レビヤタ討伐の準備を終えた私は、海が見える丘に建つ西洋風の大きな建物に向かった。
そこが人間界に居座る魔族レビヤタの屋敷であることは、ゲーム制作関係者なら知っている。
「……本当に節操がないのね」
血のように紅い薔薇が咲き乱れる庭園に入ってすぐ、私は嫌そうに呟く。
そこには、情事に耽っている誰かがいた。
低木の茂みに隠れて見えないけれど、声がダダ漏れだもの。
ここでそんなことをする者たちがいるとしたら、1人は間違いなくレビヤタだ。
「来ると思っていたよ」
驚いた様子もなく、レビヤタは茂みの中から顔を上げて振り返る。
胸から下は緑の葉を茂らせる低木に隠れて見えないけれど、見える範囲は布が無い。
(やだこいつ、服着てないじゃん……)
私は心底嫌そうな顔をしながら、心の中で呟く。
冷ややかな目で見る私に、レビヤタは微笑みを返してくる。
淫乱魔族は、人間との情事が目的で人界に住んでいるの。
サキを辱めた寝室は、この屋敷の部屋の1つだった筈。
「また誰か攫ってきてるの?」
「いや、彼はうちの使用人さ」
使用人らしい相手は起き上がる気配が無いので、姿は見えない。
レビヤタだけが微笑みながら茂みから出て歩み寄ってくる。
脱いだローブを腰に巻いただけの姿で。
武器などは持たず、戦う気は全く無い様子だ。
「どう? 君も……」
「断る!」
レビヤタの言葉を遮り、私は拒否した。
見た目はいいがこんな奴は好みじゃない。
私は剣を鞘から抜き放って構える。
「おやおや、丸腰の相手に剣を向けるなんて勇者らしくないな」
クスッと笑ってそう言うと、レビヤタの姿がその場から消える。
……直後、私は背後から抱き締められた。
いつの間にか叩き落とされた剣が地面に転がる。
ゾワッと鳥肌が立った。
生理的に嫌いなタイプだこいつ。
「傷つけるつもりはないから安心するといい。快楽をプレゼントするだけさ」
「お・こ・と・わ・り・よ!」
耳に息を吹きかけながら囁く男に、私は隠していた短刀を抜いて突き刺した。
腕の力が緩んだ隙に振りほどいて突き飛ばした後、地面に落ちた剣を拾う。
短刀が脇腹に刺さったまま倒れたレビヤタの胸に、深々と剣を突き刺してやった。
「う……ゴホッ!」
呻いた後に喀血したレビヤタがしばらく痙攣した後、目を見開いたまま力尽きたように沈黙する。
呆気ない死を訝しみつつ、私は右手をレビヤタに向けた。
絆スキル:浄化の炎龍(改)
私が放った炎龍に巻き付かれ、レビヤタは炭と化して消え去った。
全く焼けずに残った剣と担当を拾って鞘に納めつつ、私はレビヤタが出て来た茂みを眺める。
(使用人だっけ? なんで騒がないんだろう?)
茂みはシーンと静まり返っている。
主人が殺されたら、普通は騒ぐよね?
全く騒ぐ気配が無いのが気になる。
敵である可能性を考えて様子を見ていたけど、特に変化は無い。
しばらく様子を見ても襲ってくる様子が無いので、私は警戒しつつ茂みに近付いて覗き込んでみた。
(……ボーッとしてる。何か薬でも盛られてるとか?)
茂みの中にはモブにしとくのが勿体ないような美青年が仰向けに横たわっている。
乱れてはいるものの服は半分くらい身体を覆っていて、大事なところは隠れていた。
「えーと使用人さん? 起きてる?」
「はい」
「え?!」
声をかけてはみたけど、まさか普通に返事されるとは思わなくてビックリした。
薬とかで正気を失っているわけではないのかな?
「起き上がれますか?」
「いいえ」
なんか返事する様子が機械的で変な感じ。
モブNPCだから会話するAIが雑なのかなぁ。
「じゃあ、起こしてあげましょうか?」
「はい」
近付いて手を掴んで引き起こしてあげたけど、立ち上がりはせずにそのまま座っている。
手を引いて立ち上がらせたら、その場に突っ立ったままボーッとしている。
これ、どうしよう?
使用人ってことは、この城に住んでる人だよね?
通いだとしても、近くに家があるよね?
ここに置いて帰ってもいいかな?
「じゃあ、用が済んだので私は帰りますね」
城主を殺したけど使用人が騒いでないから、私は普通の訪問客っぽく帰ろうとした。
立ち去りかけた私の腕を、使用人の青年が掴んで引き留める。
「え? 何?」
「まだ用事は済んでませんよ」
またゾワッと鳥肌が立った。
何かが現れる前みたいな……ホラー映画でも見てる感じだよ。
「これをどうぞ」
今まで無表情だったのが嘘みたいに、青年が微笑みながら真紅の薔薇を1輪差し出す。
っていうか、どっから出したそれ?
差し出す手にスッと現れたように見えたけど?
なんかヤバイ感じがして、私は思わず後ずさってしまう。
それを追うように、青年がズイッと距離を詰めてきた。
「い、いや結構です」
「そう言わずに。良い香りですよ、ほら」
クスッと笑う青年が、薔薇を私の顔に近付ける。
途端に、甘い香りがして全身の力が抜けた。
フラッと倒れかかる私を、誰かが抱き留める。
薔薇を持つ青年とは違う誰かが、私を軽々と抱き上げた。
無防備にお姫様抱っこされてしまい、相手が視界に入る。
その顔を見て、私はギョッとした。
「ふふっ、油断したね」
愉しそうに笑うその顔は、レビヤタそのもの。
斃したと思ったあれは、何か違うものなのか。
「やっと手に入れた」
満足そうにレビヤタが微笑む。
抵抗しようとしたけれど、身体がほとんど動かなかった。
弱々しくもがく私を抱えたまま、レビヤタは薔薇園の中心へ進んでいく。
甘い薔薇の香り。
多分それが身体の自由を奪うんだろう。
「綺麗な子……君がディアモとヴォロスを倒した勇者だろう? ずっと君を狙っていたんだよ」
柔らかい草の上に私を横たわらせて、レビヤタがまた微笑む。
その手が服の胸元に伸びて、シャツのボタンをはずし始めた。