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第22話:聖なる慈雨

 システムの不具合なのか、想定外の分岐なのか。

 危うく殺されるところだった攻略対象サキ。

 主人公は死なないけど、このゲームは変なところでシビアで、攻略対象が死ぬことがあるんだ。

 死亡した攻略対象はそのシナリオから退場し、ゲームをリセットしない限り二度と会えなくなるの。

 ゲームをリセットした場合は、主人公の身体能力や経験で得たスキルのみ前プレイを引き継ぎ、NPCの記憶と好感度と絆スキル状態は初期化される仕様になっているよ。


 私はリセットするわけにはいかない。

 リセットしたらルウの中のケイがどうなるか分からないし、ケイ込みでの初期化だとしてもプレイタイムが長引いてしまうから。


 それに、親しくなったみんなの記憶が消えてしまうのは悲しい。

 AIだとは分かっていても、みんな感情豊かで実在の人物のように思えるから。

 私ににとって、四大天使たちは大切な友達のような存在になりつつあった。


「ヒロは命の恩人ね。私の名前も呼び捨てで構わないわ。敬語もいらない」


 サキは私に運ばれながら、そう言って微笑む。

 子供の姿で抱っこされるサキは、完璧に男の娘だった。


「じゃあこれからはサキって呼ぶね」


 以降、私はサキに敬語を使わなくなった。

 サキとの友情は、女の子同士みたいな感じがする。


「また襲われるかもしれないから、サキが水の浄化に行くときは私もついていくわ」

「護ってくれるの? ヒロってば女の子なのにイケメンねぇ」


 サキの家に着くと、私は彼(彼女?)をベッドに寝かせながら明日からの付き添いを宣言した。

 微笑むサキの頬がほんのり赤い。


「そうだ、せっかく来たんだからお茶していって。カプチーノ淹れてあげるから」

「それなら私が淹れるよ。蘇生したばかりだからサキは休んでて」


 起き上がろうとするサキをそっと押し止めて、私はキッチンへ向かう。

 稽古の後にいつも御馳走になっているから、サキの淹れ方は熟知していた。


「はいこれ、サキのレシピ通りに淹れたよ」


 湯気の立つカップを2つトレイに乗せて寝室に戻ると、サキは嬉しそうに微笑んだ。

 ベッドに2人並んで座り、カプチーノを啜ると身体がホカホカと温かくなる。

 サキが淹れるカプチーノは【魅力】UP効果があるの。

 そのレシピ通りに淹れたから、今飲んでいるのも魅力UP効果をもっていた。


「うん美味しい。スキルだけじゃなく、カプチーノの淹れ方も完璧ね」


 今日のサキはよく微笑わらう。

 子供の姿のままだから、可愛さマシマシだよ。


「サキって私よりも綺麗で可愛くて女の子らしいよね~」


 私は正直な感想を述べた。

 それは台本にある主人公(女)の台詞でもある。

 サキは大人バージョンは綺麗なオネエさん、子供バージョンは美しい男の娘、とにかく美形なの。

 それを主人公(女)が羨む場面で言う台詞だよ。

 言われたサキは自らの美貌を誇るようにフフッて微笑む。


 ……筈だよね?


「そっ、そう? ……ありがと」


 何故かサキはボッと音がしそうなほど赤面した後、ちょっと俯いて呟いた。

 あれれ? 台本と反応が違うよ?

 っていうかその反応は、主人公が男だった場合のものでは……?

 疑問に思いつつも、私はこのとき、サキの反応の違いについて深く考えてはいなかった。



   ◇◆◇◆◇



 翌朝、私はサキに付き添って、ヨブ湖へ向かった。


 「湖面が漆黒に見えるほど闇に染まっているのを、浄化しないわけにはいかないわ」


 昨日から引き続き男の娘の姿になっているサキが、白い翼を羽ばたかせて眼下に広がる黒い湖面を見つめる。

 海や川や湖などの浄化は水の大天使の仕事で、サボると人界が魔界と融合する危険があるらしい。


「私が全力で防衛ガードするよ。サキは湖の浄化を」

「ありがと。危なくなったら抱いて逃げて頂戴」


 私はサキに盾スキルを重ねがけして、有事に備える。


 盾スキル:自動反射オートリフレクト

 盾スキル:身代わりの反撃サクリファイスアタック


「傍にいるね」


 私の言葉に、サキが頷く。

 サキは浄化を始めると敵に襲われても自力で逃げられない。

 私はいざとなったらサキを抱えて逃げられるように、すぐ隣に寄り添う。


(来た!)


 敵は、サキが水面に近付くとすぐ仕掛けてきた。

 黒い蛇の群れだ。

 昨日サキを水中に引きずり込んだのは、こいつらか。


「退避するよ!」


 蛇たちが巻き付くのは、ダメージではないので盾スキルでは防げない。

 私はサキを抱き寄せ、翼を広げて上昇した。

 サキは子供の姿だと私よりも小柄で華奢なので、難無く抱き上げて飛べる。

 上空から湖面を見ると、獲物を捕らえ損ねた黒い蛇の群れが水面でバチャバチャと跳ねていた。


「あれを片付けないと、浄化できないわねぇ」

「サキ、絆スキルを試してみない?」


 サキが、私に身体を預けながら溜息混じりに言う。

 私はステータスを確認して、サキの絆スキルが使用可になっているのを確認して提案した。


「OK」


 サキが微笑みつつ了承する。

 私はサキを抱いたまま、絆スキルを発動した。


 絆スキル・特殊:聖なる慈雨


 空は晴れているのに、湖全体に雨が降り注ぐ。

 その雨は、闇を退け、光を満たすもの。


 湖面が激しく波打ち、黒い蛇たちが苦しそうに身体をくねらせている。

 やがて蛇たちは光に包まれ、その姿が変わっていく。

 身体を包む光が消えたとき、黒い蛇たちは銀色の鱗に包まれた魚に変わった。


 続けて、湖面を尻尾で激しく叩き、黒竜が姿を現す。

 純粋な光の力をもつ雨が、黒竜にも降り注ぐ。

 黒竜は苦しそうに足や尻尾で湖面を叩いて激しく暴れ回った。


「グッ……ゴボゴボゴボ……」


 黒い竜は口を開けた途端に大量の雨が喉に注ぎ込まれ、声もマトモに出せない。

 光の力が口から体内に流れ込み、黒竜は水飛沫を上げて倒れた。

 闇の竜は倒れてしばらくもがいた後、力尽きたように動かなくなった。

 その巨体が光に包まれて、ボロボロ崩れて消えていく。


 聖なる慈雨は降り続け、湖も浄化し始める。

 黒く淀んでいた水が、透明度を取り戻していく。

 やがてヨブ湖は、湖底まで日の光が届くほど澄んだ、美しい湖に変わった。

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