扉から外に出ると、フクロウが首を傾げる。
本来であれば教会を出るとNPCが出迎えて、ストーリーが進行する手筈だ。
「僕と一緒に出たのは不味かったか…?」
「……どう、したの?」
「いや……とりあえず街を歩いてみよう」
「……ん」
そもそも、扉を無理矢理壊すというのがまず明らかなバグ。完全にイレギュラーだ。
単にチュートリアルがスキップされる程度であれば、ストーリーは自分が説明すればいい。だが、ある程度までいってもストーリーの進行がないとなるとまずい。最悪詰む可能性すらある。
とりあえずはどこかのタイミングで離れた方がいいかもしれない。
「えーっとイワヒバちゃん。なんかストーリー進んでないっぽいんだけど」
「……?あぁ、ストーリーね。ないとよくない、よね?」
「そうだね、一応ストーリーを楽しむゲームではあるからね」
イワヒバも、一応ゲームについて調べてはいた。
自分がこれからやるゲームはMMORPGというらしい。はて、なんの略だったか。とにかく広い世界を冒険していく中で、物語が進んでいくものだということは理解した。
天才的な頭脳で考える。ストーリーが進まないということは、このゲームが進まないということではないだろうか。不安げにフクロウを見上げる。
「まぁ、大丈夫だと思うよ。大抵イベントが場面ごとに区切られているし……そうだなあ、まずは女神像の所に行ってみよう」
街の中央に立つ女神像を目指して歩く。着くまでにストーリーを簡単に説明する。
結論から言うとこの世界はかなりピンチだ。理由は分からないが龍が国を襲ったそうだ。
町の住民は地下に避難したが、気づけば山々すらも穿つ巨大な岩壁がこのエリアを囲んだ。教会の神の火すら消え、大地は朽ち果て、魔物も勢いを増している。
神の火の本体は囲われているエリアにはないらしく、プレイヤーが来ていなかったら滅亡寸前のところだったらしい。
「ということで、僕らでこの世界を救おうってお話」
「……たいへん」
「ま、ゲームだからね。気楽にやればいいよ」
女神像前に着く。
と言っても、その女神像も朽ちているが。
「ユイさん」
「フクロウさん!こんにち……あれ?その子は?」
「ついさっき来た子だよ。フレイさんがいなかったからいなかったから連れてきたんだ」
「あちゃー、気づかなかったよ!ごめんね〜!」
女神像の前に居たのは、フレイという少女のNPCだ。
今作のメインヒロインである。
金髪の長い髪の毛を、後ろにぶっとい三つ編みにしてまとめた、現実で見ればなかなかイカれた髪型をしているが、それ以外は恐らく今後登場するNPCたちの中でも群を抜いて常識人だろう。
「あたしフレイ!よろしくね!」
「……よ、よろしく……。あ、なまえ……イワヒバ……」
「かわい〜!えっと、この世界についてどこまで聞いたかな?」
「……え、えっと……ええと……」
イワヒバがこれまで話してきた相手というのは、イワヒバにとって話しやすい……つまり、かなり気を使ってくれている相手としか話したことがない。
フレイのように、明るく元気で、グイグイくる相手というのは初めてであった。
「あ、えっと、龍に襲われて大変ってことは伝えときました」
「あ、そうなの?じゃあもう大体話はわかってるね。私たちは、この世界をどうにかしようと調査隊を作ったの!」
えっへんと胸を張るフレイ。子供っぽいところもあるが、これでも一応調査隊のリーダーである。
「北の方から調べようと思ったんだけど、お兄ちゃんが帰ってこないんだよね〜。まぁ大丈夫だとは思うけど、見に行ってくれない?」
「…え、なんで、わたしが…」
「まぁまぁ、そう言わずに!見つけたら声掛けてくれればいいから!お願いね!」
【メインクエスト:兄を探して】
「……」
「イワヒバちゃん?」
「むかつく」
「え?あぁ……まぁ、頼み事押し付けられるのはゲームあるあるだからね」
ゲームのクエストの多くは、NPCの悩みを解決するという形で始まる。そしてゲームの進行上、必須のクエストに関しては「いいえ」を選択しても強制的に話が進む。文字通りお話にならないからね。
むしろ「ちゃんと面と向かって頼み事をしてくる」だけマシだよなぁ、とフクロウを含め多くのプレイヤーが思ったことだろう。
「とりあえず北の探索は必須……北ってわかる?」
「……ん、この前おそわった。地図のうえのほー、でしょ?」
「正解!ご褒美に頭を撫でてあげよう」
「ん……おぉ……!」
どさくさに紛れて頭を撫でやがっているが、イワヒバの反応を見るに気に入っているようなのでセーフとしてあげよう。フクロウ自身は下心満載であるが。
【は?】
【は?】
【は?】
【は?】
【何頭撫でてんねん】
【そこ変われカス】
フクロウのコメント欄も辛辣になってきた。炎上……こそしなかったが、これを機にフクロウへの扱いが割と雑になるのはまた別の話である。
「そ、そろそろ行こっか?」
「……んと、まだわかる、よ?」
「え?」
勢いで頭を撫でてしまったが、流石にまずいかと手を引っ込め、北に向かおうとしたが……何故か引き止められた。
数秒の沈黙。
「……じゃ、じゃあ、南は?」
「した」
「東は…」
「みぎ」
「西……」
「ひだり」
「天才!!うん!それじゃあ行こうか!!」
これ以上は罪悪感でおかしくなりそうなので、先に進めようとするが、はやり引き止められる。
「……ごほーび、ちょーだい?」
「…………」
ん……と頭を差し出し、「撫でろ」と言外に言われる。
詰み。撫でても撫でなくても誰かから怒られる、フクロウはそんな予感がしていた。
これまで必死に炎上するような状況にならないようにしてきたが、ここにきて不可避の攻撃…!勿論嫌ではない。これまで何度かやってきた恋愛ゲームや、ペットを愛でるゲーム、そのどれよりも最高の撫で心地だった。永遠に撫でていたい気持ちはあるが、だからと言って素直に据え膳に乗るのが大人なのだろうか。いや、ロリコン以外はこんなこともしかして気にしないのか?ならば躊躇わず撫でるのが自然だがいやしかし……。
ええい!目の前の女の子を優先するのが男だろ!みせろ男を!
……ここまで約3秒の熟考を重ね、恐る恐る手を伸ばす。
なでなでなで……。
「むふ〜」
この日、イワヒバの可愛さによって全てが許され、イワヒバは更に注目される事になったのだった。