目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第32話 瓮の中の君へ

苦しい日々をなんとかやり過ごしていた。

瀬川家の空気はますます不穏さを増し、私は瀬川拓真と瀬川明美がこそこそと話し合う姿を何度も見かけた。二人が何を企んでいるのか、見当もつかない。

藤原優美と藤原理恵の沈黙も、不安を募らせるばかりだった。


そんなある日、私は瀬川邸の裏庭で気分転換をしていた。

ふと、岩山の裏手から声が聞こえ、林の奥を覗き込むと、瀬川明美と藤原理恵がひそひそと話しているではないか。私は驚きと戸惑いで胸がざわついた――なぜ二人が今さら親しげに会っているのか。

よく考えれば、かつて藤原優美は瀬川達也に嫁ごうとしていたのだから、二人が知り合いなのは当然だ。

だが、婚約はすでに破談となり、今この場所で密かに会う理由があるのか。

どうにも不穏な気配を感じずにはいられなかった。


そのとき、瀬川明美の声が急に鋭くなり、怒りを含んでいた。

「瀬川の奴はとっくに地に落ちてるわ!」


私ははっとした。瀬川の奴? 達也の母も瀬川家の人間だ。考える間もなく――


「晴子、こんな所で何をしている?」


背後から冷たい声が響き、全身の毛穴が逆立つほど驚いた。

振り返ると、瀬川拓真が険しい顔で私を睨みつけていた。


「わ、私はただ散歩してただけよ……」 拙い嘘が通じる相手ではない。


拓真は目を閉じて深呼吸し、再び目を開けると、氷のような声で言い放った。

「晴子、お前には本当に失望した。情けなどかけるつもりはない。」


その瞬間、視界が真っ暗になり、私は意識を失った――


……


暗闇の中で目を覚ます。

首筋に鈍い痛みが残っている。拓真に一撃を食らわされたのだろう。動こうとしたが、体中がきつく縛られていることに気づく。

下は柔らかなベッド。ここがどこかも分からず、不安が胸を締めつけた。


どれくらい時間が経っただろうか。

突然、ドアが勢いよく開かれ、まぶしい光が差し込む。


「カチッ」 天井のライトが点灯した。


目が慣れてくると、現れたのは瀬川達也だった!


「どうしてここに……? 私がここにいるってどうして分かったの? ここはどこなの?」 私は事態の異常さに身震いした。これは周到に仕組まれた罠だ。


達也はスマートフォンを軽く振り、「君から帝国ホテルで会おうってメッセージが来たんだよ」と、気だるげに笑った。


私は飛び起きようとしたが、縄でしっかり縛られていて動けない。


「あなた、正気じゃないの!? 私がそんなことするわけないでしょ! これが罠だって分かってるのに!」


達也は肩をすくめて近づき、私の上の薄い掛け布団をめくる。彼の目が妙に艶っぽく光った。


「罠だろうと、悪くない展開じゃないか。」


私はそのとき初めて、自分が下着姿であることに気づいた。全身の縄の縛り方も、どこか意味深だ。


「やめて! 一体何を考えてるの!?」 私は必死に叫んだ。


「静かに。せっかくの機会を邪魔するなよ。」 彼は不敵に微笑み、唇を私の鎖骨に触れさせ、指先が肌の上をなぞる。


彼の手が触れるたびに体が熱くなり、それでも心は氷の中に閉ざされたまま、私は息を乱しながら懇願した。「お願い……やめて……」


達也は耳元でささやく。「せっかく仕掛けられた罠なんだ、簡単に逃げられないさ。なら、いっそ楽しんでみれば?」


私は怒りで叫んだ。「ほどいてよ!」


すると彼は私の唇を塞ぎ、「せっかくの好意を無駄にするなよ」と囁いた。


……


そのとき、ドアが激しく開かれた!


一瞬で達也は冷静に、私の上に薄い布団をかけ直した。


次の瞬間、記者たちが雪崩のようになだれ込み、フラッシュが容赦なく焚かれ、「カシャッ」という音と怒号、質問が部屋中に響き渡る!


「達也さん!」

「なんてこと、瀬川家の若奥様が!」

「お二人はどういうご関係ですか?」

「夫人の方から誘惑したのですか?」


達也は私をしっかりと守るように、まぶしい光からかばってくれた。これまで「現場を押さえられる」ことはあっても、こんなに無防備に人前に晒されたことはなかった。


彼はあえて私の肩や腕の縄を見せつけるようにし、記者たちはその光景を逃すまいとシャッターを切り続ける。


「達也さん、まさか義妹を無理やり……?」

「瀬川兄弟は仲が良いと聞いていましたが……」


混乱と質問の嵐の中、達也は終始私をしっかりと背にかばっていた。

その背中は、今までになく頼もしく、温かく感じられた。


やがて、彼の低く、どこか挑発的な声が部屋に響いた。


「この女は俺のものだ!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?