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無能力生徒の祈りと秘密 -神凪学園高等学校陰陽部-
無能力生徒の祈りと秘密 -神凪学園高等学校陰陽部-
神代 まゆ
現代ファンタジー異能バトル
2025年07月12日
公開日
2.2万字
連載中
幼い頃から、霊力や妖怪などのよく分からない怪異が見えた穂社 いのり。 そういった怪異を少しは遠ざけられそうな高校へ入学を果たすが、入学早々に凶暴な怪異と遭遇してしまう。 いつものように逃げ回る中で、学園の秘密である裏の学科を知ることとなる。 そこは、自分と同じ「見える」人たちが集まるところだった。

第1話 何でこうなると!?

 雲一つない快晴。桜は卒業式のシーズン中に真っ盛りだったから、今は葉桜なのが少し惜しい。


 肩に触れるくらいの長さの髪は、どうしても毛先が跳ねやすい。張り切って早起きした今日は、水を入れたヘアスプレーで少し湿らせた後に、毛先にアイロンを通して内巻きにする。前髪は、折り目がつかないよう慎重に、アイロンをさっと軽く通すだけ。


 日に当たると少し紫にも見える黒髪。その毛束を両手で掬った後に左手に持ち変え、櫛を通しながら口に咥えていたゴムでポニーテールを作る。その上から紺地に白で縁どりされたシュシュをつけた。黒、紺、茶色、白、灰色であれば、シュシュをつけても良い校則なのは気に入っている。


 完成したポニーテールに満足して頭を左右に振ってみれば、鏡の中の自分の艶のある髪がぷるんと揺れた。完璧だ。


 鏡台の上に置いていた白いゴム付きのリボンを取り、シャツの襟の下に通してホックで留め、襟を正したあとに、丈がやや短めのデザインのブレザーに袖を通す。ワンピースのスカートは膝丈で、裾付近に太めのラインが入っているのが可愛い。ブレザーとワンピースがやや赤みがかった茶色なのもおしゃれだ。


 (さぁ、行こう)


二階の自室から出て一階のリビングのドアを開け、「行ってきます!」の挨拶をする。新聞を読んでいたパパと、マグカップにコーヒーを注いでいたママが顔を上げた。


 「可愛いね」と新聞を下ろし、眼鏡をかけたパパが言う。「本当に。どこのお嬢様かと思った」とママも頷きながらこちらに来て、腕にそっと触れ、それから申し訳なさそうに眉を下げる。


「ごめんなさいね。いのりちゃん」

「大丈夫だって。卒業式には来てくれたやん」


 謝られたのは、今日が高校の初日だから。つまり入学式なのに、両親どちらとも参加できないからだ。我が家は小さな個人病院で、内科をしている。パパが院長で医者一人、ママは医療事務の受付だ。


 卒業式は病院を午前中閉めてくれたが、流石に二ヶ月連続平日に閉鎖すると患者が困るだろう。その辺は、子どもといえど私も理解しないと。それに、幼稚園と小学校までは、入学式も卒業式も来てもらえていたし、私としてもそれで充分なのだ。


「行ってくるね!」


 そう告げると、玄関までママもパパも見送りに来てくれた。真新しい黒のローファーに足を入れ、つま先をコンコンとならす。


 ドアを開け、家の中に少し温められた春の陽気が流れ込んでくる。一度振り返り、そしてドアを閉めた。カツッとローファーが歩道を踏み鳴らす音がする。少し速めに歩き出した。


***


「ほわぁー。相変わらずでっかぁ」


下見や受験の時にも思ったが、大学には負けるものの、校舎と敷地がこれでもかと言うほど大きい学校だ。私立校とはいえ、レトロな雰囲気の校舎で高校のみとは驚きだ。


 学校においてあったパンフレットやインターネットからの検索で受験する高校を選んでいる時、パパが候補として勧めてきたのがここだった。


 家から程良く近く、学校内の施設も充実していたからだと思う。学校のホームページを見て、制服に驚いた。街中で今まで見かけることがあったもので、上品なデザインから「お嬢様学校なんだろうな」と勝手に思い込んでいた。それがまさかこんな近くの学校だったとは。


