目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第23話:変態魔族レビヤタ

 湖の浄化が終わり、聖なる慈雨がやんだ後。


「なんだヘイロン、しくじったのか」


 そんな声が聞こえた。


 私はそれが誰か知っている。

 四天王の1人、水を支配する海魔レビヤタだ。

 CV:神崎コージさん。

 高音ボイスのサキとは対象的に、レビヤタはコージさんの地声に近い低音ボイスで演じられている。


「愛しいサキよ、蘇生されてしまうとは何事だ」

「あんたなんかに愛されたくないわ!」


 とぼけたことを言うレビヤタに、私に抱きついたままサキが言い返す。

 その台詞のやりとりは、本来はレビヤタとのバトル中に使われる。

 戦闘でサキが倒されて、主人公に蘇生されるのをレビヤタが見たときの会話だ。

 今回は戦闘前にサキが仮死状態になったから、今そのやりとりが展開されたのかもしれない。


(出た、変態魔族……)


 台本でレビヤタの行動を知っている私は、心の中で呟く。

 サキがBL担当の攻略対象であるように、レビヤタもBLキャラなの。

 耽美系の男色キャラで、サキに執着していて嫌われてるっていう設定になっている。


「何を言う。その美しい身体はもう私のものだぞ?」

「あんたのものになった覚えはないわ!」


 勝手にサキは自分のものだと思い込んでいるレビヤタ。

 サキはめちゃくちゃ嫌がっている。

 嫌われてもお構いなしなレビヤタは、愉しそうに微笑んでいる。


「覚えてはいないだろうな。君は気を失っていたのだから」

「え……?!」


 意味深なレビヤタの台詞に、困惑するサキ。

 私はその会話から、サキ絡みのシナリオ分岐の1つを思い出してギクッとした。


 サキのイベントボス戦の後半、ある条件をフラグに発生するバッドエピソード。

 あれは確か湖ではなく海だったけど、サキがレビヤタに連れ去られるの。

 不意打ちを食らって気絶したサキを、レビヤタが凌辱するというシナリオ分岐がある。


 映像的には耽美系BLで、腐女子ならそれを観る為に一度はバッドエンドに向かうかも。

 ゲームを初期化すればやり直せるからね。

 私は腐女子ではないし、早くクリアしたいので、リセットしないけど。


 このシナリオ分岐では、サキは死んでしまう。

 サキを探し回る主人公と天使たちの前に、サキの遺体を抱えたレビヤタが現れる。

 そしてわざわざ水鏡を作って得意気に見せるのがBL全開の凌辱シーンなの。


 でも今、サキは死んでいない。

 なのに、レビヤタに襲われていた……?!


「せっかく手に入れた愛しい者を、私が何もせずにいるとでも?」


 レビヤタはニコニコしながら、湖面を大きな水鏡に変えた。

 そこに映し出された映像を見て、私もサキもギョッとした。

 それは間違いなくバッドエンドでレビヤタが見せるのと同じシーンだった。


「……嘘……なにそれ……」


 呟くサキの声は震えている。

 毛嫌いしている奴に抵抗できずに好き勝手されてたなんて、耐えられないよね。

 私は何も言わずにサキを抱き締めた。


「分かったかい? もう君は私のものだ」

「……い……嫌……」


 レビヤタが魔的な美しい顔で微笑む。

 サキは動揺して蒼白な顔になり、私の服をギュッと掴んで震えている。


「おいで、サキ。私の花嫁」


 愉しそうに笑みを浮かべて言うレビヤタの余裕とは逆に、サキは心を乱されて涙を流し始める。

 私はサキを抱き締めながらレビヤタを睨みつけた。


「あんたみたいな変態にサキは渡さない!」


 宣言して、私はサキとの絆スキルを使おうとした。

 けれど、サキの精神状態が不安定過ぎて、スキルが発動しない。

 邪気の結晶みたいなあいつは、【聖なる慈雨】で倒せるのに。

 私の腕の中で、サキは言葉にならない悲鳴のような叫びを上げた後、ガクンと脱力して仰け反った。


(今は無理ね……一旦退避!)


 不利と判断した私は、グッタリしたサキを強く抱き締めて、全速力で飛翔して逃げた。

 背後からレビヤタが嘲笑する声が聞こえる。

 レビヤタは追ってはこなかった。



   ◇◆◇◆◇



 レビヤタがサキを犯すバッドエピソードは、主人公が男性キャラで、サキよりも好感度が高い攻略対象がいる状態でボスイベントに入った場合のみ、特定条件下で発生する。


 ヘイロン戦は、サキの好感度が3になり、主人公とサキが一緒にヨブ湖へ行くと発生。

 ヘイロン討伐によって好感度が4になったサキを1人で海へ行かせると、レビヤタに攫われる。


 浄化の力を使う際に無防備になるサキは、レビヤタの不意打ちで鳩尾を突かれて失神、連れ去られる。

 レビヤタは気絶しているサキの体内に自らの闇の力を注ぎ続け、天使の力を弱めてしまう。

 何度もレビヤタの闇の力を注がれたサキは、光の力が尽きて死亡というバッドエンドとなる。


 でも、今の流れは違う。


 私は女性キャラを選択している。

 私が一緒にヨブ湖へ行ってないのに、ボスイベントが始まった。

 ヘイロン戦をクリアする前に、サキが襲われた。

 サキが襲われたのは海ではなく湖。

 不意打ちをしかけたのはレビヤタではなく、黒竜ヘイロンと蛇に姿を変えられた魚たち。

 レビヤタがサキにした行為は同じだけど、まだ蘇生できる仮死状態までで、死ぬまで続けてはいない。


 それに。

 今、サキはここにいる。

 レビヤタが何故サキを湖面に浮かべたのかは分からないけれど。

 サキは死なずに済んでいるから、バッドエンドにはなっていない。


「サキ、目を開けて」


 天界へ戻った私はサキの家へ向かった。

 気を失ったサキを抱いたままベッドに腰かけると、意識を呼び戻す為に呼びかけてみた。

 サキはまるで目覚めることを拒むかのように、目を閉じたまま全く動かない。

 長い睫毛に縁どられた瞼の端から、ツーッと一筋、涙が零れ落ちただけだった。


「護ってあげられなくてごめん。お願い、心を閉じないで。闇の力はもう浄化してあるよ」


 抱き締めて耳元で囁いてみた。

 でも、サキの状態は変わらない。


 仮死状態から蘇生した際に、体内の闇の力は浄化された筈。

 レビヤタに穢された痕跡は、もう何も残っていない筈。

 でも、サキは見せられた映像に精神的なダメージを受けて、心を閉ざしてしまった。


 始まってしまったボスイベントは、ボスを倒さない限り終わらない。

 私はステータスウィンドウを開いてみた。


(……え?!)


 サキの好感度を表すハートが、4になっていた。

 主人公が女性の場合は3までしか上がらないのに。

 そういえば、サキの容姿を褒めたときの反応が、男性主人公に対するものと同じだったような……

 でも、ハートは赤ではなく灰色で、絆スキルは【使用不可】になっていた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?