「おやすみ、明里ちゃん。昨日がどんなによくても戻ることはできない。明日がどんなにつらくても、一歩踏み出さなくちゃね!」
白鷲さんからの「おやすみメッセージ」が、今日も時間通りに届いた。
あの日、家族が崩壊して以来、顔も知らないまま陰ながら支えてくれた恩人。彼は毎晩、心温まる励ましの言葉を送ってくれる。あの苦しい日々、私は彼のメッセージにどれだけ救われたか分からない。
今夜の言葉も、まるで私の気持ちを見透かしたように胸に響いた。
そうだ、明日がどんなに苦しくても、前に進まなきゃ
「白鷲さん、ありがとうございます」
だけ返し、今日一日の苦しみは何も書かなかった。
「こんな時間まで起きてるの?」
時計を見ると、もう26時。
「友達と遅くまで集まってて……白鷲さんもまだ寝ていないんですか?」
「君からの返事がなくて、少し心配していたんだ。」
その一言に心が温かくなり、危うく涙がこぼれそうになった。必死に気持ちを抑え、笑顔のスタンプを送る。
「私は大丈夫です。おやすみなさい!」
彼からは、可愛らしい「おやすみ」のイラストが届いた。
おやすみと伝えたものの、結局、朝まで眠れなかった。昨夜のすべてが悪夢のように頭の中をよぎる。哲也の手術中の冷たさ、背を向けたあの無情、心をえぐる言葉。思い出すたび、神経が引き裂かれるようだった。
何時間も葛藤した挙句、私は病院へ向かう決心をした。体調の悪さも、哲也に会うかもしれない気まずさも、もう私を止められない。悪いのは私じゃない。逃げる必要なんてない。白鷲さんが言ってくれた通り——一歩踏み出そう!
何より、母に会いに行くためだ。
男なんていなくても構わないけれど、母は、私にとって唯一無二の家族だから。
聖和病院に足を踏み入れると、消毒液のにおいが鼻を突く。鍼灸科の元同僚たちが、私のお腹をじっと見つめてきた。
「藤原さん?もう産んだの?」
「いや、予定日は九月だったよね?」
「まさか……」
そんな詮索する視線になど構わず、私は弱々しく微笑んで、うつむきながら足早にエレベーターへと向かった。
エレベーターが三階で止まると、妊婦たちが廊下に並んでいるのが見えた。そこで初めて、私は無意識に産婦人科のボタンを押していたことに気づく——ここは哲也の担当科だ。
まだ始業前で、哲也の部屋は閉まっていたが、すでに診察を待つ人たちが列を作っていた。
少し離れたベンチには、若い夫婦が寄り添ってエコー写真を眺めている。
「まだ1300グラムだって。小さいね……」
女性が小声で言う。
「これから大きくなるさ」
男性が彼女のお腹に手を当てて笑った。
その光景が、私の胸に鋭く突き刺さる。張り詰めていた気持ちが一瞬で崩れ、涙がこぼれそうになり、私は慌てて廊下の突き当たりのトイレに駆け込んだ。奥の個室に入って扉を閉める。
鍵をかけた途端、外から扉が開く音、そして鍵をかける小さな音が聞こえた。
「もう、仕事始まっちゃうよ。やめてってば!」
女性の甘えた声。
「雅美、君に夢中で、一秒でも会えないと我慢できない……」
哲也の声だった!
一瞬で体が固まる。
「雅美」という名前——麻酔科の高瀬雅美。どうりで聞き覚えがあるはずだ。産婦人科と麻酔科は確かに関わりが深いけれど……まさか、ここまでとは!
「哲也、明里がどこに行ったんだろう?」
「どうでもいいよ。どうせそのうち病院に来るさ。母親が入院してるんだから。」
……さすが、よくご存じで。
「そうだね。ああいう後ろ盾もない子は、泣き寝入りするしかないもんね。」
「うん、金に困ってるし。金を渡せば離婚届にサインするはずさ。」
「哲也、もう我慢できないよ!早く離婚して!」
「大丈夫、雅美。君を絶対に裏切らない。」
なんて「情熱的」な誓い。以前は私にも、同じ言葉を並べていたくせに。男の誓いなんて、こんなにも空虚なものなのか。
その直後、抑えきれない吐息と、いやらしい声が、ドア一枚隔てた向こうから聞こえてきた。打ち付ける音までもが、はっきり響く。
私は拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込む。ドアを叩き割ってやろうか。けど、そんな惨めな光景を自分の目で見るなんて、耐えられない。悔し涙が静かに頬を伝う。耳を塞ぎ、今すぐこの耳が聞こえなくなればいいとさえ思った。
そのとき——
突然、私のバッグの中で、けたたましい携帯の着信音が鳴り響いた!