 校庭はテニスコート、サッカーエリアは別で区切られているほか、東屋も見える。体育館と図書館は校舎と別棟、校内は普通の教室と特殊授業に必要な教室のほか、講堂、食堂、売店、コンビニとコンサートホールもある。


 学科は普通科のほか、特進科、外国語に特化したグローバル科、資格取得メインの商業科、あと工業科がある。全学年ひとつの校舎なのでこんなに大きいと言うわけだ。


 なお、多数の学科があるために制服の色が少し違っていたりする。男子学生はネクタイ、女子学生はリボンの色で学年わけされている。


 こんな施設の充実した学校に通えるのはワクワクが止まらないが、一番気に入ってるのはここだ。私はすぅっと息を吸い込み、一歩を踏み出して正門から中に入った。


   上手く表現できないが、ここは空気が違う気がするのだ。神様が棲んでいそうな森や、パワースポットで有名な神社に行ったときのような、凛と澄んだものに感じる。この学校全体がパワースポットと言っても、過言ではないだろう。


 選定の時に三校ほどの学校見学をしたとき、この学校には驚かされ、すぐにここに行こうと決めた。私立高でお金がかかることだけはデメリットだったが、パパは


「気持ちは嬉しいけど、学生生活はあっという間で、もう戻ってこない。だから、本当にやりたいことをやりなさい。子どもはお金の心配をしなくていいよ。パパもママも、いのりが選んだ道を応援する気満々だからね」


と言ってくれたのが背中を押してくれた。偏差値はそれなりに高い方で、当時の自分の学力だともう少し頑張らないといけなかったため、塾にも通わせてもらったし、勉強にも気合いが入った。合格した時は、家族三人で涙を浮かべて喜んだ。


 今日から私もここの生徒だ。新しい友達、新しい生活が始まると思うと、体がワクワクな気持ちに疼き出す。平穏無事にきっと過ごせるはずだ。


***


「ふぁ……」


 口を覆ってあくびを隠した。コンサートホールに集まった新入生はクラス無視で、学科ごとに座っている。後からクラス表が配布され、確認することとなっている。


 残念ながら春の陽気は遮断されているが、こんなに人がいたら空気も程良く温まると言うものだ。困ったことに、式の内容が頭に入ってこない。卒業式と違って、自分たちにすることがあまりないことも、眠気を後押しする原因になっていると思う。


 一日目から緊張感のないあり得ない態度と思われるだろうが、今の最大の原因はこれだ。膝の上に猫が乗り、丸まって眠っているのだ。


何で先生たちに追い出されないのかって思うんやなかろうか。それは私にしか見えてないから。つまり、この猫は既に死んでいる。


 入学式が始まってからずっと、生徒が座っている椅子の足元ら辺をうろうろしているのに気づいていた。そして、私の膝に乗ってきたと言うわけだ。それだけではなく、肩が重い。これまた三歳くらいの男の子が私の肩に手をついてきょろきょろしているからだ。


「ママー?」


などと言っているが、四歳の君くらいの歳だったら、高校じゃなくてせめて保育園で探すべきではないかとツッコミを入れたい。ここで話しかけると付き纏われる可能性があるため、気づかれていることに気づきながら、あくまで気づかないふりをしている。こんなことは日常茶飯事で、とっくの昔に慣れてしまった。今日はまだいい方だ。


 この学校の澄んだ空気に、こういう現象は起きないと淡く期待していたのだが、悪意がないから入れるのかもしれない。それにしたって、人の眠気を誘ってくるのはやめて欲しい。


