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第10話 恋人のフリ


 連れていかれたのは創作料理の店で、席は全て半個室になっている。

 オシャレな店内にちょっと驚いていると、ここは圭司の親が経営している店のひとつだと教えられた。そして圭司が企画立案して作った店でもあると言われ驚く。


「いいだろこの店。最近はこういうちょっと特別な雰囲気を味わえる店がうけているんだよな。半個室だから話しやすいかと思ってここにしたんだ」

「うん、素敵だね。女子会でここチョイスしたらすっごく喜ばれそう。圭司はもうこんなすごい仕事をしてるんだ。すごいなあ」

 半円の珍しいソファに座ると、圭司のおススメだという季節のフルーツカクテルを頼んだ。他に食べ物をいくつか注文してから乾杯すると、気が付けば圭司がすぐ隣に座ってお互いの肩が触れている。そういえば、向かい合う席じゃないからカップルシートみたいだな……と思うとちょっと恥ずかしくなってきた。


「恋人とは、こーやってくっついて座りたいだろ? だからこのソファは俺のこだわり」


 するりと腰に手を回されて、ひゃっと声が出てしまう。女子会向けかと思ったが、確かにこれはカップルが喜ぶなと変に納得する。


「そ、そういえば圭司は今彼女いないんだよね? すごいモテそうなのに……。もしかして、特定の彼女は作らないようにしているの?」

「うーん、まあ。色々思うところあってさ。それに今仕事が楽しいし」


 ふいと目を逸らされた。あまり聞かれたくない話題なのだろうと思い、届いた飲み物の話に切り替える。


「ねえ、このフルーツカクテル色がすごく奇麗。下にあるのはゼリー?」

「そう。見た目キレイで映えるだろ? デザートっぽいし。俺が飲んでいるやつには、凍らせた果物を氷の代わりにいれてるの。ま、よくある映えドリンクだけど、実際味まで美味しいのって意外とないんだよ。見た目と味両方で満足させると絶対リピートされる。これも美味いよ。飲んでみる?」

「ありがと。ん、これもすっきりして美味しい。味だけじゃなくて見た目でも楽しめるのってやっぱいいよね。楽しいし、満足感あがる」

「見た目でいうなら、グラデーションになっているドリンクとか、光るグラスとかもあるけど理沙はこういうほうが好きかなって」


 二つのカクテルを飲み比べする理沙を、圭司はニコニコしながら見ている。膝が密着する近さで顔を覗き込むようにしてくるから、恋人同士のような距離感にドギマギしてしまう。


「ね……ちょっと、なんか近くない?」

「だって彼氏の振りするんだろ? 恋人っぽい振る舞いに慣れてもらわないと」


 そんなことを言われてもこれまでの付き合いでこんな甘い雰囲気でイチャイチャしたことがないから戸惑うと言うと、圭司は何故かびっくりしていた。


「いや、これくらい普通するだろ。じゃあ逆にどんな付き合い方してたんだよ」

「どんなって……フツー? あ、男友達みたいに気楽ってよく言われる。考えてみると、そういう可愛くないとこがダメだったのかな」


 今まで付き合った人とは友達から恋人になったせいか、恋人同士になってからもさっぱりした関係だった気がする。自分はあまり女らしいタイプでもないから、彼氏に甘えるのにも抵抗があった。

 だが今にして思うと、理沙の態度が彼氏から見ると可愛げがなくて嫌だったのかもしれない。

 理沙とは逆に、麗奈は女の子の可愛い要素を凝縮したような子だ。

 可愛くない彼女に不満を持っている時に可愛い麗奈から迫られたら、そっちに靡いてしまうのも仕方がないことだったのかもと言うと、圭司は少し怒ったようにそれは違うと否定した。


「浮気男の心情を慮ってやる必要なんてないだろ。つか、理沙は可愛いじゃん。性格もいいし優しいし、俺から見たら理沙こそ可愛い要素しかないんだけど?」

「えっ、あっ、ありがとう、嬉しいけど褒めすぎ……」

「褒めすぎじゃないし。理沙はさ、自己評価低すぎるんだよ。こんなに可愛いのに幸せな恋愛してないの、なんか悔しい。なあ、偽装でも今は俺が彼氏なんだから、恋人っぽいことしてみない?」

「ぽい、ことって……?」

「こーいうの♡」


 首筋をするりと撫でながら、圭司は頭を自分のほうへ引き寄せ、ちゅっとリップ音を立てて理沙のこめかみにキスをした。

「ひゃっ!」

「理沙って髪キレイだよな。やわらかくて触ると溶けそう。色薄いけど、地毛なんだっけ?」

「う、うん。高校の時染めてない証明書出させられた……って、待って、キスしないで」


 話している最中も頬や耳にちゅ、ちゅとキスをしてくるので、なんでいきなりこんなことになったのかと理沙は混乱の極みにいた。待ってと言っても圭司は面白がっているようで、んー? としらばっくれて首筋を撫でたりしている。


「も、もう終わり! 恥ずかしくて死ぬ!」

「えーざんねーん」


 ギブアップ宣言するとようやく止めてくれたが、その頃には理沙の顔はゆでだこのようになっていた。


「偽装なんだから、ホントの恋人みたいにしなくていいってば……」

「でも、他人行儀なままだと本当に恋人なのか疑われると思うよ。女子はそういうの見抜くの上手いじゃん。もっと恋人っぽい雰囲気出せるようにしとかないと、計画そのものがばれるかもしれないし」


 正論で返されてうっと言葉に詰まる。人に取り入るのが上手い麗奈は、きっと人をよく見ているはずだ。理沙が圭司を恋人だと主張しても、不自然さがあれば疑いを持つだろう。


「理沙は俺にくっつかれるの嫌? キスされて嫌悪感を覚えたなら、もうしない」

「そんな、圭司に対して嫌悪感なんかないよ! ちょっと恥ずかしかったけど、触られるのは嫌じゃなかった」


 彼の手を取り握ってみる。男性にしては手入れの行き届いた滑らかな手で、触られると心地よいとすら感じた。

 考えてみれば、高校時代から圭司は男子特有の威圧感がなかった。空気を読むのが上手いからというのもあるが、なんというか通りすがりの猫がそこにいるみたいで隣にいて心地がいい。

 大きな手をにぎにぎしていると、圭司が積極的じゃんとからかってきた。


「嫌じゃないなら良かった。せっかく一緒の時間を過ごすんだから、偽装でも恋人として楽しいこといっぱいしようぜ。まずはすげえイチャイチャしながらデートかな」


 通りすがりの人にバカップルと罵られるようなことしようと笑う圭司につられて理沙も噴き出してしまう。

 最初の目的は、理沙に新しい彼氏ができたらきっとまた麗奈が奪いにくるだろうから偽装彼氏を用意してやろうと酔った勢いで考えたことだった。

 けれどこうして圭司と色々話しているうちに、やっぱりよく知らない他人に頼むことにならなくて良かったと心の中で彼に感謝をする。見ず知らずの他人とこんなふうに手をつなぐなんてできそうもない。


「……彼氏役、引き受けてくれてありがとね。圭司にお願いできてよかった」


 改めてお礼を言われて少し照れたように圭司は黙って頷く。

 今後のことを話すといっても、特にこちらから麗奈に仕掛けるわけではないので、ただ楽しいお酒を飲むだけの時間になってしまった。





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