その後、雨宮は実験を繰り返して「ホイターの定関数」に関する情報を集める。
1週間後、実験の結果が出た。結論から言えば、円陣の大きさに関係なく、個数によって決定されることが分かった。しかも出力という名の温度上昇は、円陣倍数定理に支配されている。
つまり円陣による魔法陣の出力は、複雑な法則の上に成り立っていることが分かったのだ。
「和公式、円陣倍数定理、定関数の三つの要素が絡まって、魔法陣の出力は決定しているのか」
このように結論付ける。
これで新しい論文を書けば、ホイターの十大発見のうちの6個の発見を再現したことになる。
「ここまで割と順調だな」
しかし、雨宮は少し疲れた表情をする。ここまで休みなく実験を繰り返し、論文を書いてきたことによる疲労だろう。
それに、ここからさらに数学的にも難しくなる発見を行わなければならない。それに対する不安もある。
「なんとかしなければなぁ……」
しかし、憂いていれも仕方ない。とにかく手を動かさなければ進捗はない。
こうして数日で定関数の論文の予稿まで仕上げると、そこにヌルベーイがやってくる。
「ホイター君。この問題について知っている?」
「どれですか?」
「この七角形陣問題だよ」
そういって一枚の紙を渡してくる。そこには七角形陣問題の概要が書かれていた。
『七角形の作図をする際、360°を7等分ことは不可能である。しかし、近似的ではあるものの、七角形を作図することは可能だ。古来より七角形は不可能を可能にする図形と言われ、魔法陣にも取り入れられてきた。ここで疑問が生じる。正確な図形でなければ、魔法陣は機能しないはずであるが、何故七角形は魔法陣として使用できるのか?』
このように記載されていた。
「なるほど。『七角形を精密に作図するのは不可能なのに、魔法陣として使えるのは何故か?』という問題ですね?」
「その通り。ホイター君も知っているだろうけど、魔法陣の設計には精密性が求められる。にも関わらず、七角形は正確な作図なしでも機能している。どうして機能するのかといった根本的な問題から、どのように説明するのかといった問いまでをまとめたのが、この七角形陣問題だよ」
その言葉に、雨宮は考えを張り巡らせる。
「七角形は現状、正確に作図できない。しかし何故か機能する。そこには何かしらの理由が存在する……」
「実際、過去にもいくつかのそれらしい仮説が立てられたけど、どれも正しいとは言えないということで、後に取り下げられているんだ。今のホイター君なら未来の記憶でなんとかなるかなぁと思ったんだけど、どうかな?」
「未来では解決していたと思うんですけど、七角形の魔法陣なんて滅多に使われないから覚えてないですね……」
「そっかぁ。それは残念。でも論文執筆の息抜きにはなると思うから、ちょっと考えてみるのはどう?」
「そうですね。少し面白そうなので考えてみます」
こうして、雨宮は七角形陣問題について考えることにした。ちょうど定関数の論文も書き終わり、カラーニン科学学院とブリニッシュ王立科学協会に論文を提出した所だ。時間には余裕がある。
「七角形……。不可能を可能にする図形か……」
これだけを切り出して言われると、スピリチュアルな世界に誘われることだろう。しかし数学や魔法学が発展した古来より、七角形はそうした精神的であったり宗教的な意味合いを持つ不思議な図形であるように言われてきた。
雨宮が今いる近代では宗教的な意味合いは薄れてきて、科学的なアプローチに基づいた考えが主流になりつつある。だが、田舎のほうではまだまだ根強い信仰をしている場所もあるようだ。
さて、雨宮は七角形の問題について、何か突破口となるアイディアがないか考える。
「うーん。七角形、七角形……。七等分すれば問題ないんだよな……」
しかしその方法が思いつかない。
「あー、モヤモヤする……!」
頭をかきむしり、思考を回すものの、結局何も思いつかない。
「仕方ない、思考を切り替えるか……」
そういっていくつか溜まっていた論文の査読に手を出すのであった。