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第3話 穂社 いのり

「私は、穂社ほやしろ いのり。一年です。天翔さんと香炉さん方と一緒の」

「天翔さんじゃ姉上もいるし、僕のことはミカミで構わないよ。メイシェンは言い難いし、可愛い女の子に呼んでもらえたら、僕もテンション上がるからね!双子ちゃんだって、僕らは下の名前で呼んでるんだ」

「はぁ」


 本当にミカミのペースには、すぐ巻き込まれる。


 (ミカミの、初対面でも相手の壁を登って手を振ってくる感じ。前から仲良しだったみたいな距離感で話しかけて、人をたらしとるんやろな)


 コホン。軽く咳払いで気を取り直し、皆の顔を見る。


「みなさまは生徒会の方なんですよね」


 全員が同時に頷いた。


「入学式の席には、おったんですよ」


 確かに生徒会長から指摘された通り、真面目な態度ではなかったにしろ。


「入学式の挨拶してた生徒会長、違う人やった気がするとですけど」


 挨拶中は居眠りしていたが、目が覚めた時に舞台から降りる姿を見ている。黒髪に、眼鏡をかけた人だったと思う。学科によって色が変わる制服も、目の前にいる生徒会長のものと違うような。


 予測としては、このように考えられる。

①理由は分からないが、変装していた。

②本当は生徒会長ではない(そうだとしたら、ここの全員が生徒会の人ではなく、全員に騙されてる可能性もある)。

③入学式で生徒会長の挨拶をした人は、代理だった。

④そもそも自分の記憶違い。


「何か難しく考えているようですけれど、高久は間違いなく生徒会長ですわよ。それに、ここは生徒会室ですし」

「この学校、生徒会は二つ組織されていて、それぞれに役員もいるんだ」


 美蘭先輩の返事に、ミカミが補足した。二つも生徒会があったら、縄張りや方針の違いで揉めたりしないのか気になるところだ。でもそれは一旦横に置いておく。


「あと、さ……参謀科?とか他の学科は何するとですか?よく聞き取れんかったんですけど」


 知っていた言葉で、唯一聞き取れた学科を出す。


「霊武科と霊術科のこと?」

「それ!」


 思わずミカミに右人差し指を向け、その後失礼なことをしたと気づいてすぐ手を下ろした。


「何って、参謀科も含めて全て退魔たいまだが」

「え?……えっっっ!?」


 生徒会長の当たり前だと言わんばかり物言いに衝撃を受けた。た?たいまって今言うた?両手で頭を抱える。


(なっ、何なんこの学校!なんちゅー学科があると!?子どもに何ばさせる気よ!私、とんでもない学校選んでしまったっちゃないと!?どーしよぉおお!)


 表情が引き攣っていたのだろう。会長を除いた私の考えが分かった面々は、腰に手を当てる、腕を組んだり片手を額や頭に当てたりして、半目の呆れ顔で会長を見る。


「違法薬物に関わってると思われてるようですが。会長は説明不足です。と莉桜が言ってます」


  初めて莉久が喋った。静かだが、ミカミに比べて声に幼さが残っているように聞こえた。


「どうしたらそういう漢字変換になる」


 会長が呆れ混じりの怪訝な顔をした。何か私が変なことを言ったような感じを受ける。


「きみもこちらの学部だろう」

「私は普通科です」

「どっちの」


  (どっちのて変なこと聞くわ)


 答えに迷ってしまう。普通科は普通科である。一般的な高校の授業を受けて、その後、進学する人が大半の学科。商業科がある以上、就職を最初から視野に入れている生徒は、資格取得がメインの商業科に行くであろう。


「なるほど。こちらの意図が分からず、困っているか。では、質問を変えよう」


 返答がなかったことから、会長はそう言った。


「当校の受験は推薦ではなく、専願あるいは一般でいいか?」

「はい。専願で受けました」

「入試問題の用紙の他、筆記用具も当校で用意していたはずだ」


 確かにそうだ。受験の教室に入った時、既に鉛筆三本と消しゴムが置いてあった。落として折れても大丈夫なように、電動の鉛筆削りも試験官が教卓に置いて用意していた。それで入試問題に取り掛かる前、自分の筆記用具はカバンに入れておくように言われた。当時は至れり尽くせりだと思ったのだが。


「試験問題、氏名記入欄の他何があったか覚えているか」

「受験番号を書くところと、……です」


 受験番号の先を言おうとして、咄嗟にやめた。あの時緊張していて、忘れていたことがある。


 試験と試験の合間の休憩時間、他の受験者たちの声が聞こえてきた。


『なんかさ、名前と受験番号記入欄の他に、変な空欄があったよね?』

『あったあったー』

『あれ何?プリントミス?』

『そんなわけないよ。入試問題だよ』

『だよねー』


 生年月日欄だったはずだ。最初の現代文古文の入試のとき、何も考えずに書いてしまった。


 (他の人には見えてない?)


