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第10話:ルウ・シフェル

 現実世界とは時間の流れが異なる【天使と珈琲を】の世界。

 プレイタイムを確認しながらゲームを進める私は、ゲーム世界で初めて睡眠をとったとき、現実世界の時間を消費していないことに気付いた。


(プレイタイムの時計が進んでない……?)


 大昔のRPGで宿屋に泊まるとすぐ翌朝になり、HPとMPが全回復しているのを再現したのかもしれない。

 現実世界の時間が進まないことは、昏睡状態のケイの衰弱を防げるから大助かりだね。


 ルウの部屋にお泊りした翌朝。

 私は誰かが頬や額にキスしているのを感じながら目が覚めた。


 一緒に寝ていたのはルウ(中の人:ケイ)の筈だけど。

 ケイがキスで私を起こすのはいつものことだけど。


 なんか、触れ方が違うような?


 どこか躊躇うように、羽根で撫でるように軽い口付け。

 所謂ソフトタッチ。

 ケイならもっとハッキリ感じるキスをする筈。


「ヒロ、起きて。朝だよ」


 呼びかける声も違う。

 ケイの声ではあるけれど、地声じゃない。

 最高音域の少年ボイスだ。

 その声を吹き込まれたキャラといえば……あの子?

 チュートリアルに出てきた幼馴染の少年が浮かぶ。


「……ん~……エミル……?」

「違う。声が似てるからって間違えるなんてひどいな」

「ふぉっ?!」


 思いついた人の名前を言った途端、抗議の声がして耳を噛まれた。

 甘噛みなので、痛いというよりくすぐったい。

 無防備な状態だったから、変な声出ちゃったよ。


「やっと起きたね」


 ベッドに腰かけて、ニコニコしながらこちらを見ているのは、銀髪に青い瞳の美少年。

 チュートリアルフィールドで見た記憶がある。

 エミルじゃなくて、重傷を負って倒れていたときのルウだ。


「ケイの記憶によれば、君はいつもキスで起こされているそうだから、試してみたよ」


 その言葉で、私は彼がAIのルウだと気付いた。

 寝ている間に交代したのかもしれない。


「……ケイ……は……?」


 不安を感じて聞いてみた。

 ケイは、AIにキャラクターの主導権を奪い返されたんだろうか?

 半泣き顔で問う私に、ルウが優しく微笑む。


「心配しなくていいよ、夜になればまた入れ替わるから」


 宥めるように言う声も穏やかで、ホッとさせられる。

 ルウの表情も口調も、作られた人格とは思えないくらい人間味があった。


「今日はこれからメインクエストがあるからね。クエストでは私が出ていないとゲームの時計が進まないんだ」

「そんな仕様があったの?」


 私が持つゲーム知識には無い情報だ。

 そもそもルウが2つの人格を有する設定なんて無かったけど。

 ケイの意識が入ったことで、ルウ・シフェルは二重人格に変わったらしい。


「というか、生身の人間の意識がNPCに入ってしまうという異常事態に、そのキャラクターのAIである私が対応したのだけどね」


 イレギュラーなことに対応できるAIがあるのは、このゲームが最新の技術を注ぎ込まれているからかな。

 そんなことを考えていたら、ルウが顔を寄せてくる。

 何をするのか察した私は、その場で動かずに目を閉じた。


「さすが分かってるね。はい、おはようのキスだよ」


 ルウのキスは軽く柔らかく、そっと触れる感じ。

 ケイとは少し違っている。


「失礼します。お食事をお持ちしました」


 しばらくすると、侍女が朝食を部屋に運んできた。

 ハードパン、ポタージュスープ、べーコンエッグ、サラダ。

 私が好きな朝食メニューだった。


「はい、食後の珈琲だよ」


 朝食を食べた後、ルウが淹れてくれた珈琲は、苦みが少なくさっぱりとしたアメリカンタイプ。

 飲んだら身体に温もりが広がり、ステータスがUPした。

 ルウの珈琲は、光の属性値と全能力値が上がることを、私はゲーム知識として知っている。


「それじゃ、みんなのところへ行こうか」


 それからルウに案内されて、天使たちの武術訓練場に向かった。

 そこで主人公は、勇者または聖者として天使たちに紹介されることになる。


 普通にプレイしていれば、このイベントはもう少し後。

 主人公はゲーム中盤で天界へ招かれ、神殿で様々なことを教わりながら、攻略対象たちと交流しながら好感度を上げるという流れになる……


 ……筈だった。


「勇者の力をもつ少女ヒロだ。みんな、色々教えてやってくれ」


 ルウ(ケイ)にお持ち帰りされてしまった私は、ゲーム序盤で勇者になってしまった。

 天界の神殿の広間で、天使長の隣に立たされた私を、四大天使たちが興味津々で見つめる。


「天使長自ら天界へ招くほどの者だ、成長を楽しみにしているぞ」


 爽やかに笑うのは、炎の大天使ミカ・フラムエル。

 彼は筋力と根性値の高い主人公が好みで、彼から剣術を習うと好感度が上昇する。


「明らかに格上の魔族の攻撃を、天使よりも先に察知して反撃した人間なんて初めて見たよ。面白そうなコだね」


 楽しそうにニコニコしているのは、風の大天使ファー・ラエル。

 彼は敏捷と回避が高い主人公が好みで、彼から弓術や投擲を習うと好感度が上昇する。


「魔法を学びたくなったらいらっしゃい。教えてあげるわ、ベッドの中で」


 オネエ風味なのは、水の大天使サキ・ジブリエル。

 彼は知力と器用度が高い主人公が好みで、魔法を習うとベッドに連れ込まれる。


「反撃もいいが、防御も上げた方がいいぞ、私でよければ教えてあげよう」


 低くて深みのあるイケボは、地の大天使ウリ・ドルフェル。

 彼は防御と回復力が高い主人公が好みで、盾を使った戦い方を習うと好感度が上昇する。


「よ、よろしくお願いします」


 予定よりもかなり早くなったけれど。

 私は四大天使たちから戦闘技術を学ぶことになった。



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