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第21話 灰色の青春に逆戻り

 その週の土日、おれは死んでいた。

 いや、体ではなく心が。


 まず、土曜日の午前中早々に担当編集からの電話で起きた。

 普段は、土日に電話なんかしてこないから飛び起きた。


 何事だと電話に出ると、『あっ、あああ、ごめんなさい。間違えました』とさ。

 なーんだ間違い電話かあと思って、そのままおれは簡単な朝食を済ませた。

 そして、十時頃に担当からメール。


  お世話になっております。

  先ほどは間違い電話ですみません。

  彼女とデートで浮かれておりまして……。

  本当にすみません。

  あっ、そうそう。

  お預かりしている初稿、いまいちですねー!

  赤入れというよりはもう、これは一度、電話かオンライン打ち合わせしましょう。

  その辺は月曜に改めて詳細をお伝えします。

  それでは、ネズミー楽しんできますね。

  よい週末を!



「〇ねよ!」


 メールを見た瞬間、おれはシンプルな毒を吐いていた。


 担当は、おれに三つのナイフを心臓に刺していったのだ。

 一つは、電話は彼女と間違えた。はぁ? ふざけんな。

 二つ目は初稿がいまいち? サラッと伝えてくる内容じゃねえ! 気になる!

 三つめは彼女とネズミーランドだと?! リア充すぎんなろこらあ!


 こんな感じで、おれは担当のメールで午前中早々、屍状態。


 ヤケになってその日はゲームをした。

 徹夜した。


 おかげで日曜日は目が覚めたら昼過ぎだったのだ。

 腹が減って、一階へ降りていくと。

 廊下でバッタリ会った。


 イケメン。

 いや、美少女というべきか。

 どっちでもいい。

 家にいるきれいなきれいな顔立ちの女の子。

 それは神崎美織という妹の友人。

 忘れるはずがあるまい。

 おれは彼女を男の子だと思い込んで喧嘩を売っている。

 だけど、ここは兄らしく、高校生らしく、挨拶をするのだ。


「あっ、あっ、か、かんじゃきしゃん」


 噛んだ。

 当の神崎さんはうつむいている。

 肩がかすかに揺れていた。

 笑っているのだ。

 かあっと顔が熱くなる。


「こんにちは。お邪魔してます」


 神崎さんはそうって、ぺこりとお辞儀をするとリビングの方へ。

 すると入れ替わりで妹がリビングから出てくる。

 そしておれを見て、顔をひきつらせた。


「おにい……。その姿でうろうろしないで……」


 妹はそういいおえると、洗面所を指さす。


 洗面所の鏡を見たおれは声にならない声をあげた。

 博士が実験に失敗して爆発した時の髪型だ。

 つまり、寝癖がすごい。ひどい。

 おまけに頬には白い筋。これはよだれの痕だ。最悪だ。

 寝巻変わりのトレーナーは毛玉と皺だらけ、ズボンは裾が破れている。

 確かにこれは、人前に出る格好ではない。


 噛んだことよりも、この格好で挨拶をしようとしたことのほうが恥ずかしい。

 おれはバシャバシャと顔を洗い、頑固な寝癖を直すのを途中であきらめて、また部屋にこもった。


 あーあ、こんな時、あの洗濯機に入れたらなあ。

 こんな地獄みたいな気分、吹き飛ばしてくれるのに。

 今はあの洗濯機はどこにもないのだ。

 麗が、「改造する!」といって、家に持ち帰った。


 窓の外を覗いて、隣の家を見る。

 隣の家の庭には、離れの家があり、そこが麗の実験室兼自室。

 そして、実験室の灯りは、昨日も今日もついている。

 おまけに奇妙な音がしていた。

 改造ってなにやってんだろうなあ。

 別にあのままで良かったのに。


「はあ、早く改造終わらせて使わせてくれないかなあ」


 おれはため息とともに、カーテンを閉めた。


 月曜日、目覚めたのは朝の五時半だった。

 窓の外はまだ薄暗いが、おれは学校へ行く準備を始める。

 先週からまたそろって出張した両親に代わって、おれと妹が食事をつくるわけだが。

 幸い、今日のご飯当番は朝が妹、晩がおれだ。


 念のため、キッチンで当番表を確認すると、昨日回した紙製のルーレット(妹作)の矢印は、「おにい」が晩御飯、「栞」が朝食となっている。

 それにしてもこのルーレット、「おにい」の面積多くね?

 まあいいけど。


 おれは大量に買ってある家族共有の菓子パン棚から、焼きそばパンとコロッケパンと、それからメロンパンを取り出す。

 焼きそばパンとコロッケパンは昼の分、メロンパンは今。

 それからインスタントコーヒーでカフェオレを二人分つくった。

 猫の顔の形のマグカップは、妹の。

 まだ妹は起きてこない。

 まだ六時前だから無理もないだろう。


 おれは、妹のマグカップに埃防止の蓋をして、メロンパンをかじる。

 妹はかなりの猫舌で、「熱々のカフェオレが冷めたころ合いが大好き」とかいっている。

 我が妹ながら、ちょっと変わっているなと思う。


 はあ、とため息をひとつ。

 あーあ、それにしても……。

 なんだろうな、この漠然とした不安が襲ってくるような感覚は……。

 毎朝、毎朝、こんな感じ。

 意味もなく消えたいとすら思う。

 それは寒さのせいか、それともストレスが蓄積しているのか……。

 まあ、昨日のあれこれはストレスといえばストレスか。


「学生でこんな状態なのに、社会人になったらどうなるんだよ」


 おれはそういい終えたところで、メロンパンを食べ終えてカフェオレを一気飲み。 


 洗面所で寝癖を確認。

 大丈夫だ、爆発してない。

 おれは顔だけ洗うと、急いで家を出た。

 早く麗に会いたい。

 いや、そうやっていうと恋する男みたいだが……。

 麗というか、あの洗濯機に会いたい。

 使わせてほしい。

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