 他者に見えない何かに関わると、ろくな事がない。提出してしまったものは取り消せないため、その後の数学から先は記入しないことにしたのだ。すっかり忘れていた。


 きっと彼らは、私と同じ「見える人」だ。それでも言いかけてやめたのは、極力変なことを言わないようにしてきた長年の癖だ。


 (彼らが例え「私と同じ人」たちであったとしても、できるだけ普通の人でいたいんよ、私は)


「はぁ。……まあいい。筆記具は何があった」


 隠し方が不自然だったせいか、かなり疑わしい目を向けられたが次の質問が来た。


「鉛筆三本と消しゴム。……定規はなかったと思います」


 その答えを聞いて会長が腕を組み、自信ありげに口角を上げた。


「間違いない。きみはこちら側――陰陽いんよう部だ」


  (何て?)


「ちょ、まっ、ちょっと待ってくださいよ!」

「某キ〇タクみたいなセリフだな」

「それは『ちょ、待てよ』やろがい!ってそうじゃなかぁ!何なんですか、その陰陽って」

「怪異対応専門の学科。きみにも分かりやすく言うと、対幽霊や対妖怪のような、一般的にわけのわからないものや事象に対応するためのものだ。もちろん、所属生徒は全員『見える』」

「私、陰陽部なんて選んでなかですよ」

「だが生年月日欄が見えていた」


 (ばれとる)


「さらに、二本配布されていたはずの筆記具が、三本あったという」

「見間違った……いや、記憶違いです!」

「あの筆記具は、特殊加工がされている。霊力があるものが持つと、反応して筆跡に霊力が混じる。マークシートの回答を見る時に、特殊な機械にかけて判別させてるはずだ」


 それを聞いて両膝から崩れ落ち、床に両手をついて四つん這いの状態になって、頭を垂れた。


(入試が完全に罠やんけ。逃げ場なしやんか……)


 ミカミがしゃがみ、横から「大丈夫?」と声をかけてくれる。すぐに気を取り直し、自力で立ち上がる。それを見て、ミカミも立ち上がった。


 霊力云々は全く分からないが、一つだけ確かなことがある。


「本当に普通科なんです!」


 両手を拳にして小さく振りながら、否定する。私は一般人でいたいのだ。それなのに、自ら怪異と関わるような学科と同じ扱いは困る。


「まあ。わたくしたちは、別に貴女を疑っているわけでなくってよ」


 畳まれた扇子を右手に持ち、左手の平の上でポンポンと弾ませながら、それまで黙っていた美蘭先輩が口を挟む。そして、こちらに歩いてきた。空気を撫でるように扇子を優雅にスウッと動かし、私の顎の下に滑り込ませる。


「でも、意地を張るのは感心しなくてよ。可愛いキティ。素直にお認めなさい」


  (ふわぁ……。何かいい匂いがするな)


 彼女の周りに、薔薇や百合でも咲いてそうだ。いい匂いとニコリと微笑む顔の美しさに見とれ、数秒の間思考が停止する。そして、ハッとした。


「キティとは?」


 頭の中に、片耳にリボンをつけた白猫のキャラクターが浮かぶ。


「仔猫という意味。貴女は間違いなく、陰陽部の方の普通科ですわ」

「あの美蘭先輩」

「先輩なんて距離のある呼び方、気に入りませんわ。せめて『美蘭様』に致しなさい」


 なんで様付けとか、どんな距離感という疑問は飲み込んでおいた。


「美蘭様」

「なぁに?キティ」

「陰陽部にも、普通科があるとですか」

「ええ」


 美蘭様と呼んだからか、満足そうに彼女が頷く。私に添えられていた扇子を引っこめ、開いてまた口元を隠す。


「誰しも幼い頃は、怪異を見聞きする力を持っているものなのです。そして人は、年齢とともにその力が薄れていくのが普通。ところが潜在的に強い素質を持った一部の者は、年齢を重ねてもにその力が衰えるどころか、平行線または増すのですわ。――キティ。いい子だから、お口を閉じなさい」


 彼女の話を聞きながら、いつの間にか呆けていたらしい。口を半開きにし、みっともない表情になっていたことに気づき、慌てて口を閉じた。


「素直でよろしくってよ。でも、きちんとお返事ができなかったのは減点ですわ」

「はひ……。すみません」

「姉上がソフトに調教してる」


 ミカミが隣に立っていた会長の腕を指でつついたあと、手を口元に立て、こっそりと言う。私には何と言ったか聞き取れないほどかなり小さな声であったが、美蘭様はすぐに振り返った。天上の神でさえ惚れ惚れしそうな極上の笑み、それに柔らかな声、しかしピシャリと言った。