 壁際の校長先生、教頭先生、担任と思われる先生の座っている後ろにも机が並んでおり、制服を着ている在校生が座っている。うち、男子生徒が二人ほど、白を基調として、部分的にそれぞれ色の違う上着を羽織っている。王子様とまでは行かないが、ついでにマントも着たらどうかと思わせるデザインである。入学式は普通、在校生の先輩方は休みだ。だからあの席に座っているのは、生徒会の人なのだろう。そちらの方から、突き刺さるような視線を感じる。


 普段から視線には敏感だ。目を右に寄せ、他の人にわからない程度に顔を動かし、視野の範囲で確認する。上着を羽織って腕を組んだ生徒の一人は、眉間を寄せて目が細められている。あれは機嫌が悪いときの表情だ。めちゃくちゃ睨まれている。恐らく、初日から緊張感のない、ふざけた新入生がいると思っているに違いない。


(――いやぁ、私も何とかできるもんならしたかとです)


「続きまして、本校生徒会長の挨拶です」


 それが聞こえた時にまたあくびが出てしまい、ついには瞼も重く……。その時だ。首に温かいものが触れた。ああ、心地いい――じゃなくて!


「ん熱ぅっ!?」

「ぎにゃっ」


 驚いて肩が跳ね、変な声が出てしまった。膝の上の猫も同じだったようだ。飛び起きて膝から降り、どこかに行ってしまった。気づいたら、肩のところにいた子どもの霊体もいない。その代わり、右の視野に細くて白い手と青白い何かが見え、自分から見て後方にスッと下げられた。


「!!」


 思わず斜め上を仰いだ。赤茶色の髪に金色の簪を挿し、薄紅色の着物を着た女性がいる。頭の上にはピンと立った耳、背中の方には見事にフサフサな毛流れの尻尾がいくつもあり、揺らめいていた。着物の上の羽織には、紅葉の模様がある。見た目からして、言うまでもなく人間ではない。


(何だあれは!?……って、幽霊さんなんだろうけど。振袖から覗く、華奢な右手の上に乗っとるのは火!?なんかガスコンロの火みたいに、真っ青。それよりも、まさかあの火を人(正確には私)に近づけたってコト!?危なすぎやん!)


   その女性は、長いストレートな髪と羽織をふわふわと靡かせながら、手を引っ込めた時のようにスゥッと壁際の先生たちがいる方へ移動し、そして姿は薄くなって消えた。


「はぁー」 


 ため息をついた。その時、両隣に座った生徒が怪訝な顔をしているのに気がついた。居眠りしていた人が急に目を覚まし、変な方向を見ていれば不審だろう。両隣の生徒に向かい、あははと笑って誤魔化し、眠気も飛んだために前を見た。ちょうど、生徒会長が舞台から降りるところだった。


***


「はぁー。疲れた」


 すでに家に帰りたい。お手洗いの手洗い場から手を引くと、自動的に水が止まった。口に咥えていたタオルハンカチを取り、手の水分を拭き取っていたその時だ。


 ――キィィ……パタン…奥から二番目の個室のドアが少し開いてそして閉まった。


   風かな。ふと音がした方を見たが、窓がきっちり閉まっている。あれ。これはもしかしてと嫌な予感がしたため、そそくさと出ようと正面を向いた時だ。洗面台に取り付けられている鏡に目がいった。


「ひっ」


 天井から大蛇がぶら下がっていたのだ。眼球は赤く、それだけならまだしも、黒い髪が重力に従って下に落ちており、更に手足が二本ずつ生えている。目が合った瞬間、裂けたような大きな口から、二股に分かれた舌がチロチロと姿を見せた。


 幼い頃から高頻度で、幽霊や妖怪のようなわけのわからない何かを見ることがあった。一人でいる時は、それらの中でもしつこい質のものに当たりやすく、目が合った瞬間に百パーセントの確率で追い回された。害意のないものは、知らぬ存ぜぬを貫いていれば、そのうちどこかへ移動してくれたが、そうでないものはこちらを丸呑みにする勢いで追いかけてくるために、よく走っていた。そのうち、持久力や足の速さが被害の副産物として身についたのは、喜ぶべきか。


