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異世界姉妹と死ぬ方法
異世界姉妹と死ぬ方法
スギモトトオル
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年07月13日
公開日
2万字
連載中
追手から逃れ、命からがら飛び込んだ〈転移の窓〉で辿り着いた先は―――― ――東京だった。 異世界から逃げ帰って来た主人公クサナギは、一緒に連れて来てしまった二人の姉妹を元の世界へ返すべく奔走する。 しかし、その最中に謎の襲撃を受け、クサナギは選択を迫られることとなった。 自分の身を守り姉妹を放り出すか、それとも…… 「決めた。俺はお前たちと運命を共にしてやる。元の世界に帰すまでは、いいか、死ぬときは一緒に死んでやるよ」 東京を舞台に魔法とドラゴンが火花を散らすバトルファンタジー!

第一章

第1話 異世界から帰還した男

「クサナギ! 手を掴んで!」

 叫び声とともにイエルの手が伸ばされる。目を開け続けるのすら難しい魔力の暴風が吹き荒れる中、クサナギは足を踏み出し、その白い手の平へ懸命に腕を伸ばした。

「イエル!! くそっ!!」

 全身に受ける圧力に押し戻されそうになりながらも、クサナギはその手を掴んだ。そのまま引き寄せられ、イエルの隣に辿り着く。

 頭一つ分背の低いイエルの顔がクサナギのすぐ間近に来た。口を引き結んだ真剣な表情。長い銀髪がなびいて顔に掛かるのを押さえる余裕もない。

 謎の襲撃者たちから逃げてきて、辿り着いた遺跡の奥。ここはその最奥、行き止まりの部屋だった。

 部屋の奥には、イエルが起動した〈転移の窓〉が虚空にその口を開いている。

 足元の魔法陣が青白く光り、辺りに吹き荒れる魔力の奔流が、魔法の能力の無いクサナギにも感じられる。

「お姉ちゃん、クサナギさん!」

 クサナギの背中にしがみついていたリセが、足を引きずりながら前へ出て二人と並ぶ。肩までの栗毛が魔力の風で乱れ、たなびいている。

 胸の前で不安げに組まれた両手が、ちらつく青い光の中で震えているようだった。

「大丈夫だ、リセ。とにかく今はここから逃げ出すぞ」

 クサナギの言葉にリセが小さく頷く。

 通路の奥から複数の怒鳴り声が響いた。

「おい! 向こうから異常な魔力が吹きこんでいるぞ!」

「奴らだ! ええい、何をする気か知らんが、その前に捕らえろ!!」

 飛び交う号令と靴音が、洞窟に作られた遺跡にこだまする。クサナギ達をここまで追い詰めた連中がそこまで迫っている。

 迷っている暇はなかった。

「行こう」

 クサナギは二人の顔を交互に見て、手を握り直す。イエルが緊張の面持ちで頷き、遅れてリセも小さく従う。

 イエルが片手を石板にかざし、何か念じる。すると、石板の周囲から発していた魔力の奔流が一層強くなり、勢いが増した。

「……来た!」

 目の前に開いていた空間の裂け目が一層強く魔力を吐き出し始め、その内側が深く深く光を飲み込む穴へと変わっていく。

「開ききったわ!」

 イエルの叫び声。穴は、光の中に浮かぶ漆黒の姿見のようにその口を開いている。

「行くわよ! 手を繋いで!!」

「ああ!!」

 魔力の圧が風鳴りのようにうるさく、大声で怒鳴らないと会話が出来ない。背後で追手がどのくらいまで迫って来ているかも分からない。

 クサナギが手錠で左右の手首が繋がった状態の手を差し出す。

 リセがその片方を握り、反対の手をイエルが取る。

 身体が飛ばされそうな魔力の奔流の中、それでもしっかりとクサナギはイエルとリセと頷きあった。

「飛び込んで!!」

 三人はイエルの合図とともに一気に身体を空間の裂け目へと投げ出した。

「うををおおおおっ!!!!」

 穴の中は、凄まじい魔力の嵐の真っ只中だった。

 ものすごい力によって身体がもみくちゃにされ、自分の身体がどこを向いているのさえ分からなくなる。

 吸い込まれるような、それとも押し返されるような。魔力が吹き荒れる中で必死に、とにかく前に進もうとする。

 夢の中で階段を登っていくような、それとも沼に沈み込んでいくような手応えの無さの中、クサナギは両手に感じる姉妹の存在を決して離さないよう握りしめながら、どこともしれないこの空間からの出口を求め続けた。

 無我夢中で、泥水の中をかき分けるように、濁流に逆らうように、前へ、前へと。

 そのうちに、ふと、いつの間にか踏み込んだ足の手応えが無くなっていた。クサナギは突然、強烈な魔力の奔流の中から弾かれるように放り出された。


――――気が付いたら風を感じなくなっていた。

 クサナギは目を開く。

 地面に倒れ込んでいる。硬い床だ。何かの建物の中だろうか。

「う〜ん……」

「いたた……」

 両隣にはイエルとリセの姉妹が、同じように投げ出されたようにうつ伏せで横たわっている。握っていたはずの手は、どちらとも離れていた。

「大丈夫か、二人とも……」

 声をかけながらクサナギはゆっくり立ち上がる。ひどい濁流の中を流されてきたような感覚だったが、体に怪我や異常は無いようだ。

 くらくらする頭を支えながらクサナギが辺りを見やると、どうやら屋外らしく頭上にほの明るい空が広がっているのが分かった。

 灰色の地面。平らで、広く、そして四角い。縁には手すりが巡らされていて……

「石造りじゃない……? おい……これコンクリートじゃねえか」

 クサナギは思わず跪いて足の下のコンクリートに触る。ひどく懐かしい触り心地だった。よく見慣れた素材であり、そして、しばらくの間まったく無縁となっていた物だ。

「嘘だろ……」

 クサナギは驚愕に目を見開いていた。

 まさか、こんな風に帰ってくる事になるなんて。

 思わず喉が鳴る。

 手すりに近づいて、朝焼けに包まれる眩しい景色を見た。それは、何でもない街の風景。だけど、ずっと焦がれていたもの。

「東京、だ……」

 広がる住宅街。無数の電柱と電線。張り巡らされたアスファルトの道路。私鉄の高架。遠くに望む新宿の摩天楼。

「帰ってきた、のか……」

 呟くようにしか言葉が出ない。

 離れていたのはわずか二年のはずだったが、強烈に懐かしかった。

 ただ溜息を漏らして立ち尽くすばかりのクサナギの前に、燃えるような暁の色に染まった東京の街が広がっている。

「東京に、帰って来れた……」


 二年前、異世界へと召喚されたのは突然のことだった。

 向こうの世界の都合に振り回され、大変な想いも危険な経験もした。

 そして今、どういう訳か再びこの東京に戻って来ることが出来たらしい。念願かなって、しかしこんな風に突然に。

「どうしたの、クサナギ……」

「ここ、どこ……」

 背後でイエルとリセが起き上がる気配がする。

 その声で振り返り、クサナギはそこでようやく、ただ帰って来ただけではない、という事実に気が付いた。

 そう、確かにこの世界に帰って来ることができた。ただし、それは元の通りではない。

 いま、クサナギは異世界から二人の姉妹を引き連れて、この地まで転移してきたのだ。


 魔法もドラゴンもないこの東京で、どうやって生きていく? どうやって二人を元の世界に帰すというのだろう?


〈続く〉


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