「お黙りなさい。美神メイシェン

「申し訳ございません!姉上」


 ミカミは両手を顔の横に上げ、姿勢をビシッと正した。


「さて、本題に戻りましょう。わたくし達は、怪異に対する力を残している者。その力は霊力と呼ばれています。霊力を扱うための学科が陰陽部ですわ。もっとも、美神のいる参謀科に関しては、分析及び戦略を学ぶのですけど」


 そこまで聞いて、肩の辺りまで手を挙げてみた。勝手に発言すると、ミカミのような目に遭う気がしたからだ。


「どうぞ。キティ」


 美蘭様から許可が出たので、質問してみる。


「それで、陰陽部普通科は、霊力のどげなことを学ぶとですか?入門とか基礎とか……?」

「怪異についてはさわりだけ。それも一年生の間のみの授業で、あとはほぼ一般の普通科と同じですの」

「ええー!?それ分けてる意味」

「なさそうに思えるよね」


 ミカミが頷く。さすがミカミだ。共感力がある。


「普通科に所属するのは、霊力はあるのに形にできない生徒だ。あとは、将来霊力を活用とした仕事に就くつもりがない者。後者はあまりいないが」


 会長が説明した。


「形?」

「退魔というからには、霊力をもって奴らと対峙して戦う能力だ。でも様々な事情も絡み、中にはその力を思うように発現できない者もいる」

「それって」

「『見える』から絡まれやすいのに、自分で『対処できない』。つまり、身の危険がより大きいということだ」


 常々絡まれては逃げ回り、変なものを撒くか諦めるのを待つしか無かった自分を思い浮かべた。


 (思いっきり私やん)


「ああ!」


 納得して左手のひらの上に、右手の拳を落とした。


「――って、ああ!じゃなか!納得しとる場合ちゃうけ!」

「ノリツッコミかしら?自分で言いましたのに」


 美蘭様が目尻を下げ、扇子の向こうでクスッと笑う。


「自分で何とかできんちゃろ!?」


 両手で頭を抱える。


「それって、現状と何も変わらんってことやん」

「自力ではそうかもしれないな。だが、この学校にはルールがある」


 引き続き、会長が説明を続けた。


「ルールと仰いますと?」

「陰陽部の普通科生徒を庇護対象とし、霊武科や霊術科の生徒が護衛する。そうすれば、護衛側の鍛錬にもなる。座学の授業中は、流石に教師が対処するが」

「なるほど」


 よく出来ている。いくら授業でどれだけ架空の設定をしたところで、実際に怪異と対峙するときは、経験したことの無い想定外なことがあるだろう。そこで、いらぬ能力のせいで身を脅かされる普通科の生徒を護衛することで、実践訓練とするわけだ。


「そういうわけで、校内と寮の敷地内では、普通科の生徒の身の安全が保証される」


( ――ん?校内と寮だけ?)


「じゃあ家から通っとる私って」

「学校の近くまで来ているならともかく、悪いが通学中まで護衛するのは無理だ。あくまで生徒だし、つきっきりではない。雇われてる訳でもないのにそこまですると、護衛側の自由時間が減って不満も出る。それに、庇護側の家の場所が特定されるのも良くない」


 確かにそうだ。身辺警護だけで言えば、庇護者と護衛者が一緒にいるのが望ましい。ただ、お互い人間なわけで、合う合わないがある。そのような状況で、通学も含めて護衛となれば、精神的な悪影響が大きくなるだろう。


 それに、両者とも同性になるとは限らない。例えば、護衛側が庇護者に恋愛を含めた執着感情を持った場合、その家を特定すれば、護衛以外のことに使用される可能性もある。あくまで、護衛側生徒の課外訓練でしかないのだ。


「寮生だって、学校から寮に帰る時、同じタイミングで他の生徒がいれば護衛するだけで、プライベートな外出をした時は、当然護衛つかないよ」


 ミカミが補足した。


「例外はあるけど」

「例外?」

「付き合っちゃえばいいんだよー。そうすれば一緒の時間が増えるし」


 人差し指を前に振りながら、ミカミがにこにこして言う。


「何なら僕と付き合っちゃう?どう?名案じゃない?」

「おやめなさいったら!」

「あいたっ!」


 パシーン!間髪入れずに美蘭様が扇子を畳み、弟の頭を思いきり引っ叩いた。


「息を吐くようにすぐ口説く。油断も隙もあったもんじゃないですわ。穴があったら埋めてやりますのに」


 頭が痛いのか、眉間に皺を寄せ、美蘭様が揃えた指でこめかみを押さえた。


 (埋めるて……。穴があったら入りたいを通り越しとっちゃろか)


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