現実世界とは時間の流れが異なる【天使と珈琲を】の世界。
プレイタイムを確認しながらゲームを進める私は、ゲーム世界で初めて睡眠をとったとき、現実世界の時間を消費していないことに気付いた。
(プレイタイムの時計が進んでない……?)
大昔のRPGで宿屋に泊まるとすぐ翌朝になり、HPとMPが全回復しているのを再現したのかもしれない。
現実世界の時間が進まないことは、昏睡状態のケイの衰弱を防げるから大助かりだね。
ルウの部屋にお泊りした翌朝。
私は誰かが頬や額にキスしているのを感じながら目が覚めた。
一緒に寝ていたのはルウ(中の人:ケイ)の筈だけど。
ケイがキスで私を起こすのはいつものことだけど。
なんか、触れ方が違うような?
どこか躊躇うように、羽根で撫でるように軽い口付け。
所謂ソフトタッチ。
ケイならもっとハッキリ感じるキスをする筈。
「ヒロ、起きて。朝だよ」
呼びかける声も違う。
ケイの声ではあるけれど、地声じゃない。
最高音域の少年ボイスだ。
その声を吹き込まれたキャラといえば……あの子?
チュートリアルに出てきた幼馴染の少年が浮かぶ。
「……ん~……エミル……?」
「違う。声が似てるからって間違えるなんてひどいな」
「ふぉっ?!」
思いついた人の名前を言った途端、抗議の声がして耳を噛まれた。
甘噛みなので、痛いというよりくすぐったい。
無防備な状態だったから、変な声出ちゃったよ。
「やっと起きたね」
ベッドに腰かけて、ニコニコしながらこちらを見ているのは、銀髪に青い瞳の美少年。
チュートリアルフィールドで見た記憶がある。
エミルじゃなくて、重傷を負って倒れていたときのルウだ。
「ケイの記憶によれば、君はいつもキスで起こされているそうだから、試してみたよ」
その言葉で、私は彼がAIのルウだと気付いた。
寝ている間に交代したのかもしれない。
「……ケイ……は……?」
不安を感じて聞いてみた。
ケイは、AIにキャラクターの主導権を奪い返されたんだろうか?
半泣き顔で問う私に、ルウが優しく微笑む。
「心配しなくていいよ、夜になればまた入れ替わるから」
宥めるように言う声も穏やかで、ホッとさせられる。
ルウの表情も口調も、作られた人格とは思えないくらい人間味があった。
「今日はこれからメインクエストがあるからね。クエストでは私が出ていないとゲームの時計が進まないんだ」
「そんな仕様があったの?」
私が持つゲーム知識には無い情報だ。
そもそもルウが2つの人格を有する設定なんて無かったけど。
ケイの意識が入ったことで、ルウ・シフェルは二重人格に変わったらしい。
「というか、生身の人間の意識がNPCに入ってしまうという異常事態に、そのキャラクターのAIである私が対応したのだけどね」
イレギュラーなことに対応できるAIがあるのは、このゲームが最新の技術を注ぎ込まれているからかな。
そんなことを考えていたら、ルウが顔を寄せてくる。
何をするのか察した私は、その場で動かずに目を閉じた。
「さすが分かってるね。はい、おはようのキスだよ」
ルウのキスは軽く柔らかく、そっと触れる感じ。
ケイとは少し違っている。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
しばらくすると、侍女が朝食を部屋に運んできた。
ハードパン、ポタージュスープ、べーコンエッグ、サラダ。
私が好きな朝食メニューだった。
「はい、食後の珈琲だよ」
朝食を食べた後、ルウが淹れてくれた珈琲は、苦みが少なくさっぱりとしたアメリカンタイプ。
飲んだら身体に温もりが広がり、ステータスがUPした。
ルウの珈琲は、光の属性値と全能力値が上がることを、私はゲーム知識として知っている。
「それじゃ、みんなのところへ行こうか」
それからルウに案内されて、天使たちの武術訓練場に向かった。
そこで主人公は、勇者または聖者として天使たちに紹介されることになる。
普通にプレイしていれば、このイベントはもう少し後。
主人公はゲーム中盤で天界へ招かれ、神殿で様々なことを教わりながら、攻略対象たちと交流しながら好感度を上げるという流れになる……
……筈だった。
「勇者の力をもつ少女ヒロだ。みんな、色々教えてやってくれ」
ルウ(ケイ)にお持ち帰りされてしまった私は、ゲーム序盤で勇者になってしまった。
天界の神殿の広間で、天使長の隣に立たされた私を、四大天使たちが興味津々で見つめる。
「天使長自ら天界へ招くほどの者だ、成長を楽しみにしているぞ」
爽やかに笑うのは、炎の大天使ミカ・フラムエル。
彼は筋力と根性値の高い主人公が好みで、彼から剣術を習うと好感度が上昇する。
「明らかに格上の魔族の攻撃を、天使よりも先に察知して反撃した人間なんて初めて見たよ。面白そうなコだね」
楽しそうにニコニコしているのは、風の大天使ファー・ラエル。
彼は敏捷と回避が高い主人公が好みで、彼から弓術や投擲を習うと好感度が上昇する。
「魔法を学びたくなったらいらっしゃい。教えてあげるわ、ベッドの中で」
オネエ風味なのは、水の大天使サキ・ジブリエル。
彼は知力と器用度が高い主人公が好みで、魔法を習うとベッドに連れ込まれる。
「反撃もいいが、防御も上げた方がいいぞ、私でよければ教えてあげよう」
低くて深みのあるイケボは、地の大天使ウリ・ドルフェル。
彼は防御と回復力が高い主人公が好みで、盾を使った戦い方を習うと好感度が上昇する。
「よ、よろしくお願いします」
予定よりもかなり早くなったけれど。
私は四大天使たちから戦闘技術を学ぶことになった。