目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第20話 マッドサイエンティストvs裏アカ男子

「未来人? なにそれ? アイドルの名前?」

「いや、そのままの意味」

「未来人って、未来からきた、ってこと?」

「そう。これなんだけど」


 青山はそういうと、自分のスマホの画面を見せてくる。

 SNSのアカウントだった。

 そこには、「未来人なギャル」というアカウント名。

 ピンクのヒョウ柄のアイコンに、プロフィールには「天才発明家でーす」と書かれてある。

 ピンクのヒョウ柄に天才発明家、そしてギャル。

 これ麗じゃね?


「この未来人なギャルさんに未来のことを質問するとさ、なんでも答えてくれるんだ」


 そういった青山の頬はほんのりとピンク色。

 なんだか興奮しているらしい。


「……ふーん」

「ほら、今朝、本野に貸した漫画がアニメ化して劇場版の映画にもなって、実写映画、ハリウッド映画、さらには日本を拠点にして、世界のあちこちにあの漫画のテーマパークができるってのも予言してるんだ。しかもそれは――」


 青山は興奮してしばらくしゃべり続けた。


 まさか、本当にあのアカウントが未来人だと信じているのか?

 面白い漫画がアニメ化して、海外でも流行するって、そんなのおれでもいえる。

 ってゆーか、麗のイタズラ用のアカウントだろう。

 そんなふうにいおうかと思ったが。

 青山が楽しそうに語るので、やめておいた。


「でも、もうこの裏アカは使えないな」


 青山がガッカリしたようにいった。


「別にアカウントなんかいくつも作れるだろ」

「このアカウントがバレたってことは、他にアカウントをつくってもどうせバレるよ」

「そもそも隠すようなことしてないだろ?」

「そうだけど……。このアカウントはあくまで『未来人のギャル』さんへの質問用であって、知っている人間に邪魔されたくなかったんだ」


 青山はそこまでいうと、こぶしをぐっと握る。


「そうまでして、このアカウントとのやりとりを大事にしてるのか」

「おれの最近の唯一の楽しみだった」

「まじかよ」


 今度はおれが頭を抱える番だった。


 これは麗の罪がかなり重いのでは?

 ってゆーか、もっと他に楽しみないのかよ!

 まあ、青山は笑いのツボがズレてたし(古傷が痛む)、楽しいという感覚がズレてるのかもな。

 それならそれで、ここはもう責任を取ったほうがいいのでは?

 おれじゃなくて、麗が。


 ため息しか吐き出さなくなった青山を連れて、おれは教室を出た。


「えー。なんで青山くん連れてきてるの?」


 青山と共に、化学準備室Ⅱへ行くと、麗が露骨に嫌な顔をする。

 そういえば、「すべらないリップクリーム」は、青山にだけ効果がないと知ってから、麗はうっすら青山を敵視しているのだ。


「あっ、ごめん、おれ、お邪魔だよね。帰るよ……ってゆーか、土に還る……」


 うつろな目で笑う青山を、おれは慌てて引き留める。


「いや、まてまて。麗はすごいんだ。天才発明家なんだ」

「えっ? そうなの?」


 青山の目に光が戻り、キラキラとした瞳で麗を見る。


「発明? たとえば?」


 青山の質問に、麗はぶっきらぼうに答えていく。


「えーっと、ギャルになれるブレスレットとか、すべらないリップクリームとか、黒歴史消しゴムとか、そういうのは作ったけど」

「なにそれすごいな! おれもぜひ、実験台になりたい!」


 青山はそういって麗にずいっと近づいた。


「えっ、実験台に、なりたい?」


 その時、麗の瞳にも輝きが戻る。

 それからぱあっと笑顔になっていう。


「オッケー! じゃ、まずは『心の洗濯機』つかお!」

「なにそれおもしろそう」


 青山は、躊躇なく洗濯機の中に入っていく。

 こいつ、大丈夫か?

 なんか心配になってきたぞ。

 洗濯機の扉が閉まり、三分で完成。

 扉が開いて、出てきた青山は顔が真っ青だった。


「あれ? 閉所恐怖症だった? ってゆーか、妄想の空間は?」


 麗が聞くと、青山はガタガタと震えながら答える。


「う、宇宙人の集団が、宇宙人の集団がああ!」


 青山は今まで見たことがないほど取り乱していた。


「おい、大丈夫か? それはすべて青山の妄想だ。大丈夫だ、本当の出来事じゃない」


 おれの言葉にようやく青山が落ち着きを取り戻す。


「それで、今の気分は? いいでしょ?」


 麗が聞くと、青山は溜息をつく。


「いや、全然。むしろさっきよりも気分が落ち込んでるくらい」

「えっ? そんな……。この洗濯機で気分が落ち込むはずないのに!」


 麗の言葉に、青山は特大のため息をついたあとでいう。


「松戸さんは、いずれは天才発明家になれるよ。がんばってね」


 青山は化学準備室Ⅱを出て行った。


「わたしは今も天才発明家なんですけどー!」


 おれとふたりきりに戻った部屋で、麗が吠える。 

 それから、洗濯機にこもってしまった。

 どうやらまた青山には、麗の発明の効果はなかったらしい。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?