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魔宝審判~不可避のハグと異世界デスゲーム~
魔宝審判~不可避のハグと異世界デスゲーム~
雪銀海仁
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年07月15日
公開日
1万字
連載中
17歳の日本人高校生、香坂進也は現代日本で生活していたところ、ある夜、夢の中で何者かに語りかけられ、起きるとファンタジー世界にいた。そこでは似たような出来事により転移させられたものが多数おり、転移後に覚醒した魔法などのスキルを用いて生活していた。未来に訪れる「審判の日」に「魔宝」というアイテムを持っていたものが現代世界に帰還できるため、人々は魔宝があるとされるダンジョンに潜ったり、魔宝を巡って争いをしているようだった。 また魔力が体内に蓄積し、溜まりすぎると暴走・内側から崩壊してしまう特殊体質「メディエイト」を保有する女性と、メディエイターと触れ合うことで魔力を発散させる体質「ハーモナイズ」を保有する男性がおり、多くは共同生活を行っていた。 香坂もある時、ハーモナイズを発現し、当局に報告したところメディエイターである橘柚季、安佐北あいかとの同居を命じられていた。 ある時、現代日本から15歳の少女、葉山果奈が転移してくる。危険なところを助けたこともあり、香坂は果奈とも同居し、面倒を見るようになる。 そして果奈もメディエイターを発現する。しかしその能力には波があり、酷い時には香坂のハーモナイザーも効かず……。 ラブコメ×バトル×冒険×異世界転移×デスゲームの要素盛りだくさんの作品です。

第1話

 うら若い女性が、進也の眼前に立っていた。背丈は進也よりやや低いが、女性にしては高い方である。くっきりした目鼻立ちからは、意志の強さと知性が感じられる。しなやかで健康的な印象の美人だった。

 女性は、ゆったりと歩を進め始めた。一つくくりにしてサイドに垂らした、流麗な髪が上下に揺れる。唇を引き結んだ表情には、そこはかとなく決意が感じられた。

 進也は鼓動を高鳴らせながら、両腕をわずかに自分の腿から離した。受け入れる姿勢を取った形だ。

 女性が抱きついてきた。どこかぎこちない動作だ。柔らかい感触が、接触箇所を中心に広がる。進也もわずかに遅れて、女性の背中に手を回し、力を込める。

 すぐに、女の子の特有の優しい香りが鼻腔をくすぐり始めた。しだいに体温がじんわりと伝播し、進也の意識を埋め尽くした。

 数秒が経過。しだいに、女性の全身が淡い光を放ち始めた。光はやがて点滅を始めて、ふうっと消えた。

 するとその女性、橘柚季たちばなゆづきは身体を放し、進也からすっと距離を取った。

「おおー、過去一ぐらいの熱いハグだったね。みょーに気持ちが乗ってるように見えたけど。なになに、柚季。もしかして進也しんやくん、好きになっちゃった?」

 少し離れた場所で、岩に腰掛けた少女、安佐北あさきたあいかが興味深げに目を輝かせていた。

 柚季はパンパンと、わざとらしく手で服をはたいていた。しかし聞き捨てならない指摘を耳にして、きっとあいかに鋭い視線を向ける。

「またそんなわけのわからない……。からかうのもその辺にしておきなさいよ。ほんと、信じらんない。いったい何を根拠に、私がこの人を好きだなんて……」

「いやいや、何を言ってるんだよ。自分の現状をよーく確認してみなよ。ほっぺた、ありえないぐらい真っ赤っかじゃん」

 真顔のあいかはちょんちょんと、自分の頬を指でつついた。

「そんななりで何を言っても、説得力も迫力もなーんもないよ? 柚月って見かけは大人っぽくてモテそうなのに、男慣れしてないの面白いよね。どんだけ乙女なんだよ。溜まった魔力を逃すためだけの作業でしょ。ふつーはそこまで赤くはならないって。柚季の中の魔力が暴走する前に、むしろ柚季自身が先に暴走しちゃいそう。ある日、ドカーンって弾けて、きっと柚季はこう言うの。『進也くん、あたし、あなたのことが好きで好きで好きすぎて、もう、我慢が――」

