次の日の朝。
おれは学校に着くなり、不良に絡まれていた。
昨日おれをカツアゲした挙句(未遂だが)、黒歴史消しゴムを奪った三人組だ。
「昨日の黒い消しゴムさあ、すっげぇいいな。もっと欲しいんだけど」
……どうやら不良は黒歴史消しゴムつかったらしく、小声でそういってくる。
「そういわれても……」
「昨夜、日記つけててさあ、それで黒い消しゴムつかったら、いやな記憶消えてビックリよ」
不良のくせに日記つけてんのか。
「んでさ、いろいろと書いて消したら、記憶ごと消えるからさあ。なんかやべー奴なんだろ、あの消しゴム」
そんなヤベー薬みたいな表現すんな。
「でも」
「つべこべいわずに持ってこい」
不良Bがおれの胸倉をつかんだ。
おれは思わず、「はい……」と返事をしてしまった。
「不良に脅された?」
休み時間に急いで化学準備室Ⅱへ行くと、白衣姿の麗がいた。
事情を話すと、麗はなぜかうれしそうな顔をする。
「そう、だから黒歴史消しゴム、いくつかもらえないか?」
「大量生産できるようになったからいいよ。いくらでもあげる」
「ありがとう。恩に着る!」
「ふふっ」
突然、麗が笑った。
「なんだ、どうしたんだよ」
「おもしろいことになってきたなーって思ってね」
「おれは不良に脅されてるっていうのに……」
「そうじゃなくて、これで黒歴史消しゴムは勝手に広まりそうだなあって思うと、ワクワクしちゃうんだよね」
「相手が不良でもか?」
「まあ、また絡んでくるようならいってよ」
麗はそこまでいうと、開いていた分厚い本をパタンと閉じて続ける。
「その不良たち、社会的に抹消してあげるから」
「なにそれこわい」
「あっ、もちろん発明でね」
麗はにっこり笑う。
「そんな物騒な発明はやめてくれ」
「うん。やんないやんない。うそうそ」
「心がこもってなさすぎるだろ」
おれはそういうと、四つの黒歴史消しゴムを持って、化学準備室Ⅱを出た。
さて。おれは今とても困っている。
昼休みに不良たちに絡まれているからだ。
それだけでも困るのに、なぜか不良たちは、口々にいう。
「おれ、お前に感謝する」
「おれも。マジ感謝」
「サンキューな」
不良三人は、そういって馴れ馴れしくおれの肩を叩いてくる。
なにがあった?
おれは不良にお礼をいわれるようなことなんて……。
なにもしてないけど、したのかもしれない。
既に黒歴史消しゴムで消した記憶なら、覚えているはずがないのだ。
「いやあ、なにをこんなに感謝してんのか、おれもわかんねー」
不良はそういって首をかしげる。
「おれも」と不良B、C。
ますます意味がわからない。
ようやく不良から解放され、廊下を歩く。
首をかしげながら、自動販売機へと向かった。
すると、突然女子数人にざっと囲まれる。
え、なに?
ブレザーのリボンが緑、ということは三年生か。
三年生がおれに何の用だ。
まさか、何もしてないのに痴漢とかいわれないよな。
女子のひとりがおれにいう。
「ねえ、今日、クラスの男子に聞いたんだけど」
「な、なんですか?」
おれがそう尋ねると、女子はキョロキョロとあたりを見回しながら続ける。
「あんた、黒い消しゴム持ってるんだよね?」
「えっ? ああ、はい、まあ」
「それ、ほしいんだけど」
「えっ? あれを、ですか?」
「うん。すっげーいいらしいじゃん。ぶっ飛ぶぐらいの快感だって」
「……そんな効果はないですね」
「その消しゴムつかうと嫌な記憶が消えて、気分爽快だって聞いたけど」
「それはまあ、そうですが」
「八個、用意できない?」
「えぇ。そんなに……」
おれがそういってしぶっていると、女子はおもむろに手を握ってきた。
「ねえ、困ってるの。お願い」
うるうると潤んだ瞳でいわれて、おれは後ずさり。
くっ、ちょっとかわいいとか思ってしまった……。
「ね? わたしも気持ちよくなりたいの」
「やめてください。なにか変な誤解を受けそうな発言です」
「ふーん。強情なんだね」
女子はそういうと、おれから手を離し、それから続ける。
「じゃあ、みんなでアレやっちゃおっか」
「そうしよそうしよ」
女子たちは、そういうとおれの体をがっしりとつかんだ。
なんだ?! なにをされるんだ?
次の瞬間。
「ぎゃああああ~あっはははは~やめてええええ」
おれの情けない叫び声が廊下いっぱいに響く。
三年生女子の無数の手にくすぐられているのだ。
「わかりましたあああもやめてえええ」
「よし。頼んだよ」
三年生女子から解放される。
おれは、よろよろしながらも慌てて逃げだした。
それから麗のところへ行くと、彼女は快く黒歴史消しゴムをくれた。
黒歴史消しゴムを、待ち構えていた三年生女子たちに渡す。
「ありがと」
三年生の女子のひとりが、そういっておれに近づいてくる。
おれは反射的に後ずさり。
またくすぐる気か!
そう思った時。
女子にギュッと抱きしめられる。
香水の香りと、柔らかな体に包まれ、昇天しそうだった。
この記憶は、絶対に消さないでおこう。