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悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない
悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない
熾音
異世界恋愛ロマファン
2025年07月14日
公開日
11.9万字
連載中
――これは絶望的に恋に落ちない二人の、異色の異世界恋愛ファンタジー 終電でうたた寝して目覚めたら、戦時まっただなかの異世界に召喚された唯舞(いぶ)。 見知らぬ世界に投げ出された彼女を保護したのは、召喚国とは別の、敵国精鋭部隊・アルプトラオムの軍人達だった。 一癖も二癖も三癖もあるメンバーに囲まれ、何故この世界に来たのか、世界にとっての自分とはなんなのか。 それを探りながら世界の真実を知った時、唯舞が選ぶ運命とは――― ※恋愛はあとから爆発する仕様です。 恋愛急募の方は大体30話のレヂ公国編からちょっとずつ距離だけは近付きます。笑

第1話 おはようから始まる異世界


 ――夜なのに、太陽がある。



 見間違いかと唯舞いぶが疲れた目を擦れば、ネオンに照らされた夜空には星ひとつなく、せいぜい街明かりが星のように瞬いて見えるだけだ。



 (あぁ……相当疲れてるんだなぁ……)



 金曜の終電だというのに、唯舞の乗った車両には珍しく人ひとりいなかった。

 長い髪をひとまとめにして肩に流せば、向かいの車窓に疲れ果てた自分が映る。

 小気味よいリズムに揺られながらスマホを見れば、もうすぐ日付が変わる23時58分だ。



 (……早く帰って……メイクを落として……)



 大人の世界とは無常なのだと思い知らされた、残業続きの社会人一年目。


 学生気分の抜けなかった春もあっという間に季節が廻り、今や秋から冬に足を踏み入れようとしている。

 本日何度目かのため息をスマホごと鞄に戻した唯舞は、先ほど見えた太陽のことなどすっかり忘れ去っていた。



 (ね、む……)



 ズレた眼鏡を戻し、鞄ごと抱えなおしても一定間隔に揺れる振動はどうしようもなく心地よくて。

 揺れる電車の音が、少しずつ唯舞の意識をさらって瞼を落としていく。


 音も、光も。

 何もかもが闇に沈んでいく。



 ――眠ってはだめ。、帰れなくなる――



 ガタン、ゴトン。

 ガタン、ゴトン。

 ガタン……



 警告にも似た声が頭をかすめた時には、全てがもう、遅かった。




 *




 「――どういうつもりです大佐!」

 「だって放ってはおけないじゃん」

 「それは、そうですけど! でもだからって何でここに……!」

 「意識のない女の子を一人にはしておけないでしょ」


 (……? 喧、嘩……?)



 意識の端に声を抑えた男達の口論が響き、微睡まどろみから引き上げられるように唯舞は瞼を開けた。

 瞬きをする一瞬の間。

 だが、電車に乗っていたのだと思い出して一気に意識が浮上する。



 (寝過ごした?!)



 慌てて起き上がれば、自分の身体に掛けてあった上着がぱさりと膝に落ちた。

 自分のものではない、しっかりとした厚手のコートだ。



 「……え?」



 寝起きの脳に、一気に視覚情報が押し寄せる。

 少し埃っぽいにおい。規則正しく積み上げられたコンテナ。見たこともない機材や道具。

 唯舞が起き上がった拍子に、まるで人感センサーでもあるかのように真後ろの照明にぼっと灯りが点り、びくりと肩が跳ねる。

 そこは明らかに電車内ではなく、倉庫だった。

 匂いや手に触れる感触から考えても、夢だとは考えられない。



 (ここは……どこ?)



 動揺するままに周囲を見渡せば、ドアの近くに立つ――恐らくは最初に聞こえた会話の主と思われる二人組の男達と目が合った。

 一人は長身のサングラスをした黒髪の男、そしてもう一人は若く、まだ線の細さも残る紫紺髪の青年だ。


 最初こそは車掌に見えたが、よくよく見るとどこか違和感があった。

 まるで漫画やアニメで見るような軍服姿は、コスプレにしてはクオリティが高過ぎる。手元のコートだって、一目見ただけで上質だと分かる代物だ。



 「あ、起きた? おはよう~」

 「……おはよう、ございます?」



 表情筋の弱い唯舞の混乱は、顔には出ていない。けれど、心臓はあり得ないほど早く脈打っていた。

 サングラスの男に笑顔で話しかけられ、つられるようにぎこちなく挨拶を交わせばもう一人の青年が慌てたように間に入ってくる。



 「すみませんすみません! うちの大佐が勝手に連れてきたみたいで! あの、僕らザールムガンド帝国軍・特殊師団アルプトラオムの者でして、決して怪しくないんで大丈夫です! 国軍です!」

 「……ざ、ざーる……む?」



 聞いたことのないカタカナ言葉。

 この現代にいまだに帝国と名乗る国があっただろうかと脳を総動員させるが、記憶から引っ張り出せたのはローマ帝国とオスマン帝国くらいなものだ。



 (でも、話してるのは日本語で……しかも軍? 自衛隊じゃなくて?)



 言葉は通じるのに、会話だけが絶妙に嚙み合っていない。

 とりあえず現状把握をしようと唯舞は恐る恐る青年に尋ねた。



 「えっと、あの。ここは、どこでしょうか……? ――東京、ですよね?」

 「…………え?」



 唯舞の問いを聞いた瞬間、青年の顔色がみるみるうちに青くなる。

 あまりにも分かりやすい彼の絶望感に混乱が輪をかけた。



 (まさか……東京じゃ、ない?)



 気まずい静寂。

 言葉を飲み込むように、見つめ合った唯舞と青年の瞳が静かに交差して、沈黙が訪れた。



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