「ヒロ、ヴォロスを倒した君は四大天使よりも強い。これからは私の名は呼び捨てで構わない。敬語も不要だ」
ヴォロス戦を勝利した後、ウリは私に対等に話すようにと言ってくれた。
ウリの好感度は3になっている。
私は、ウリに信頼できる友として認められたらしい。
「ウリ、ちょっと手を繋いでみてもいい?」
「ああ、構わんぞ」
私はウリの手に触れながら、スタータスウィンドウの絆スキル欄を確認した。
絆スキルの存在はウリも知っているので、手を繋ぎながら穏やかな表情で結果を待っている。
「あ、あるよ! 絆スキルが使えるみたい!」
ウリとの絆スキル【大地の波動】は、主人公とウリの全能力値を大幅に上げ、敵の能力値を大幅ダウンさせる身体強化系+デバフ系のスキル。
これを使えばヴォロスの防御力を主人公とウリの攻撃力が上回り、倒すことができる。
……筈だった。
「ヴォロスと戦う前に開放されていれば良かったのに」
私は苦笑した。
残念ながら、ヴォロスは討伐済だ。
「でもきっと、ミカのスキルがウリのイベント戦で役立ったように、この後の戦闘で役立つよね」
私が気を取り直して言うと、ウリが自分の翼から羽根を1枚引き抜いて差し出した。
その羽根が持つ効果は、もう分かってる。
「これをあげよう。ミカの絆スキルのように、相手と接触しなくても使える方が便利だろう?」
「ありがとう!」
受け取った羽根を左手の甲に近付けると、スッと吸い込まれて紋章に変わる。
地の大天使の紋章は、世界樹を思わせる大樹の形をしていた。
右手には、炎の大天使の紋章がある。
これが現実世界だったら、中二病を疑われるかもしれないね。
◇◆◇◆◇
ヴォロスを倒した翌朝。
ルウの部屋で一緒に朝食を食べた後、私はステータスウィンドウを確認してみた。
イベント戦は、ルウ以外の攻略対象の好感度が高い順に発生する。
ミカとウリは好感度2でイベントボスが現れた。
次はファーかサキが好感度2になったら四天王戦になりそうな気がするよ。
「あれ?!」
「どうした?」
「サキがハート3になってる……」
各キャラの好感度を見たら、予想外なことに。
サキ・ジブリエルはオネエで、主人公の性別が男性の場合のみエンディングに進めるというBL担当キャラなの。
私みたいに性別を女性にした場合は、好感度が上がりにくいキャラでもあった。
「他は?」
朝食後のコーヒーを飲んでいたルウ(ケイ)が聞いてくる。
好感度を見られるのはプレイヤーだけで、攻略対象キャラの中にいるケイには今のルウの好感度すら見られないらしい。
「ルウがぶっちぎりの8、ミカとウリが3、ファーが1.5だよ」
ルウの好感度はイベントクリアボーナスで1つ上がり、7→8になった。
ミカはディアモ戦で3になって以降は上がっていない。
まだそれほど交流していないファーはまだ1と半分くらい。
昨日ヴォロス戦を終えたウリがミカに追いつき3になった。
ヴォロス戦のために戦技を学びに通い詰めたサキは2になったかな? と思ったらまさかの3なんてビックリだよ。
「サキのイベントボスは、どんな奴?」
「ん~、ひとことで言うと、変態?」
「変態……」
「コージさんが『なんで俺には普通の男性役がこないんだ』って嘆くような変態だよ」
「オネエ役に加えて変態役か……まあその道を極めてくれって励ましておくか」
魔界の四天王は、対応する四大天使と声優を同じくする。
ミカとディアモ役はTERUさん。
ウリとヴォロス役は林翔太さん。
サキと、これから登場する変態は、神崎コージさんがCVを担当しているよ。
「ちょっとサキのところへ行ってくる」
「サキなら、今日はヨブ湖の浄化に行っているよ」
「ヨブ湖?! 行ってくる!」
サキの居場所を聞いた私は慌てた。
ヨブ湖といえば、イベントボス戦の始まりの場所だよ。
嫌な予感がして、私は急いでその場所へ向かった。
(急がなきゃ!)