 芝居じみたセリフが中断されたかと思うと、ガン、ガララ。重量のある物の落下音がした。進也は驚きとともに、犯人にすばやく視線を向ける。

 柚季だった。大きな瞳を怒りに燃やしている。

 やがてヒュンヒュンと音がし始めた。武器に使っているブーメランだ。

 あいかのすぐ近くの岩を破壊し、一時、地面に落下していた。だがすぐにふわりと浮き上がり、柚季の元へと戻ってき始めていた。魔力を通しているため、制御が効くのである。

 柚季は慣れた手つきで、パシリとブーメランを片手キャッチした。

「すばらしいわぁ、あいか。ほんっと、私、感心しちゃう。よくもまあそれだけある事ない事、ペラペラペラペラ、よく回る口をお持ちで」

 静かだが、強い怒りを感じさせる声音で言い放った。口元にこそ笑みがあるが、あいかに向ける目はまったく笑っていない。

「おおお……。普通、そこまでやる? ちょっと言ってみただけじゃんか」と、あいかは驚いた様子で、両目を大きく見開いている。

 進也は「えっと――なんかごめん」と、申し訳なさを口に出した。柚季に赤面されて、進也も少し恥ずかしくなり始めていた。

 すると柚季は、複雑そうな、だがいたわりの感じられる眼差しを向けてくる。

「いやいや、香坂君は謝る必要はないのよ。さっきは『この人』とか言っちゃって、ごめんね。私としたことが軽率だった。

 あとなんとなく服もはたいちゃったけど、汚いとかではないからね。あなたは命の恩人だし、感謝はしてるから。それは確かよ。本当にありがとう」

 いじらしくも丁寧な早口からは、誠実さが伝わってきた。

 相変わらず顔は赤く、柚季の魅力を何倍にも高めている。気持ちのこもった上目遣いも、くらりと来そうなぐらいかわいかった。「ごめんね」で語尾を上げる感じが、特に破壊力が高すぎだった。

(いつ見ても綺麗だよな。思春期の男としては、この美人のこれを目にして何も感じないってわけにはな)

 進也は考えを巡らせつつ、「ああ」とあいまいに返した。

 柚季とあいかは、「メディエイター」。進也たち「ハーモナイザー」と定期的にハグをして体内の魔力を放出しないと、魔力の過蓄積による暴走で、内側から崩壊してしまう。

 俺がしっかりしないとな。進也は、甘ったるい方向に持っていかれかけていた思考を切り替える。すぐに柚季が、訴えかけるような目を向けてきた。

「あと、わかってると思うけど、若干、本当に若干、顔に色みがかっているのは、ただの生理現象。純然たる生理現象よ。深い意味はないの、決して。あいかのたわごとは、真に受けちゃあダメ」

「男子と抱き合って生理現象で赤くなるって、照れまくりアンド焦りまくりなのが身体に現れてきてるだけだよね。なーんの言い訳にもなってないよ。『あたし、あなたと身体、密着させて、焦りまくりの照れまくりなんです』だなんでさー。あたしそれ、告白してるようなもんだと思うけど。愛の告白」

 懲りないあいかから、平静で率直なツッコミが入った。次の瞬間、ガガラゴロン! 先ほどと全く同じ現象が起きた。当然、犯人は柚季である。

「ふーん、まだ言うんだ? いい度胸ねぇ、あいか。もうどうなっても知らないわ」

 柚季は眉をぴくぴくさせながら、地の底から響くような声を出した。

「ご、ごめんね、柚季! でもあたし、間違ったことは言ってないよ! 柚季はもう、素直になったほうが良いと思うよ!」

 切実な感じであいかが叫んだ。すぐに、ガラドガッ! ゴゴロゴロ! ここ数分で三度目の、盛大な落下音があたりに鳴り響いた。


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