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第4話 遅刻したのは許さない

 会話がたまたま途切れたタイミングで放送を知らせる音が鳴り、全員の意識がそちらに向いた。


『普通科一年!穂ぉぉぉ社 いのりぃぃぃ!!!どこで油売ってる!』


 突然の怒鳴り声が、耳をキーンと貫いた。女性の声なのだが、むしろ幼すぎて、アニメ声というか女児と表現した方が正しいかもしれない。ただ、語気は強い。


『入学初日から、うちのオリエンテーションをサボるたぁ、いい度胸してるな!?十秒数えるから、今すぐ来い!』

「ヒェッ!」


 対面してないというのに、背筋がぶるりと震える。それと同時に、スピーカーの向こうに雑音が混じった。


雨音あまね先生!まずいですよ』

『はぁあ!?』

『今日は保護者もいるんですから』

『やかましー!!』

『先生に言われたくないですよ!理事長に怒られますから、これ以上は勘弁してくださいって!』


 男性の声が割って入り、校内放送中だと言うのに言い合いしている。どうやら、他の教師が乱暴な放送を聞き付け、止めに入ったと推測できた。


 ガタン、ブツン。不自然な形で、マイクの切られる音がして、放送は強制終了された。ついでにマイクが倒れていそうなのは、大丈夫なのだろうか。


「あー……。早く戻った方がいいな」

「そうでしょうね」


 会長の言葉に、美蘭様がうんうんと頷いた。面と向かって怒られる前だと言うのに、私は既に半べそだ。恐ろしすぎる。


「うわ……。いのりんのクラスって、ララちゃん担なんだ」


 ミカミから急に、『いのりん』などと馴れ馴れしく呼ばれたが、それどころではない。すぐに教室に行かなければならない雰囲気なのはわかるものの、そもそも何組なのかがわかっていない。


 背中からカバンを下ろし中を漁る。コンサートホールを出る前に、クラス表が配布されていたはずだ。


「いのりん普通科なんでしょ?受験のコースも普通科で、多分合格通知書も普通科だったから、あんなに自信を持って僕らに訴えてたんだよね?」

「そうやけど……っ」


 カバンの中に手を突っ込みながら答える。


「なら、クラス割なんか見なくていいよ。そもそも陰陽部普通科と参謀科は、一クラスしかない」

「へ?」

「霊術、霊武はそれぞれ二クラスずつ。いのりんは六組だよ」

「そうなんだ」


 教えてもらえて助かった。急いでカバンを閉め直す。あとは一番の難題だ。


「私、教室の場所がわからんちゃが」

「ええ?三階に上がるだけだよ」

「でも、ここには鏡で入ってきとるけん、わからんちゃが!私どこにおるん」

「なんて?」

美神メイシェン!」


 ミカミと私のやり取りに痺れを切らした美蘭様が、口を挟む。


「お互いに聞きたいことは、後ですわ。キティを早く案内なさい。話や片付けは、放課後にしましょう。その時にまた、キティをここに連れてくるのよ」

「かしこまりました。姉上の仰せのままに」


 右手を左胸に当て、片足をわずかに下げてミカミが体を斜めに倒す。


(執事の真似事なんかしとる場合やなーい!)


 早く連れてってと、ミカミの左腕をつかんで揺すった。彼がこちらを見て、そして安心させるためなのかニコリと微笑んだため、手を離す。


「分かってるよ。行こう。ついてきて」


 ミカミの背中に続いたのだが、何故か双子も後についてきた。何が悲しくて、また階段を走って登らないといけないのか。


(それにしてもミカミ速くない!?)


 必死について行っているのだが、先に階段を上り始めたのがミカミとはいえ、こちらが踊り場に着く頃には彼が次の踊り場を曲がるところだ。それなのに、息を乱す様子もない。息をゼイゼイと弾ませるこちらがおかしいのかと錯覚するが、すぐ後ろの香炉兄妹も息切れしている。


(ミカミは本当、何者なん)


 監視目的のようだが、入学初日だと言うのに生徒会役員だし、――まあ、それに関しては双子も同じなのだが。他にも、先程校内放送をした教師のことも知っていた。確か、『ララちゃん』とか言っていたか。


 階段を走って上がり切り、へろへろになった三人は膝に手をついて肩で息をする。ミカミも息は上がっているが、へろへろ組に比べると随分と軽い。そんな彼が人差し指を廊下の先に向けた。


