その週の土日、おれは死んでいた。
いや、体ではなく心が。
まず、土曜日の午前中早々に担当編集からの電話で起きた。
普段は、土日に電話なんかしてこないから飛び起きた。
何事だと電話に出ると、『あっ、あああ、ごめんなさい。間違えました』とさ。
なーんだ間違い電話かあと思って、そのままおれは簡単な朝食を済ませた。
そして、十時頃に担当からメール。
お世話になっております。
先ほどは間違い電話ですみません。
彼女とデートで浮かれておりまして……。
本当にすみません。
あっ、そうそう。
お預かりしている初稿、いまいちですねー!
赤入れというよりはもう、これは一度、電話かオンライン打ち合わせしましょう。
その辺は月曜に改めて詳細をお伝えします。
それでは、ネズミー楽しんできますね。
よい週末を!
「〇ねよ!」
メールを見た瞬間、おれはシンプルな毒を吐いていた。
担当は、おれに三つのナイフを心臓に刺していったのだ。
一つは、電話は彼女と間違えた。はぁ? ふざけんな。
二つ目は初稿がいまいち? サラッと伝えてくる内容じゃねえ! 気になる!
三つめは彼女とネズミーランドだと?! リア充すぎんなろこらあ!
こんな感じで、おれは担当のメールで午前中早々、屍状態。
ヤケになってその日はゲームをした。
徹夜した。
おかげで日曜日は目が覚めたら昼過ぎだったのだ。
腹が減って、一階へ降りていくと。
廊下でバッタリ会った。
イケメン。
いや、美少女というべきか。
どっちでもいい。
家にいるきれいなきれいな顔立ちの女の子。
それは神崎美織という妹の友人。
忘れるはずがあるまい。
おれは彼女を男の子だと思い込んで喧嘩を売っている。
だけど、ここは兄らしく、高校生らしく、挨拶をするのだ。
「あっ、あっ、か、かんじゃきしゃん」
噛んだ。
当の神崎さんはうつむいている。
肩がかすかに揺れていた。
笑っているのだ。
かあっと顔が熱くなる。
「こんにちは。お邪魔してます」
神崎さんはそうって、ぺこりとお辞儀をするとリビングの方へ。
すると入れ替わりで妹がリビングから出てくる。
そしておれを見て、顔をひきつらせた。
「おにい……。その姿でうろうろしないで……」
妹はそういいおえると、洗面所を指さす。
洗面所の鏡を見たおれは声にならない声をあげた。
博士が実験に失敗して爆発した時の髪型だ。
つまり、寝癖がすごい。ひどい。
おまけに頬には白い筋。これはよだれの痕だ。最悪だ。
寝巻変わりのトレーナーは毛玉と皺だらけ、ズボンは裾が破れている。
確かにこれは、人前に出る格好ではない。
噛んだことよりも、この格好で挨拶をしようとしたことのほうが恥ずかしい。
おれはバシャバシャと顔を洗い、頑固な寝癖を直すのを途中であきらめて、また部屋にこもった。
あーあ、こんな時、あの洗濯機に入れたらなあ。
こんな地獄みたいな気分、吹き飛ばしてくれるのに。
今はあの洗濯機はどこにもないのだ。
麗が、「改造する!」といって、家に持ち帰った。
窓の外を覗いて、隣の家を見る。
隣の家の庭には、離れの家があり、そこが麗の実験室兼自室。
そして、実験室の灯りは、昨日も今日もついている。
おまけに奇妙な音がしていた。
改造ってなにやってんだろうなあ。
別にあのままで良かったのに。
「はあ、早く改造終わらせて使わせてくれないかなあ」
おれはため息とともに、カーテンを閉めた。
月曜日、目覚めたのは朝の五時半だった。
窓の外はまだ薄暗いが、おれは学校へ行く準備を始める。
先週からまたそろって出張した両親に代わって、おれと妹が食事をつくるわけだが。
幸い、今日のご飯当番は朝が妹、晩がおれだ。
念のため、キッチンで当番表を確認すると、昨日回した紙製のルーレット(妹作)の矢印は、「おにい」が晩御飯、「栞」が朝食となっている。
それにしてもこのルーレット、「おにい」の面積多くね?
まあいいけど。
おれは大量に買ってある家族共有の菓子パン棚から、焼きそばパンとコロッケパンと、それからメロンパンを取り出す。
焼きそばパンとコロッケパンは昼の分、メロンパンは今。
それからインスタントコーヒーでカフェオレを二人分つくった。
猫の顔の形のマグカップは、妹の。
まだ妹は起きてこない。
まだ六時前だから無理もないだろう。
おれは、妹のマグカップに埃防止の蓋をして、メロンパンをかじる。
妹はかなりの猫舌で、「熱々のカフェオレが冷めたころ合いが大好き」とかいっている。
我が妹ながら、ちょっと変わっているなと思う。
はあ、とため息をひとつ。
あーあ、それにしても……。
なんだろうな、この漠然とした不安が襲ってくるような感覚は……。
毎朝、毎朝、こんな感じ。
意味もなく消えたいとすら思う。
それは寒さのせいか、それともストレスが蓄積しているのか……。
まあ、昨日のあれこれはストレスといえばストレスか。
「学生でこんな状態なのに、社会人になったらどうなるんだよ」
おれはそういい終えたところで、メロンパンを食べ終えてカフェオレを一気飲み。
洗面所で寝癖を確認。
大丈夫だ、爆発してない。
おれは顔だけ洗うと、急いで家を出た。
早く麗に会いたい。
いや、そうやっていうと恋する男みたいだが……。
麗というか、あの洗濯機に会いたい。
使わせてほしい。