それはいつもと同じ帰り道。俺は家に着いたら今ハマっているVRMMO『シャインワールド』のダンジョン攻略を進めようとウキウキしていた。
しかし。
「うぐっ!?」
俺は突如後ろから伸びてきた手に鼻と口を塞がれた。手にはハンカチが当てられている。
これはマズい……!
そう思ったときには俺の身体はぐらりと揺れ、意識は遠くなっていた。
* * *
「ハッ!?」
目を開けると、知らない天井が目に入った。
いや、天井というよりも……。
「……洞窟?」
見えるのは人間の作った人工的な天井ではなく、自然の生み出した土の天井だった。
寝ていた身体を起き上がらせてみる。
どこも縛られてはいないようだ。
辺りを見渡すと、俺と同じように寝ている人や不思議そうな顔できょろきょろとしている人たちがいる。
しかしどうにもおかしい。
全員の髪色や服装が、とても現代日本のものとは思えないのだ。
俺は一体どこに拉致されたのだろう。
「そうだ、拉致されたんだ!」
意味の分からない状況に唖然としていたが、早くここから逃げなくては。
洞窟の入り口を確認すると、入り口付近には槍を持った屈強な戦士を思わせる男が二人立っていた。
きっと見張りの役割を担っているのだろう。
「いやいや槍って……本当にここはどこなんだよ」
しかし、あれ。
あの槍には見覚えがあるような気がする。
それによく見ると、この洞窟にも見覚えがある。
「……えっ、ダンジョン?」
そう、ここは俺が最近ハマっているVRMMO『シャインワールド』のダンジョンの入り口にそっくりなのだ。
「俺は拉致されたんじゃなくて、ただ夢を見てるのか?」
自身の頬をつねってみる。痛くはない。
「なーんだ、ただの夢か。俺、『シャインワールド』をしながら寝ちゃったのかな」
よく見ると俺自身も『シャインワールド』のキャラクターの服装をしている。何故かいつも使っているキャラの装備ではなく初期の装備だが。まあ夢なんて適当な作りをしているからどうでもいい。
とにかくただの夢なら起きればいいだけだ。
……と思った、そのとき。
『みなさ~ん、お目覚めですかあ~?』
どこからか大きな声が聞こえてきた。
周囲を確認したが、ここにいる誰かが喋っているわけではなさそうだ。
入り口付近にいる見張りたちにも声を出している様子は無い。
『近くにまだ眠ってる人がいたら、起こしてあげてくださいねえ~。これから、と~っても大事な話をしますのでえ~』
どこかにスピーカーでも付いているのかと確認したものの、そういったものは見当たらない。
ゲームのアナウンスだろうか。それにしてはアナウンスらしくない人を小馬鹿にしたような喋り方だが。
夢の中ならこういう不思議なことも起こるか、と納得をしようとすると、それを見越したようにまたアナウンスが聞こえてきた。
『もしかしてここが夢の中だとでも思ってますう~? 違いますよお~? みなさんは拉致されてここに連れて来られたんですよお~?』
拉致という単語にドキリとする。
俺には後ろから回された手に口を押さえられた記憶がある。その際に何かを染み込ませたハンカチを嗅がされて……。
『さっそくですがあ~、みなさんには、このダンジョンを踏破してもらいたいと思いま~す! なんでってえ~? そういう企画だからで~す。とある遊び心のある主催者さんが、みなさんをゲームに送り込んだわけですよお~』
ここまで全員が黙って聞いていたが、勇気のある一人の男がアナウンスに向かって怒鳴った。
「ここがゲームの世界だって言うなら、なんで俺たちを拉致したんだよ! んなことする必要ねえだろ!」
『おやおや、活きが良いですねえ~。元気よく質問できたので、特別に教えてあげましょ~う! どうして拉致したのかと言うと、みなさんの身体を手中に収めるためで~す』
「俺たちの身体を!? お前、変態か!?」
身体を手中に収められていると告げられた直後に言い返すなんて度胸がある。
この男以外の人間はただ男とアナウンスのやりとりを黙って聞いている。
俺もその中の一人だ。
状況が分からない以上、下手に動くことは出来ない。
『変態ですかあ~。普通の人以上にスリルを求めるという点では、ワタシは変態と言えるかもしれませんねえ~? だって脱落した参加者のことは、殺しちゃうんですからあ~』
「殺す!?」
突然の殺害宣言に全員がざわつく。
もしかすると全員に、俺と同じような拉致をされた記憶があるのかもしれない。
『ほら、普通にゲームをプレイするだけじゃ刺激が足りないでしょお~? だからペナルティは設定しておきませんとお~』
ペナルティが死というのは、あまりにも極端な話だ。
死……もしかしてこれは今流行りのデスゲームというやつなのだろうか。
そんなものに参加するなんて絶対にごめんだ!
「僕は参加しません!」
俺と同じことを思ったのだろう一人の勇気あるもしくは臆病な男が、一目散にダンジョンの入り口へと走って行った。
すると。
「……え?」
男は入り口を守っている見張りによって、心臓を一突きにされた。
すぐに男の身体は地面に倒れて動かなくなる。
ゲームオーバーのため、プレイヤーがゲームから強制ログアウトされたのだろう。
『まだ説明の途中なのに、せっかちさんですねえ~。きちんとゲームをスタートしてからはダンジョンから出るのも自由ですけど、今は説明を聞く時間ですよお~? 良い子にお話を聞いてくださいねえ~?』
あまりの出来事に、全員がざわついた。
「あの。私たち、ゲームオーバーになったらどうなるんですか?」
少しして、ビクビクしながら一人の女がアナウンスに尋ねた。
『さっきお伝えした通り、脱落者には死んでもらいま~す。ゲームからログアウトした人は脱落で~す。ゲームオーバーでログアウトをしても、自らログアウトをしても、「死」で~す! つまり彼は最初の脱落者、死亡者で~す』
死という単語にまたプレイヤーたちがざわつく。
『ああ、先走って死んだ彼のせいで説明の順番が狂っちゃいましたねえ~。仕切り直して、ゲームの説明をしていきますよお~』
アナウンスは一つ咳払いをすると、ゲームの説明を始めた。
『みなさんには、このダンジョンを踏破して頂きたいと思っておりま~す。ただしダンジョンをクリア出来るのは最初の一組のパーティーのみで、残りの参加者には死んでもらいま~す。ちなみにパーティー契約は、参加者同士で手を繋いで「パーティー契約」と言うだけで~す。みなさんはご存知でしょうがねえ~』
勝ち残りは一組のみ、か。
ますますデスゲーム染みてきた。
『なおみなさんの見た目は『シャインワールド』のキャラクターをランダムに割り振ってま~す。見た目だけじゃなくて職業もランダムですので、確認してみてくださいねえ~』
参加者たちが一斉にステータスを確認し始めた。
『シャインワールド』では、プレイヤーが「ステータスオープン」と唱えると、自身の使用しているキャラクターのステータス画面が表示されるのだ。
「ステータスオープン」
俺も他の参加者たちと同じようにステータス画面を表示させた。
俺の職業は弓使いのアーチャー、レベルは10、装備は初期装備。
『全員、装備は初期装備、レベルは10で揃えてありますからねえ~。上手く進めばダンジョンをクリア出来るラインですよお~。ちょ~っと難しいですが、みなさんなら可能性はゼロじゃないはずで~す』