「未来人? なにそれ? アイドルの名前?」
「いや、そのままの意味」
「未来人って、未来からきた、ってこと?」
「そう。これなんだけど」
青山はそういうと、自分のスマホの画面を見せてくる。
SNSのアカウントだった。
そこには、「未来人なギャル」というアカウント名。
ピンクのヒョウ柄のアイコンに、プロフィールには「天才発明家でーす」と書かれてある。
ピンクのヒョウ柄に天才発明家、そしてギャル。
これ麗じゃね?
「この未来人なギャルさんに未来のことを質問するとさ、なんでも答えてくれるんだ」
そういった青山の頬はほんのりとピンク色。
なんだか興奮しているらしい。
「……ふーん」
「ほら、今朝、本野に貸した漫画がアニメ化して劇場版の映画にもなって、実写映画、ハリウッド映画、さらには日本を拠点にして、世界のあちこちにあの漫画のテーマパークができるってのも予言してるんだ。しかもそれは――」
青山は興奮してしばらくしゃべり続けた。
まさか、本当にあのアカウントが未来人だと信じているのか?
面白い漫画がアニメ化して、海外でも流行するって、そんなのおれでもいえる。
ってゆーか、麗のイタズラ用のアカウントだろう。
そんなふうにいおうかと思ったが。
青山が楽しそうに語るので、やめておいた。
「でも、もうこの裏アカは使えないな」
青山がガッカリしたようにいった。
「別にアカウントなんかいくつも作れるだろ」
「このアカウントがバレたってことは、他にアカウントをつくってもどうせバレるよ」
「そもそも隠すようなことしてないだろ?」
「そうだけど……。このアカウントはあくまで『未来人のギャル』さんへの質問用であって、知っている人間に邪魔されたくなかったんだ」
青山はそこまでいうと、こぶしをぐっと握る。
「そうまでして、このアカウントとのやりとりを大事にしてるのか」
「おれの最近の唯一の楽しみだった」
「まじかよ」
今度はおれが頭を抱える番だった。
これは麗の罪がかなり重いのでは?
ってゆーか、もっと他に楽しみないのかよ!
まあ、青山は笑いのツボがズレてたし(古傷が痛む)、楽しいという感覚がズレてるのかもな。
それならそれで、ここはもう責任を取ったほうがいいのでは?
おれじゃなくて、麗が。
ため息しか吐き出さなくなった青山を連れて、おれは教室を出た。
「えー。なんで青山くん連れてきてるの?」
青山と共に、化学準備室Ⅱへ行くと、麗が露骨に嫌な顔をする。
そういえば、「すべらないリップクリーム」は、青山にだけ効果がないと知ってから、麗はうっすら青山を敵視しているのだ。
「あっ、ごめん、おれ、お邪魔だよね。帰るよ……ってゆーか、土に還る……」
うつろな目で笑う青山を、おれは慌てて引き留める。
「いや、まてまて。麗はすごいんだ。天才発明家なんだ」
「えっ? そうなの?」
青山の目に光が戻り、キラキラとした瞳で麗を見る。
「発明? たとえば?」
青山の質問に、麗はぶっきらぼうに答えていく。
「えーっと、ギャルになれるブレスレットとか、すべらないリップクリームとか、黒歴史消しゴムとか、そういうのは作ったけど」
「なにそれすごいな! おれもぜひ、実験台になりたい!」
青山はそういって麗にずいっと近づいた。
「えっ、実験台に、なりたい?」
その時、麗の瞳にも輝きが戻る。
それからぱあっと笑顔になっていう。
「オッケー! じゃ、まずは『心の洗濯機』つかお!」
「なにそれおもしろそう」
青山は、躊躇なく洗濯機の中に入っていく。
こいつ、大丈夫か?
なんか心配になってきたぞ。
洗濯機の扉が閉まり、三分で完成。
扉が開いて、出てきた青山は顔が真っ青だった。
「あれ? 閉所恐怖症だった? ってゆーか、妄想の空間は?」
麗が聞くと、青山はガタガタと震えながら答える。
「う、宇宙人の集団が、宇宙人の集団がああ!」
青山は今まで見たことがないほど取り乱していた。
「おい、大丈夫か? それはすべて青山の妄想だ。大丈夫だ、本当の出来事じゃない」
おれの言葉にようやく青山が落ち着きを取り戻す。
「それで、今の気分は? いいでしょ?」
麗が聞くと、青山は溜息をつく。
「いや、全然。むしろさっきよりも気分が落ち込んでるくらい」
「えっ? そんな……。この洗濯機で気分が落ち込むはずないのに!」
麗の言葉に、青山は特大のため息をついたあとでいう。
「松戸さんは、いずれは天才発明家になれるよ。がんばってね」
青山は化学準備室Ⅱを出て行った。
「わたしは今も天才発明家なんですけどー!」
おれとふたりきりに戻った部屋で、麗が吠える。
それから、洗濯機にこもってしまった。
どうやらまた青山には、麗の発明の効果はなかったらしい。