全力で翼を動かして飛んでいくと、前方に湖が見えてくる。
サキが浄化したなら澄んでいる筈の湖水は、漆黒に染まっていた。
(サキは……? ……いた!)
上空から湖を見回すと、水面に誰かがうつ伏せに浮かんでいるのが見えた。
水色の髪の、小柄な少年らしき人物。
私は、それが誰かすぐに分かった。
「サキさん!」
急降下しながら呼びかけたけど、反応が無い。
水に浸かったままピクリとも動かないのは、少年となった水の大天使。
いつからこの状態だったのか?
私は水の中からサキを抱き上げると、すぐに湖から離れて上昇した。
(この湖は危険だ!)
間一髪、大きな黒い竜に似た怪物が、サキと私がいた辺りで口を開けて食らいつこうとするのが見えた。
私がサキを抱いて上空へ逃げたことに気付いた黒竜は、悔しそうに見上げて雄たけびを上げている。
サキは以前のミカと同じで、呼吸と心臓が止まった仮死状態になっていた。
グッタリした身体は冷え切っている。
早く蘇生しないと死んでしまう。
(ここじゃ治療できない……)
私は全速力で飛んで天界へ退避した。
なるべく早く治療したかったので、天界に入ってすぐ草の上に降り立つ。
氷水に浸かっていたかのように冷たい少年の身体は弛緩していて、血の気が無く生気が感じられない。
私は躊躇わずにサキと唇を重ねて、光の力を流し込んだ。
(お願い! 心臓動いて! 息をして!)
天使たちの治療はキス一択。
医学の知識は無くても、相手を助けたいと思う気持ちがあれば治癒の力が発動する。
私は口付けしながら、冷たくなっている華奢な身体を抱き締めて、治癒を願う。
「ん……」
しばらくすると、サキの喉から微かな声が漏れてくる。
私が顔を離すと、サキは溜息をつくように息を吐いた。
サキはボーッとしながら目を開けて私を見た後、安心したように微笑んだ。
「ありがとう……おかわりもらえる?」
「いくらでもおかわりして下さい」
キスはお酒か?
ミカと似たようなことを言うサキに再びキスをしたら、まだ冷たい腕で抱きついてくる。
低下した体温が戻るまで、包むように抱き締めて唇を重ね続けた。
「家に着くまでその姿のままでいて下さいね。運びます」
「あら嬉しい。お姫様抱っこね」
呼吸も心臓の鼓動も正常に戻り、身体も温まってきたところで、私はサキを横抱きにして立ち上がる。
ポッと顔を赤らめているサキは、まるで乙女のよう。
少年姿のサキは、ルウやミカ以上に女の子っぽい。
まさに男の娘という感じ。
……っていうか、むしろ私より女らしいかも?!
「サキさん、湖で何があったか覚えていますか?」
「いつものように、湖の真ん中辺りで水面に立って、浄化の力を使ってたんだけど……」
通い慣れたサキの家。
私はサキをベッドに寝かせながら、事情を聞いてみた。
「急に何かが足に巻き付いて、水の中に引きずり込まれたの。アタシは水に溺れることはないけど、闇の力が濃厚過ぎて呼吸ができなくて……多分気を失ったんでしょうね」
「サキさんを水中から抱き上げたら、黒い竜が襲い掛かってきたのですぐ離脱しました」
「黒い竜……あそこにはそんな魔物はいない筈なのに……」
サキを水中へ引きずり込んだのは、おそらくあの黒竜だね。
私はそれが何かを知っている。
四天王の1人、海魔レビヤタに従う暗黒竜ヘイロンだ。
でも、台本のボスイベントと展開が違う。
やはりこのゲームは、何かバグが起きているのかもしれない。