「僕は一番手前の一組。二組と三組は霊術科で、残りが霊武科。いのりんのクラスは一番奥」

「あ……あり、がと…………っ」


 遅刻していて、休む暇などない。のろのろと足を進める。


「じゃあ後でね」


 片手を軽く上げるミカミ。あれ。ついてきてくれるわけでは無かったのかと思った瞬間、双子が同時に腕を組んだ。


「ミカミ。中途半端はよくないって、莉桜が言ってます」

「ミカミ。途中で逃げたと副会長に後で報告するって、莉久が言ってます」

 「えぇ……?分かったよ。ちゃんとするから、姉上には言わないでほしいな」


 四人で『1年6組』のプレートがあるクラスまで行く。「ここまで送ってくれてありがとう」と小声で囁き、双子が頷いた。教室の前に立ち、一度息を吸って吐いたあと、意を決してドアを右横に引いた。


 ガラガラという音で、全員の視線がこちらへ向く。中にいたのは、男女合わせて十人程度。黒板が無い代わりのホワイトボードの前の教卓。その上に足を組んで一人座っている。


「え?」


 薄い金髪に、所々濃いピンクが混ざっていることから、恐らくピンクは染めたのだろう。その髪を二つに分けて、目と同じくらいの高さにし、赤い太めのリボンで結んでいる。服は白いレースやフリルが多めについた、黒地のワンピース。足元は白い靴下に艶のある赤い靴。これはいわゆる、『ゴシック・アンド・ロリータ』と呼ばれるファッションなのだろう。

服装もそうだが驚くべきは、小柄で見た感じの身長が百四十センチほどの少女だと言うことだ。


「穂社 いのりか?」


 こちらを見た少女が、うさぎの舌のようなミルクピンク色の唇の下に、人差し指を置いて尋ねた。ぱっちりした丸い目は、右斜め上を見ている。そして私が答える前に、言葉は続く。


「穂社 いのりだよね?穂社 いのりしか、いるわけないもんな。だって呼び出したの……このララなんだからな!!」


 言いながらだんだん語気が強くなり、声を合わせて間違いなくあの放送の主だとわかる。


「すっ!すみませんでしたぁ!」


 両手をビシッと体の横に付け、直角に腰を曲げて頭を下げる。


雨音あまね先生」


 背後から、淡々とした莉久の声がした。その呼び名で、間違いなくこの少女に見える体格の女性が、教師だとわかる。


「彼女、早速怪異に遭遇してました」


 その発言で、教室がザワザワする。


 (ナイスフォロー来た!)


「その対応してて遅くなったんです……と、莉桜が」


 莉久の言い訳が終わり、こくん、と莉桜はゆっくり頷いた。ほぼ嘘だが、一部本当のことが混じっている。


 ルビーのような瞳が、私をじっと見る。先生がチョイチョイと私を手招きしたため、視線の集まる中で足を進める。彼女は無言で両手を広げた。手の届く範囲まで私が来たところで、先生から手首を掴まれて優しく引っ張られた。


「よしよし。それは怖かっただろう。災難だったな」


 先生の胸にちょうど頭がはまり、その頭を撫でられた。


「天翔弟、双子も良くやった。入学してたったの数時間だと言うのに、素晴らしい」


(事情があるって、わかってもらえた)


 ホッとして気を緩めたのだが、身体を離そうとしても出来なかった。それよりも先生の腕の力が、少しずつ強くなっているような気が……。ギチギチと音がしそうなこれは、抱きしめていると言うより、格闘技を掛けられているに近い。


「だが、どうであれ、遅刻したのは許さないがな」

「せ、先生、苦し……っ」


(ひー!分かってくれたっちゃないとー!?前言撤回やけーん!)


「わかったな?」

「わかりまひたぁ!しゅみむしぇんすみません!」


 額に額をつけられ、怒った顔を間近に見ながら、更に両手で力任せに頬を揉みくちゃにされた。恐怖に飲み込まれそうになりながら涙目で謝ったあと、ようやく放された。まだ頬がジンジンと痛む。ちらりと付き添いの三人に目をやると、全員ドン引きしていた。


「護衛ご苦労。そっちの三人は、自分の教室に戻っていいぞ。穂社 いのり!お前さんはその席だ。早く座れ」


 先生の指が向いたのは、向かいにある教卓の前の席。要注意生徒ということで、最も目に入る位置にされたのかもしれない。肩を落としてトボトボ席に座る。付き添ってくれたミカミたちは、こちらに背を向けて出ていくところだった。扉が完全に閉まる寸前に、双子が覗き込んで、その後ろからミカミが少し手を振ってくれた。


(こげん踏んだり蹴ったりの始まり、出会いはどうあれ知り合いができてよかった)


 カバンから筆記用具とノートを出し、カバンを机の横にかけた所で後ろからツンツンと指でちょっかいを出される気配がした。振り返りたいが、目をつけられてる上に教卓の真ん前ではそれもできない。


(無視したって思われんやろか)


 そう思った時、指が動いた。ずっと擽ったい。文字を書いていると気づいた。『·····ん·····ま·····い』?


