この世界でやるべき──否、やっておきたいことはただ一つだけ。
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──「
──位置情報を取得中……
*「日野美郷」は現在オフィスにいます。
*接触されますか?
──ええ。今日は出勤日だったのね。だから夜にお食事……まもれなくて申し訳ないわ。
*はい、業務を行っている様子です。
*どのように接触されるおつもりですか?
──一時間後あたり、適当に廊下ですれちがう程度でいいわ。
──そのような操作は可能かしら?
*可能です。
*一時間後に「日野美郷」がオフィスを出るように設定します。
*これは一時的な権限に過ぎません。一回が限界です。
──承知しておりますわ。……大丈夫よ、ただすれちがうだけでいいの。
──二度も彼女に会えるとおもっていなかったから、そのお礼を言うだけよ。
*……承認。
*くれぐれもお気をつけください。相手は一度「異常」に指定された存在です。
*Harmonizerの異常性に気づいた瞬間、彼女も異常判定されます。
──そうならないようにいたしますわ。
*はい。あくまで義務的な忠告です。
──わかっております。
──それでは、一時間後に。
*イエス、レディ。
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「
おなじように「廣川あずみ」として生きるのも。
彼に肉体を返し、意識を吹き返さなければ。時間を巻き戻さなければ。
でも、その前に少しだけでも。
……わかっている、これは我儘だ。AI Systemとして持ってはいけない「感情」だ。
それでも[Glass]が止めないということは、つまり、世界そのものに大きな影響を与えるほどのものではないと判定されているということ。あくまでProgramの範囲内であるということ。
一度「異常」に触れたことがある人間は「異常」を引き寄せやすい体質になる。
だからこそ、今回の行動は止められるとHarmonizerはおもっていた。
だが、認められた。ならば、最小限で最大限のお礼を伝えなければ。
「廣川あずみ」の姿で、Harmonizerは家を出た。
誰もいなくなった部屋の中、異常が消え去った世界が時を巻き戻すまで猶予はそれほど残っていない。
Systemに登録した一時間、それが限界だ。
その時間になれば、世界は自動的に動き出し、歯車を正し、Harmonizerすらも干渉できなくなる。
Harmonizerは会社へ赴き、エレベータを五階ではなく三階で降り、指定の廊下の隙間に隠れ、対象──美郷が歩いてくるのを待つ。
コツコツとヒール音を鳴らしながら歩いてきた美郷がすれちがうその瞬間、Harmonizerは口を開く。聞こえるか聞こえないか、それくらいの小さな声でそっと囁く。
「ありがとう、美郷さん。もう二度と会うことはないけれど、あなたに会えて嬉しかった。どうかおしあわせになってくださいまし」
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*時間です。
*これより世界が閉じます。
──ええ、離脱しましょう。
──返答を承認
──世界からの離脱完了まで3、2、1……
──離脱完了。
*これより観察モードに入ります。
*観察が完了次第、Programの再起動を行います。
──……そうね。
──観察モード開始。正常化した世界を見せてちょうだい。
──承認
──モード変更:監視視点 → 観察視点
*それでは、第一の観察対象の観察を開始します。