ゲーム世界でケイとの再会を喜んでいると、誰かが部屋の扉をノックした。
誰よもう、せっかくケイとお話できたのに。
お邪魔虫を恨めしく思っていると、ルウ(ケイ)が私をベッドに座らせて、首から下を隠すように毛布で包んだ。
「誰だ?」
「侍女のミリエルでございます」
「入れ」
「失礼いたします」
ルウ(ケイ)が命じると、メイド服を着た金茶色の髪の女性が入ってくる。
手に持っている服は、もしかして私の着替え?
神殿からここへ直行したのに、どうして私がいると分かったのかな?
「ジブリエル様から、お客様のお着換えとバスローブを預かってまいりました」
「サキの指示か。気が利いているな」
着替えを届けるよう指示したのは、水の大天使サキらしい。
サキはオネエキャラ故か、気配りが細やかなところがある。
黒炎の玉を受け止めた際に私の上着は焼け焦げてしまったから、代わりを届けさせたんだね。
バスローブも持たせたのは、とりあえず風呂に入ってサッパリしとけってことかな?
「湯あみを手伝ってやってくれ」
「畏まりました。お嬢様、どうぞこちらへ」
侍女ミリエルの案内で、私は隣の浴室へ向かう。
広々した浴室でミリエルに背中を流してもらったり、香りの良い花を浮かべた湯に浸かったり。
お湯の感触も花の香りもリアルで、本当にここはゲーム世界? って思ったりする。
貴族の令嬢みたいな入浴を済ませた後は、バスローブを着せられた。
ソファに座った私の髪を、ミリエルが風魔法を使って乾かしてくれている。
「はい、ヒロが好きな珈琲牛乳だよ」
「あ、ありがとう」
声がしたのでそちらを向くと、ルウ(ケイ)が飲み物の入った瓶を差し出してくる。
湯上りに一番合うドリンクといえば、珈琲牛乳だと私は思う。
でも、天使長が珈琲牛乳の瓶を持つ姿は、なんか間違ってる感が漂っていた。
私の髪を乾かし終えたミリエルは、涼しい顔で一礼して退室していく。
「ストローを使うかい? それとも腰に手を当てて一気飲みするかい?」
「……ストローを使うわ。せっかくお嬢様風味な入浴をしたのに、一気飲みなんてしたら雰囲気壊れちゃう」
私は苦笑しながら、彼が差し出すストローを受け取った。
珈琲牛乳の瓶の紙蓋を開けてストローを差して飲んでいると、ルウ(ケイ)がシナリオの状態を説明し始める。
展開は通常よりも早くなっているみたいだと彼は言う。
「ゲームの進行状況は、俺がヒロをお持ち帰りしたからシナリオ中盤に入ったかもしれない」
「シナリオ中盤で主人公が天界へ行って勇者か聖女になるんだよね。今その辺り?」
本来なら、メインクエストの中盤で主人公は天界へ招かれる。
チュートリアルフィールドを出て間もないのに、天界行きなんて普通はないことだった。
天界へ招かれた主人公はそのステータスによって、勇者または聖女として認められることになる。
「そうだね。ヒロは根性値が高いから、勇者になるとAIの情報に入っているよ」
「うん、そのつもり。ルウ攻略エピソードは戦闘が多いから」
私は勇者になりたい。
聖女は浄化や治癒の力に長けているけれど、戦闘面ではやや弱い。
勇者は聖女ほど浄化や治癒は優れていない代わりに、攻撃や防御などのステータスが高かった。
「耐えられるからって、闇魔法の直撃を受けるのはもうやめてくれよ?」
「直撃食らわないように気を付ける。でも、ケイが傷つくくらいなら、私が攻撃を受ける方がいい」
飲み終えた珈琲牛乳の瓶をテーブルに置くと、私はきっぱりと言う。
無茶をするなと言われても、ケイを守るためなら私は自分を盾にするよ。
「その台詞、そのまんまヒロに返しておくよ」
そう言って私を抱き締める彼の気持ちは、勿論分かっているし嬉しいけれど。
私の覚悟は揺らがない。
このゲーム世界で、私が全力で護りたい存在は彼だから。
「俺だって、ヒロが傷つくくらいなら自分がって思うぞ」
ルウ(ケイ)の身体つきやぬくもりは、現実世界のケイによく似ている。
まるでケイがここにいて、抱き締めてくれているみたいな感じがする。
ルウの容姿はケイがモデルだからね。
細身で長身の手足が長いイケメンに、6対の白い翼がはえた姿が天使長ルウ・シフェル。
その翼は今は隠れているので、更にケイ寄りの姿になっている。
翼は力を行使するときや空を飛ぶときだけ現れる仕様だ。
「主人公は死なないから大丈夫だよ」
ケイが心配してくれるのは嬉しい。
でも、私は大丈夫。
このゲームでは、主人公には「死」が無いからね。
戦闘などで一定ダメージを受けると「瀕死」になって動けなくなるけど、天使のキスで回復できるの。
「それに、さっきのイベント戦闘で【不屈の反撃】ってパッシブスキルを覚えたから、タダでは倒れないよ」
神殿での暗殺者イベント、反撃に成功した私のステータスには新たなスキルが増えていた。
【不屈の反撃】は、敵から攻撃を受けたら自動的に反撃する便利なスキルだ。
反撃によるダメージは、敵から受けた攻撃によって変わる。
敵の攻撃力が高いほど役立つというわけ。
「だから盾役は……」
言いかけたところで、キスで口を塞がれてしまった。
ケイは黙って私を強く抱き締めている。
それ以上言うなって意味だと理解して、私も彼を抱き締め返すことで応えた。
◇◆◇◆◇
「ルウは俺の精神を取り込んでいるから、本来よりもシナリオ分岐が増えているようだ」
「そうなの?!」
しばらく抱き締め合った後、ケイは言った。
【天使と珈琲を】の攻略対象たちのAIは、声を担当する声優たちがプログラムにアクセスして思考パターンを登録したもの。
そのため、人間に近い会話や行動が出来るようになっている。
「台本通りにはいかないかもしれない。気を付けて進めてくれ」
「うん」
台本には無い展開が増えているのは不安だけど、ケイがルウを動かせるようになったのは助かる。
それに、こうしてゲームの中で話したり触れ合ったりできるのも嬉しい。
私はステータスを開いてプレイタイムを確認した。
思ったより時間は経ってなくて、現在のプレイタイムはログイン時間50分ほど経過した程度。
ルウの部屋に来てからの時間はカウントされていないみたい。
つまり、本来のシナリオに無いシーンは現実世界の時間が経過しないってことかな?