ギルランスは男を拾った――。
名を“カズヤ”と言うらしいその男は、どうやら記憶喪失のようで自分の名前しか覚えていないようだった。
その他の事は全く分からないらしく、出身や職業等、自分に関する事は何一つ覚えていない上に、ここがどこかという事さえも分かっていないようだ。
ただ、黒髪に黒い瞳という容姿に加え、着ている服からして、おそらく異国の人間だろうという事はギルランスにも想像がついた。
もしかしたら他国から何らかの理由で流れて来たのかもしれないとも思うが……。
(しかし、こんな人種、見た事も聞いたこともねぇな……)
いつもならば、そんな得体の知れない人物などそのまま放置するところ、
ギルランスはチラリと横で無防備に眠る和哉へと視線を向ける。
(警戒心の
少し呆れつつもじっとその寝顔を見つめた。
(それにしても変わったやつだな……びくびくおどおどしてるかと思えば、妙に図々しい所もあるし、表情もころころ変わる……おまけに俺みたいな奴にも平気で話しかけて来るしな……変な奴だ)
そう思いながらもギルランスは不思議と嫌な気分にはならなかった。
焚き火の
さらさらとした黒い髪に、今は閉じられているその目は子犬のような黒目がちな大きな瞳をしていた。
整った目鼻立ち、薄桃色の花びらを思わせるような唇、その肌は白く、長い睫毛が影を落としている。
どことなく神秘的な雰囲気を感じ、思わず魅入ってしまうほどだった。
(綺麗な顔立ちだな……都市部の舞台とかで歌ったり踊ったりして女どもにキャーキャー言われてる
そんな事を考えながら暫く和哉の寝顔を見つめていたギルランスだったが、そのうち飽きてきてゴロンと横になった。
(まぁいいか……どうせすぐいなくなるんだしな……)
そう思いつつ目を閉じたその時――。
「――――」
不意に、眠っている筈の和哉が何か言ったような気がして、ギルランスは訝しげに瞼を開いた。
起きているのか?と思いつつ振り向きその顔を見るが、目は閉じられたままだった。
が――閉じているはずの和哉の目尻から一筋の涙がツゥと流れるのをギルランスは見逃さなかった。
(……なんだ?泣いてんのか?)
ギルランスが不思議に思いながらジッと見つめていると、和哉は眠りながら微かに呟いた。
「……父さん……母さん……」
和哉の寝言を聞いた瞬間、ギルランスはドキリとした。
その声があまりにも悲痛だったからかもしれないが……。
それと同時に自分の胸の奥に何かが込み上げてくるのを感じた――それが何なのかは分からなかったが無性に落ち着かなくなりギルランスは和哉から目を逸らした。
そして大きく溜め息を吐き、頭をグシャグシャと搔き乱すと小さく独り言ちる。
「……チッ、めんどくせぇな……」
吐き捨てるようにそう言うと、ギルランスは和哉に背を向けるようにゴロリと寝返りを打ち、再び目を閉じた……。