「アキトくん、この度は補欠合格おめでとう」
ここは学長室。
主である学園長が住所とする机と椅子を部屋の奥に、真っ赤な絨毯の上には客人用のソファとローテーブルが設置してある。
そして僕は、学園長であるカザックさんから送られてきた書類の案内に従ってここに居る。
「偶然にも1枠だけ空いてね。それでも合格は合格だから――おめでとう」
「ありがとうございます」
「しかし、ここからが大変になるだろうね」
「……はい」
わかっている、僕は召喚士。
魔法士の中でも最弱――というか、もはや成ろうとする人間が少ない不遇職だ。
「それにしても、君の志望動機というか目指す果ては随分と険しいものになると思うが」
学園長は眼鏡をクイッとかけなおしながら、眉間に皺を寄せながら険しい目線を送ってくる。
「はい、その通りですね。僕が目指す最強の魔法士――【七魔聖】に召喚士で成った人は歴代でたった1人しかいません」
「それをわかっていて、なおも臆することなく足を進めるとは。随分と肝が据わっているんだな」
「初代【七魔聖】にして、魔法学園創設者でもあり、未だ誰も追いつくことができていない実力を誇っていた人を超えたいんです」
「実に面白いよ、本当に。恵まれた家庭で育つことがなく、類い稀な魔法の才能もない。ましてや魔力変換効率や魔力吸収に優れているわけでもない」
淡々と事実を述べられ、僕は何一つ反論できず。
学園長に憎しみの感情を抱くことはない。
ただ無慈悲にも事実が羅列されていき、表情を変えていないのは冷徹という印象は抱く。
けど、嘲笑われているのではなく忠告を受けているのだということはわかっている。
「それでも、魔法界の頂へと上り詰めたいと」
「はい」
僕は迷わず、即答。
学園長は『何がそこまでキミを駆り立てるのかはわからないが』、と言葉にしていなくても、ため息一つ吐き出したのを見て察する。
「この学園には、生まれながらの天才、入学前から現役魔法士に指導を受けていたエリート、肌感覚や勘だけで上り詰めた鬼才――そんなやつらがゴロゴロ居る場所だ」
「はい、それでも」
「まあいいさ。誰も選択しない不遇職【召喚士】で偉業を成し遂げたい、と豪語する前代未聞の問題児だ。好きにするといい」
そう言い終えると学園長は立ち上がり、黒いスーツビシッと正す。
そして、赤色のネクタイも位置調整しながら僕に目線を落とした。
「お話はここまでとして。せっかくだ、園内を歩きながら話をしようじゃないか」
「はい」
「キミは遅れての入学になるから、教材は寮に送ってあるからいいとしても教室などの場所がわからないだろう」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
僕も立ち上がり、学園長の後に続いて部屋を後にする。
廊下を歩く学園長に並び、僕も新品の制服が着崩れていないか気になってきてしまった。
紺色のズボンに同じく紺色の長袖、中には白いワイシャツ……までは特に問題がないけど、内と外が真っ黒なフード付きローブには抵抗がある。
普段着からかけ離れているから、姿勢を維持し続けるのには慣れが必要だというのはすぐにわかった。
学園長のようなスーツの方が個人的には好みなんだけど、それを学生が言ったところで認可されることはないんだろうな。
「途轍もなく途方もなく、実現性はゼロに近い夢を抱いているわりには立派な新入生だな」
「こういう格好は慣れていないんです」
「ははは。こればかりはお家柄が関係しているから仕方がない。スタートは既に出遅れているな」
「こんなの、すぐに慣れてみせますよ」
これは訂正が必要なのかもしれない。
学園長、差別とまでは言わずとも嫌味を込め続けている。
いちいち棘のある言い方をしているのが、その証拠だ。
でも、視界に入ってくる景色は壮観の一言。
歩く床は木造で、何枚も続く窓はガラス張りになっていて、心地よい日差しが廊下を照らしている。
学園を外から観て、あまりの大規模さに感想が「凄い」しか出なかった。
敷地面積は本当に壮大で、冗談抜きで国と言っても過言ではないほど。
まあ……校舎、森、湖、山、寮、学園関係者専用商店――などなどが敷地の中にあるのだから間違ってはいないと思う。
「そういえば、どうして僕が選ばれたのか聞かせていただけますか」
「まあ、そこは気になるところだよね」
正直、他にも補欠合格者は居たはず。
合格者は数百人居るとしても、それでも溢れてしまった人の中には貴族だの金持ちだの、権力を有している人も居たと思う。
魔法の実力や当人の才能が開花したての人だって。
「キミが疑問に思っていることはわかる。なぜ自分が選ばれたことが不思議なのだろう」
「はい」
「各テストは、ほぼ最低評価。親や親戚などの後ろ盾もない。そんな自分がどうして補欠合格の枠に入ることができたのか、と」
耳が痛くなりそうな事実を並べられ、僕はただ頷くことしかできない。
「正直ね、キミのような目標を根拠や自信もなく宣言する人間は少なくなくてね。だが、キミの目だけはそれら有象無象と違ったから。だから補欠合格者として選ばせてもらったんだ」
「……」
「まさか私が負けるとは思ってはいないが、歴史の再現――あ、いけないいけない。学校案内をしているのに、各部屋を紹介しなくては意味がないよね」
と、質問の途中で辿り着いたのは一階にある職員室。
中に入ることはなかったけど、偶然にも空いていたドアから中を覗くと、何人もの教師が椅子に腰を下ろしている。
それぞれの横並びになっている机は窮屈そうにも感じられたけど、書類がはみ出しているわけでもないし案外大丈夫そうだ。
「まだまだいろんな場所を案内したいけど、それはまた後日としよう。今日は1年生の授業が午前中で終わるからね」
「そうなのですか?」
「ああ。今日は教室に配属される日でもあり、入寮最終日でもあるからね。学園の方針としては、寮仲間との時間を大切に扱いたいんだ」
「なるほど」
「キミと相部屋になる子は既に入寮していて、キミの荷物を受け取ったりしてくれていたようだから、ちゃんと感謝を伝えておくといい」
「……はい、わかりました」
なんて良い人なんだ。
顔も知らない僕のために行動してくれたことは素直に嬉しい。
でも――。
「さあ教室に到着したよ。席は扉に張り出されている通りだ」
先生が手で示してくれた張り紙に目を通すと、僕の席はすぐに発見することができた。
窓際最後尾。
補欠合格者なのだから、その枠に収めるのが一番簡単なのは理解できる。
それに、視力が悪いわけでもないし席がどうだからって話でもない。
「ここからが大変だ。自身が目指す頂に上り詰めるには、いろいろ過酷な道が待っている」
「はい、覚悟は決まっています」
「まあ覚悟が備わっているキミには無用な忠告かもしれないがね」
不遇職であり、それでいて周りより劣っている僕が不可能としか言いようがない大口を叩いているんだ。
周りの人間がどう思い、どう印象を抱き、どういう態度で接してくるかなんて容易に想像できる。
でも僕は、必ず【七魔聖】になるんだ。
どんなことがあろうと、必ず――。