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第4話 検証勢、フクロウ

「本当に何もないですね。街の外に出られるわけでもなく、しかし用意されているということはそれなりの意味があるはずなんですけど」


廃れた街の中、大正時代みたいなファッションセンスの男が何やら考えこんでいた。

プレイヤーネーム『フクロウ』。検証・考察系のゲーム実況者として名が通っている。


チュートリアルボスを倒して進むと、教会の中に出る。そこでプレイヤーが始めから持っているアイテム、『神の火種』を捧げることで、外に出るとパブリックエリア……つまりようやく街に出ることができる。

……のだが、そこで引き返し、教会に捧げられたアイテムをもう一度取得して外に出ると、何故か破壊された街が広がっている。


「とりあえずストーリーの進行度で何か変わるかもしれないので隅々までスクショは撮っておきましょう。流石にいずれ来ることにはなるでしょうし」


メインストーリーそっちのけで、こんな訳のわからない所にもう数時間いるのは、流石検証系実況者と言うべきか。

とはいえ本当に何もないし、誰もいない。興味深くはあるが、退屈極まりないのも事実だ。一応念入りにスクショだけして戻ろうとしたその時。



ドカッ!!



教会の扉が壊された。

いや、そんなはずはない。扉や壁、壊せるものがないかくらいは当然フクロウも調べた。当然、MMOでそう簡単になんでもかんでも壊させてくれるはずもない。重要な施設であれば尚更だ。

つまり何かのイベントか?いや、フラグらしいものはなかった。時間経過も違う、長すぎる。なんのヒントもない、一体なんだ──壊された扉の方を見る。


果たして出てきたのは、純白の髪の毛、透き通るような白い肌、ルビーを埋め込んだような瞳、その小さい体より大きい剣を担いだ幼女──イワヒバだった。


「…………」


フクロウは絶句した。

いや、扉をどうやってか無理矢理壊したという有り得ない光景もそうだが……なにより美しかった。おそらく、彼が人生で見てきたなによりも美しいと確信するほどに。

……フクロウが元々ロリコンだというのは、多分きっと今は関係ないだろう。


「……ぁ?ちがう?なにが……」


よく見れば周りにカメラが飛んでいるしコメント用のウインドウも可視化されている。つまりプレイヤーだ。好みドストライクのキャラメイクだったとはいえ、動揺することはない。中身はどうせ大人なのだ。しかも相手が配信者となれば、変な挙動をすれば簡単に燃えるだろう。ふぅ…と大きめに息を吐いて、平静を装う。


「コホン…こんにちは」

「……?こん、ちわ?」


話しかけられれば、キョトンとした顔でどうにか挨拶を返す。とりあえず挨拶には挨拶で返しておけと教わっていなければ危なかった。


「って!!!君はもしかしてイワヒバちゃ…ん、じゃないか!」


今言葉に詰まったのは恐らく、「ちゃん付けはキモイか、いやまて、言い直すと逆に気にしてるみたいでキモイかええい言っちゃえ!」の間である。結果キモくなってしまったのは仕方ない。


「……?ん……なんで、しってる?」

「そりゃ、昨日からこのゲームでの話題はずっと君のことで持ちきりだったからね」

「……なんで?」

「さぁ……僕も昨日はずっとインしてて、詳しくは知らないな……」


検証系のゲーム実況者は、検証や考察の結果を動画にする必要があるので編集などで忙しいのだろう。名前と見た目くらいしか分からないのだと言う。


「ところでそのー、君はどうやってここに?」

「……?えっと、ドアがあかなかった……から、こわした」


壊した、というのは見れば分かる。しかし、そんな筈がないのだ。

なにせVRゲームが主流になってから、そのくらいはできるゲームも増えた。壁やドアなどを自由に壊せるようにするだけして自由を謳うクソゲーも増えた。

流石にMMOであるこのゲームでは壊せる物と壊せない物はハッキリ分かれている。フクロウもそれは確認済みだ。


では、条件付きで壊せるようになるのかもしれないと、質問を重ねる。


「ええと……じゃあ、ここに来る前はどんなことした?」

「……きのうの、でっかいののとこから……あるいた」

「……それだけ?」

「それだけ」


困った。手がかりが全くない。

普段なら「過不足なく説明しろ!」と言うところだが、ロリには弱い。


「いや、君のアーカイブ見ればいいか」

「……しら、ない」

「え?」

「……おかーさんが、やってくれた」


なら仕方ないので自分で調べよう。名前で検索すれば出てくるはずだと操作する。

ちょうどやってる配信を少し巻き戻して……。


配信が始まる。特に挨拶もなく、大きな扉を開いて先に進む。

薄暗い階段を上ると、寂れた教会の中に出る。ここまでに不審な行動はない。

さて、本来なら中央の燭台に「神の火種」を灯すことで教会が綺麗になる演出を挟み、扉を開けられるようになるのだが……。


イワヒバをそれを華麗にスルー。ピカピカ光っていて分かりやすくはあったが、イワヒバには少し難しかったのだろう。もう少しガイドを増やした方がいいかもしれない。


扉を開けようと手をかけるが、当然あかない。ガチャガチャと扉を開けようと試みるも、やはり開かず小首を傾げる。

すると何を思ったか剣を取り出す。


ガキン!ガキン!ガキン!


木製の扉を叩いたにしては硬い、金属を叩いたような音がする。壊せないものを叩いた時は大抵、こんな音がするものだ。

だがそんな常識など知る由もないイワヒバは扉を叩き続ける。なんなら現実でどんな音がするかもよく分かっていないのだ、無理もない。


叩く、叩く、叩き続ける…。


「いや長いな!!!え!?まって!もしかしてずっと扉殴ってたの!?」

「うん。だって、あのでかいのもきえたし……あれも、こわせるかなって……」

「ごめん実はそんなことないんだ」


初心者に教えるのは好きだが、そこから教えるとなると骨が折れそうだ。

ともかく、再生バーを先に進めてみる。およそ2時間後に、壊れている。音も最後の数回は変わって、ちゃんと木の扉を叩いたような音が出ている。


「……つまり、2時間ずっと叩き続ければ破壊可能オブジェクトに変わる……?そんなことあるか?」


要検証だなと、検証することリストにメモしていく。


「……とりあえず、ここは何にもないからね。一緒に街に行こうか」

「……ん、わかった」


少し、ほんの一瞬だけ躊躇して、イワヒバの前に手を出す。流石に危なっかしいという感情が勝った。

イワヒバも恐る恐る手を握る。

人の手を間近で見るのは初めてだ。こうしてみると、自分の手よりもずっと大きい。そして何より暖かい。


一緒に歩いていると、なんだかその手が離れてしまいそうで不安になって、両手でギュッと握った。

両手で握ったその手は、さっきより少し暖かく感じた。

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