、xが限りなく何かの値に近づくときに関数yが何の値に近づくかを表したものである。

 今回の温度計の話に変えるとこうなる。水の温度が10℃から11℃になるときに要する時間が5秒だったとする。すると、ここでは5秒で1℃上昇していることになる。水の温度がどんどん上昇し、やがて100℃に近づく。99℃から100℃になるのには30秒かかった。つまり30秒で1℃の上昇になる。

 この温度変化をグラフで表してみると、一種のシグモイド関数となる。最初は急激な温度上昇が見られるが、100℃に近づくにつれて温度の変化が小さくなる。

 この1℃ごとの温度変化の傾きが微分した時の一次関数となるのだ。


「例えが分かりにくいか……?」


 そんなことを考えていたら、いつの間にか5分が経過していた。今回のビーカー内の水温は24℃。かなり効率が悪いことが分かるだろう。

 雨宮は別に用意された水の入ったビーカーを、仮設冷蔵庫から取り出す。水温を一律15℃で固定するためだ。

 今度は円陣2個が書かれた魔法陣の紙を広げ、すぐに魔力を供給、測定を開始する。


「今回の出力は100℃、時間は300秒だから、入力熱は100×300で3万か……。この条件は円陣の数が変わっても同じだから、これで放出熱の比較ができるようになる。……一応、入力熱の単位を仮にホッツと名付けよう」


 こうして実験を進める雨宮。5分が経過すればビーカーと水、そして魔法陣を変えて黙々と実験を続ける。もちろん、実験結果のメモも忘れない。

 こうして半日で30個の魔法陣の1回目の測定が終わった。


「うーん。こうしてみてみると、円陣が21個の時が最も水温が高くなった。同じ3万ホッツで熱を加えているにも関わらず……」


 雨宮は近くにあった紙に線を引き、グラフを作成する。横軸を円陣の個数、縦軸を水温にしてみた。

 そのグラフに実験結果の数値をプロットしてみる。すると点は、21個を頂点とする山なりの形を取った。


「明日以降もこの実験を繰り返す必要があるのか……。気が遠くなるな……」


 しかし、こうした実験からしか得られないデータが存在するのも確かにある。


「さて、明日も実験していかなきゃな」


 雨宮は気合を入れなおした。

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