 人ではない何かに遭遇した時、それまでの経験から目を合わせないようにしていたのだが、正面の鏡は不可抗力である。洗面台横の荷物掛けから引ったくるようにカバンを取り、お手洗いを飛び出した。


 後ろからペタペタと音が聞こえてきており、間違いなく追ってきている。


「何でこうなるとぉぉぉおおお!!?」


 この澄んだ空気を纏う校内なら、こういった危険な怪異に遭遇せず、平穏に過ごせるのではないかと期待したが、即刻ハズレである。神社や寺など、割と綺麗な空気の漂うところでは、怪異に遭遇することがなかったのに。


 走りながらカバンの紐を片方ずつ腕に通し、背負った。カバンの中身がカタカタと音を立てる。すぐに壁にぶち当たり、焦りから階段でもないのに足を踏み外しかけた。さっと片手をついて、二、三回空踏みをした後、体を起こして再び走り出す。二歩踏み出した瞬間、今まで自分がいた場所から、ズガンという大きな音がする。思わず振り返ると、蛇が尾を振り下ろしたようだった。


(んひー!荷物がなくてよかったぁ!)


 そのまま進んだところに、道が分かれた。右は行き止まりだ。消去法で目の前の階段に進む。一段飛ばしで走るが、当然平らな場所を走るより遅くなる。踊り場に鏡があり、後ろから大蛇が飛び降りたのが見えた。受け身をとって転がりながら避け、代わりに被害を受けた階段が崩れてもうもうと埃が上がる。すぐに体勢を整えて走り出そうとするが、足を引っ張られて派手に転んだ挙句、大蛇に足首を掴まれた。


(――しまった!)


「放して!」


 叫びも虚しく、腕に力を込めて床に這いつくばっているにも関わらず、ズルズルと簡単に引っ張られる。


「やめてって言っとる……やろ!」


 ゲシッ!足癖が悪いと言われたって構わない。最後の抵抗に体を少し捻り両手を地面について、掴まれているのと反対の足を勢いよく蹴った。運よく大蛇の片目にクリーンヒットする。やった!と思った瞬間、大蛇が目をやられた衝撃にのたうち、暴れた足がこちらに向かってきた。立ち上がって避けるも、幅がなかったことから、あまりにも近くへ振り下ろされた尾が強風を産み、足がとられてよろけてしまう。


(まずい!)


「わぁっ!」


 後ろに仰け反り、バランスを取ろうとして無意識に手で空中を掻きながら後ろにひっくり返る。鏡に頭を打ちつける覚悟をしたが、その鏡が青白く光ったと思った瞬間、鏡にぬるっと頭が沈んだ。


「うわわわわっ!」


ドシーン!仰向けに膝立てした状態で着地した。多少足が滑った反動で背負っていた通学カバンが後頭部に移動したことが幸いし、頭は打たなかった。


「え……?」


手をついて上半身を起こした。着地したところは、どう見ても学校の床。色が同じだからすぐわかった。


(どういうこと?確かに鏡に吸い込まれたと思っ……いやいや。鏡の中に入ったとか、お伽話じゃないっちゃけん。気が動転していたのだけは確かなんやし、きっと勘違いしてしまったんよね)


 何とか自分の納得できる見解を無理やり作り出したが、足を見て驚愕した。


(へぇっ?足首から先しかこっちにないやん!?)


 鏡を境に、足首から足の指先までが鏡の向こう、足首から上がこちらにある状態であることに気づいた。足首が触れている鏡の部分が小さく揺れている。それに鏡の向こう、つまり、先ほどまで自分がいた階段の踊り場では、舞い上がった埃が落ち着きつつある。あの大蛇が左右に頭を振って、自分を探しているのが見え、反射的に足を引っ込めた。


 大蛇がこちらに入れるかどうかはわからないが、今のうちに距離をとっておかなければならない。すぐに立ち上がって走り出す。

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