(どんまいや!)


 励まされたのだとわかって、嬉しくなった。


「じゃあ、話の続きを始めるぞ」


 先生の話は、なぜここのクラスが一般の普通科ではなかったのか、普通科と陰陽部参謀科を除く他科の生徒との護衛関係、学習内容は一般の普通科と殆ど変わらないため、将来を考えながら日々を過ごすようにと言ったことだった。この辺りまでなら、私は生徒会室で既に聞いていたため、驚きはしなかった。


 教室の後ろに立っている保護者も話を一緒に聞いていて、生徒も含め、中にはソワソワとして戸惑いを感じている人もいるようだった。


 ***


 ピピッという音と同時に、小さなディスプレイには『施錠されました』と表示された。読み取り部分から手を離し、歩き出そうとしたところ、話しかけられる。


「……高久」

「うん?」

「貴方、扉を開けたままにしてはダメじゃない」


 美蘭が腰に手を当て、高久を呆れるような目で見ていた。


「きみも施錠確認しただろう。何を言ってるんだ?」

「今の話じゃないですわ。ここに入った時のこと。今回は、たまたまいい方に転がったようですけれど、部外者が生徒会室に入ってしまったじゃないですの」

「ああ……あれか」


 高久は鼻の下に親指と人差し指をあて、口元を隠すようにして小さな声で答えた。


「扉は閉めてたよ」

「え?生徒会室の扉は、外からシステム、中は閉めれば勝手に施錠される仕組み。解錠できるのは、理事長先生と教師陣、そしてわたくしたち生徒会役員。壊れた可能性があるなら、調べさせようかしら」

「いや。必要ない」

「必要ないって……。システム施錠にしたのは、あの美神メイシェンが誰彼構わず連れ込まないようにすることのほか、貴方にちょっかいを出す生徒を拒むためでしょう。機能しないのは、後々面倒なのですわ」

「そういう意味じゃない。あれは、勝手に鍵が外れたんだ。そしておまけに、扉が勝手に開いた」

「じゃあ、キティがドアを開けて入ってきたわけじゃ」

「そうじゃない。おれ達がこう表現するのは似合わないかもしれないが、ポルターガイストみたいだった」


 突如ひとりでに扉が開いたことに驚き、着替えの手を止めてそちらを見たら、間もなく彼女が飛び込んできた。開いたと言っても彼女の体の幅ほどではなかったため、多少扉は彼女が開けたのだが、あの状況がまるで、彼女を招き入れるために起こったと思わせた。


「ラン。きっときみも他の子たちも気づいてると思うが、彼女は多分特殊だ。何かがある」

「……ええ。そうでしょうね」

「そもそもこの敷地内は、理事長が結界を用意していて、害意のある小物は入ってきにくい。行事で外から人が来る今日みたいな日は、念入りに普段より強化されているはずだ」

「もちろんですわ。一般の生徒や保護者が巻き込まれたり、気づかれたりしてはいけませんもの」


 陰陽部は一般公開されていない、秘密裏の学科だ。普通科は別として、基本的には怪異などその道のことを知らなければ、学科の存在がわからず選ぶことが出来ない。


「それなのに、だ。早々に、彼女は怪異に遭遇した。あの焼死体は、彼女を追い回していたんだ。隠れていたところを探すほど、執着していた。もしかすると、普通の霊武科霊術科生徒では、護衛が厳しいかもしれないと思う。教師あたりに怪異を手招きした裏切り者がいたか、外から何者かがあれを無理に送り込んできたか、それとも怪異の方が、彼女に寄せられて力任せに入り込んできたかわからないが」

「どの予測も、嫌なものですわね」

「ああ、そうだ。是非ともたまたま入り込んできたと思いたい。これは、教師に報告しなければならないだろうな」

「貴方が、生徒会室の天井や壁を焼いて破壊したのですから、修理のお願いをするのに、どのみち報告案件ですわよ。施錠システムが破壊されなかったのは、幸いですわ」

「あぁ……。まあ、そうだな。そこまで派手にするつもりはなかったんだが」

「結果派手になったのですから、仕方ないでしょう?」


 はぁーと、高久は大きくため息をついたあと、美蘭と並んで歩き出した。

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