瀬川拓真は、待ちくたびれたのか、ソファに寄りかかって少しうたた寝していた様子だった。
私の姿を見た瞬間、彼の目がぱっと輝いた。「すごいよ、晴子。どうやったの?本当に綺麗だ……そのドレスで決まりだね!」
鏡の中の自分を見つめる。裾が床に引きずるマーメイドラインのサテンのウェディングドレスは、私の体のラインを完璧に引き立て、白い肌にはほんのり赤みが差していた。以前よりも大人の女性らしい色気が増している。理由は分かっていた。私は気まずそうに目をそらすと、ちょうど瀬川達也と目が合った。彼は冷たい視線を向け、唇の端に皮肉な笑みを浮かべていた。
「俺は先に帰る。」達也は長い脚で歩き出す。「今夜の家族の食事会、忘れるなよ。親父が大事な話をするから。」出て行く前に、拓真へ一言残した。
「うん、分かったよ。」拓真の視線はまだ私に釘付けで、その熱っぽさに体が火照るようだった。
頭がぼんやりして、何も考えられなくなった。
外からエンジン音が響く。
顔を上げると、黒いマイバッハが遠ざかっていくのが見えた。
「晴子、実はずっと言えなかったことがあるんだ。」拓真が私の手を取る。どこかためらいがちな声で続ける。「本当は……俺、天城グループの次男なんだ。さっきの人は兄の瀬川達也。俺は母方の姓を使ってたけど……」
何を思っているのか、自分でも分からない。達也が去ったせいか、突然涙が頬を伝った。拓真は慌てて私の涙を拭う。「騙すつもりなんてなかった。君の気持ちを試すためでもない。ただ……家の雰囲気が嫌いで、君に余計な心配をさせたくなかったんだ。分かってくれるよね?」
「今日、家に来てほしいんだ。両親に会ってほしい。大丈夫、結婚のことは自分で決めるから!」
私はぼんやりと顔を上げた。そうだ、前に両親に会う約束をした。彼は既にプロポーズしてくれたし……期待に満ちた拓真の目を見て、頭が真っ白になった。
突然、私は彼の手を振り払った。「ごめん、私なんかあなたにふさわしくない。」目を覚まさなければ。過去が本当に終わったなんて、どうして信じられたのだろう。体に残る達也の強引さ、脚の間の痛みが、さっきまでの出来事を否応なく思い出させる。
拓真は焦って私を強く抱きしめ、体が震えていた。「俺を責めてる?この店が兄のものだなんて知らなかったんだ。本当に今日、全部が突然すぎた。」
私は彼の腕から抜け出した。「ごめん、一人にして。」
天城グループ――東京でも有数の名家。その兄弟だなんて、あまりにも皮肉だった。
どうやってドレスを脱いだのか、どうやって店を出たのかも覚えていない。ただ、初冬の冷たい夜風に吹かれながら、枯れ葉が舞う通りを当てもなく歩いた。やがて、凍えるような体でやっと借りている小さな部屋に戻った。
月明かりの下、鍵を取り出してドアを開けようとした瞬間、一つの大きな手が私の手を覆った。
息が止まりそうになる。
瀬川達也が私を部屋の中に押し込んで、ドアに鍵をかけた。
「何のつもり?」私は反射的に襟元を握る。「どうして私の住所を知ってるの?」
彼はネクタイを緩め、不敵な笑みを浮かべる。「何をするか、分からないわけないだろ?昼間だけじゃ物足りない。君もそうだったんじゃないのか?」
「やめて……私たちはもう終わったのよ!」
「終わり?」彼は冷ややかに笑い、私の顎を掴んで体をぴたりと密着させる。「自分がどうやって俺のベッドに転がり込んできたか忘れたのか?あの時、まだ未成年だったよな。あんなに積極的だったくせに、今さら純情ぶるなよ。一度始めたなら、止める資格なんてないだろ。」
「違う!そんなつもりじゃ……あぁ――!」
彼は私をドアに押し付け、スカートを乱暴に引き裂き、何の前触れもなく私の中に入ってきた。あまりの痛みに涙が溢れた。
「どうだ?お人よしの弟と比べて、どっちが満足できる?」彼は私の長い髪を掴み、私をカーペットの上に押し倒した。
唇を噛みしめて血が滲む。「彼のほうがあなたより何倍もいい!やめて!」
体はもう自分のものじゃない。男と女の力の差に、私はまったく抵抗できなかった。
もっと怖いのは、体が熱くなり始め、胸の奥がかきむしられるような感覚に襲われたことだった。
「ああ――!」情けなくも全身が震える。
彼は鼻で笑う。「やっぱり、そういう女なんだろ?」
悔しさに涙が止まらない。
彼は私の耳元でささやいた。「一度じゃ足りないよな?前は何回イッたっけ?五回?それとも七回?」
「やめて!お願い、もうやめて……お願い……」
返ってくるのは、彼の果てしない欲望だけだった。
どれだけ時間がたったのか分からない。やっと彼は満足したようだった。
私はソファの上で動けず、かすれた声で尋ねる。「一体、何がしたいの?」
「一週間やる。弟と別れろ。」彼は私の体に残った痣を指でなぞった。
「拓真が納得しなかったら?」私は胸の痛みに耐えながら顔をそむけた。
彼は私の顎を掴んで、冷たい瞳をまっすぐに向けてきた。「簡単なことだ。芝居をして見せろよ。あいつの前で、自分がどんなに汚れてて、誰とでも寝る女か思い知らせてやればいい。それが得意なんだろう?元・鎌倉の名家令嬢さん。」
最後の言葉は、彼が歯ぎしりするように吐き捨てた。一言一言が胸に突き刺さる。
鎌倉。
私が記憶の底に葬り去りたい場所。
かつては鎌倉で一番の令嬢だったのに、今はこんなにも惨めな姿に成り果てている。
「……分かった。やるわ。」自分の声が聞こえ、心が砕け散った。
彼はそれ以上何も言わず、滑らかな指先が私の背中を伝い下に伸びていく。
慌ててその手を押さえ、必死に懇願する。「やめて!そこだけは……!」
彼が何か言おうとした、その時――
「ドンドン!」突然、激しいノックの音が響いた。
彼は眉をひそめ、無造作に上着を羽織ってドアを開ける。
飛び込んできた女性は、私を見て一瞬言葉を失い、次の瞬間、叫び声を上げた。
「藤原晴子、この女!よくも彼を誘惑したわね!」