処刑台にのぼる前、誰かが問うた。
「言え、マリッサ・ヴェノワ! お前は闇魔法で何をしようとしたんだ!」
「何も」
あたしがそう答えると、別の誰かが問うた。
「嘘を吐くな! お前は闇の魔法使いだろう!」
「いいえ」
この答えを信じる者はいない。
「通常の魔法が使えなくなるのは、闇魔法に手を染めた証拠だ! それともお前は元から魔法の使えない『非魔法民』だったとでも言うつもりか!?」
「…………あたしは非魔法民じゃない」
これだけは事実ではなく、あたしのプライドだった。
あたしのプライドが、真実を拒否したのだ。
「知っている。お前は闇の魔法使いに堕ちた、悪しき人間だ!」
「……それが、この場で求められる“答え”なのね」
もう分かっている。
あたしは騙されたのだ。
恋敵だったレティシア・オーヴァルニに。
あたしが馬鹿だったせいで、レティシアの闇の魔法使いに仕立て上げられて、こうして処刑台にのぼることになった。
もしもあたしが、レティシアの悪意に気付いていたら、未来は違っていた?
もしもあたしが、プライドなんか捨てて非魔法民であることを認めていたら、未来は違っていた?
でも、もう遅い。
すべては終わったことだ。
あたしは首に縄をかけると、人生を終えた。
* * *
ふと、落ちる感覚がした。
…………落ちる?
縄で首をくくっているのに?
しかも落ちても落ちても、地面に辿り着く気配が無い。
ハッとして自身の首に手を当てると、首に縄はくくられていなかった。
慌てて周囲を確認する。すると。
「ここは……何?」
どこ、と言って良いのかすら戸惑われる場所。
そこにあたしはいた。
空間には足場が無く、いつまでも落ち続けている。
落ち続けているとは言ってもその速度はかなり緩やかで、とてもここが現実とは思えない。
周りにあるのは、いくつものドアだけ。
薄暗い空間に、ドア、ドア、ドア。
ドアだけが乱雑に散らばった世界に、あたしはいた。
「意味が分からないわ……」
試しに一つのドアノブに掴まって、ドアを開けようとしてみた。
しかしドアには鍵が掛かっているようで、少しも開かない。
「これは……覗き穴?」
ドアには小さな穴が空いている。
穴に目を当てると、ドアの先に広がる光景を見ることが出来た。
ドアの先には、あたしの知らない世界が広がっていた。
それなのに、ドアの先にいる人物はあたし。
「どういうこと? なんであたしがいるの?」
ドアの先のあたしは、見たこともない服を着て、見たこともない機械をいじっている。
ドアの先のあたしが機械をカタカタと叩くと、画面に次々と見たこともない文字が表示されていく。
「……パラレルワールド」
何かの本で読んだことがある。
どこかに今の世界とはまた別の世界があって、そこでは別の自分が生きている、と。
「まさか、そんな……あんなのは創作の中だけの設定だと思ってたのに……」
掴んでいたドアノブを手離して、別のドアへと向かう。
やっぱりドアには鍵が掛かっていた。
また覗き穴から中を伺う。
「ここにもあたしがいる」
このドアの先の世界のあたしは、短いスカートを履いてダンスを踊っていた。
ダンスと言ってもあたしの知っている優雅なダンスではない、激しい動きのダンスだ。
「……面白いわ」
別の自分と別の世界を見ることに興味を覚えたあたしは、次から次へとパラレルワールドの自分を覗いていった。
どのあたしも別の世界で自分の人生を一所懸命に生きていた。
そうしていくつもの世界を覗いているうちに、とある世界のあたしが目に留まった。
その世界でのあたしは、棒に花を咲かせたり、シルクハットの中に入れた水を消したり、鎖でぐるぐる巻きにした箱から脱出したりしていた。
「あの世界のあたしは魔法が使えるのね」
羨ましい。
そんな気持ちでパラレルワールドのあたしを眺めていたけれど、ステージから降りて部屋に戻ったあたしの姿を見て驚愕した。
ステージで使用した道具を片付けるところを見ていたあたしは、知ってしまったのだ。
花を咲かせた棒は棒の中に花を隠していただけで、水は消失したのではなくシルクハットの中で固体にされていただけだったのだ。
きっと脱出した箱にも何かしらの仕掛けがあったのだろう。
「魔法じゃ、なかったの……?」
魔法を使わずに、こんなことが出来るなんて。
こんなの、ステージだけを見たら、魔法としか思えない!
「もっと! もっとあたしに見せて! あなたの魔法に見える仕掛けを!」
あたしはそのドアの先のあたしを見続けた。
ドアだらけの不思議な空間には眠気も空腹も無いようで、ずっとずっとパラレルワールドのあたしを観察した。
そして、魔法もどきのタネをしっかりと把握した。
「すごいわ、あんな方法があるなんて。手品、マジック、イリュージョン。ああっ、あの世界のあたしは天才ね!」
満足したあたしはドアノブを手離して、また落下することにした。
それからどのくらい落下したのだろう。
いつしか足元に、金色に光るドアが出現した。
「やっと地面が現れたと思ったら、地面もドアなのね」
金色のドアに着地したあたしは、久しぶりに接する地面に妙に安堵した。
それと同時に急激な不安が襲ってきた。
あたしはたった一人で、これからここでどう過ごせばいいのだろう。
「ちなみにこのドアの先はどんな世界なのかしら」
現実逃避がてら覗き穴を見ようとして、ドアノブを掴む。
すると。
「えっ?」
ドアノブが回り、ドアが開いた。真下に。
「うそでしょーーー!?」
これまでの重力が嘘のように、あたしの身体はドアの中へと吸い込まれてしまった。